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「統べて認める/られる」小池舞


ムギ役・・・小池舞


書かなければいけないものほど書けない。
書くためにコーヒーを淹れ、焼き菓子を用意した。
思考はビタ1mmも働いてくれやしない。
逃げ道としての煙草を吸っていればよかったと思う。

判を押したような日々の繰り返しが嫌になって、映画館に逃げていた。
田舎のイオンシネマは空いている。
日中か、夜の変わった時間に行くと、2,3席しか埋まっていない。
世界一美味しいポテトフライが売っていたから、さみしさを紛らわすために食べた。
1席あけた隣の人が、おじさんだった。
おじさんはグレーのダウンを着ていて、不織布のマスクをつけていた。

映画のエンドロールが流れた。やたら壮大なショパンのノクターンが耳につく。
駐輪場に止めてある自転車に跨がる。
皆既月食だ。冥王星と一緒に観測できるのは数十年後らしい。
ケータイを取り出して、パカッと開いて、カシャッと撮る。画質が荒いので拡大しなければ分からない。
メールを友人に送る。

From:【space-est-321@ezweb.ne.jp】
To:ジャム【kuma3usagi3@softbank.ne.jp】
件名:Re:Re:Re:Re:
本文:今めっちゃ月食やで!!


帰り道の自転車は、時間を忘れて緩やかに漕げる。
冷たくなった空気が制服の内側に潜り込んで心地いい。
遠回りをして住宅街を抜けると、穏やかな川が流れている。
舗装された道を抜けると、駐車場を設けた平らな店が並んでいる。
そのままBOOKOFFに立ち寄る。

店内は人がまばらで、BOOKOFFのテーマソングが定期的に流れている。
嶽本野ばらさんの本を探す。
100円コーナーで発見した。既に持っているものも含めてすべて手に取る。神様の本がこんなところに落ちていてはいけない。
漫画コーナーを覗く。天井の高さまで、新旧ごた混ぜの作品、作品、作品。
映画で使い果たした集中力。新しい作品に触れる元気がない。目の高さにある背表紙を流し見して、適当に手に取る。
『レモンちゃんSaGa』
閉店間際だというのに、立ち読みを続ける人が数名いる。ユニクロで上から下まで揃えたようなゆるさだ。
オタクを鑑賞すると安心する。貉たちだ、こいつらのことをこれからムジナズと呼ぼう。

街灯がまばらで暗い。小学校の脇の狭い道を抜ける。
ここは朝の時間帯、通学路になっており、黄色い旗を持ったお父さんお母さんが立っている。
田んぼの独特な臭いが包んでおり、蛙と合鴨が合奏している。この季節の風物詩だ。虫がたくさん飛んでくる。
私の背中はヘッドライトに照らされ続けている。
後ろからおじさんがバイクでついてきている。

おじさんは私の横に並走したかと思うと、バイクごと体重をかけて押し倒そうとしてきた。
バイクと車椅子は触れて初めてその重さを知った。
自由に操縦されていたものが不自由になったとき、外側からコントロールするのは至難だ。

タルばぁちゃんが亡くなる少し前、車椅子を押すことができた。
「会えてよかった」と口に出すことはなかった。
もう会えないことが内包されてしまうことを恐れた。
「今日はあったかいね」そんな、無難な

私は縁側にいて、タルばぁちゃんは洗濯物を干していた。借りたパジャマ、バスタオル、下着、ベッドシーツが風に
「あっ」
タルばぁちゃんは洗濯の手を止めて、よろめいた。
私は縁側に腰掛けたまま、何を守るでもなくそこにいた。
ややあって、
「揺れたね」
「揺れた、おとろしよぉ」
「びっくりしたねぇ」
数十年ものの安い便所靴が砂利に触れる音がして、タルばぁちゃんはまた洗濯物を干し始めた。

骨。
埋まっている。
戦車がたくさんの死体を乗せていく様子を眺めながら、どうしてこんなものを作るのだろうね、と発した。
クラスメイトは閉口したまま。
視聴覚室の蛍光灯は全て消されており、みんなの目にはブラウン管の明かりが反射している。
作品の声を聞くことはそんなに道徳ですか?と言いかけてやめた。
向こう側は、まだモノクロだった。

グレーのダウン、ヘルメットの向こう側でおじさんは笑っていた。
息は上がっていて、いけないことをしている自覚の汗が滲んでいる。
スカートに手を突っ込んできた。冷たい。やめて。
おじさんの満足そうな顔。
かわいそうな人。きっと他のことでは埋められない。
私、必要とされている。おじさんの欲求を満たしてあげたい。
おじさんのはっきりした呼吸。寒暖差で曇るヘルメット。
私の自転車通学で鍛えられた足腰は強く、押し倒されやしなかった。
勝手に抱いた期待が収縮していく。
あなたは無力で度胸もなく情けない。
私は既に冷めきっていた。
しっかり息を吸って、大声で叫んだ。

近隣の住宅の壁に声が反響して大袈裟に広がっていった。
子供のはしゃいだときに出たものと混同されたくないので、もう一呼吸分叫んだ。
近くの家の人が出てくる音がして、おじさんは走り去っていった。
バイクのナンバーを覚えようとしたが暗くて見えない。あのおじさんは捕まらないだろう。

出てきた人の心配そうな顔。
家まで付き添って送ってくれたが、その間も私は震えが止まらなかった。この震えを恐怖とすることで、私の正義は守られる。
お母さんは、警察に通報してくれたらしい。
階段を上ってくる足音が聞こえる。軽い扉を開けて、布団に包まる私に、
「嬉しかったの?」
と聞いた。
私は返事をしなかった。

From:ジャム【kuma3usagi3@softbank.ne.jp】
To:【space-est-321@ezweb.ne.jp】
件名:Re:
本文:見れた!綺麗だった〜

ジャムにこのことを報告する気になれない。

もう1件メールが届いていた。

From:小西さん<k-yosai0305@gmail.com>
To:<space-est-321@ezweb.ne.jp>
件名:
本文:
小池さん、お疲れ様です。
15:41のところのスーパーをスーパーマーケットが良いようでして、ちょっと音声撮って送っていただくこと可能でしょうか? はめてみて違和感あれば撮り直しさせていただければ幸いです。
お手数をおかけしますがご確認いただければ幸いです。

机の上のコーヒーを飲む。
ここまで書いていた文章の手を止め、MacBookを起動する。
音声を録ることくらいでしか起動されない不憫なMacBook。
しかしないと困るMacBook。
GarageBandで音を録り、簡単にノイズを消して(この作業は余計なものかもしれない)、小西さんに送る。

From:space-est-321@ezweb.ne.jp
To:小西さん<k-yosai0305@gmail.com>
件名:
本文:
お疲れ様です、小池です。
夜分に失礼します…!
こちらで一度ご確認よろしくお願いいたします。
https://59.gigafile.nu/0221-d05f722756adf867764bfc5be373d30eb
再撮影のほうがよろしければお伝えください。

ひとつタスクをこなしたつもりになり、なんとなくだらけてもいい時間になる。
YouTubeのお節介でおすすめが流れてくる。
『ここはまだ日本か(ラストシーン)【硫黄島からの手紙】』
ついクリックすると、ニノの素晴らしい落涙が再生される。視聴覚室の記憶が流れ込んでくる。
先日出した高熱で見た夢では、アバウトに内容を変えながらフルカラーで再生された。

LINEには石橋くんから連絡が入っていた。
彼とは、友人Mと行った新宿のクラブで出会った。
誠実を身に纏い、下心に蓋をしてやり取りしているのがみえみえだ。
それに返事する私も私。
文字の情報で人柄なんて分かりやしないけど、合うか合わないかは年の功がございます。
使ってくる絵文字とか、笑うタイミングとか、こそばゆくなってしまう。
要するにちょっと無理かもしんない〜。
「👍」を押して終わらせることにした。
あ、でも観たい映画の誘いだ。
明日はオフだし、予定合えば行ってもいいかな。

俺も中央線😁
じゃあ次は中央線飲みかな??笑
全然家の近くまで行くよ✌️✌️
ありがとう〜
予定がちょっとまだなんとも言えなくて💦
分かった!
また連絡する笑
話してた「裸足で鳴らしてみせろ」
観に行こう😄

👍

明日あいてるけど、さすがに急すぎよね…笑



「おれ、ブラッキーとエーフィ両方持ってるからあげる」
ソフィは何かと私に絡んでくる。
「えー、めっちゃいいやん、エーフィほしい」
「ムギばっかりずるい」
これは私の友人M。
「じゃあお前にはブラッキーやるよ」
ソフィとは家が近所だからよく遊ぶ。
家の前でソフィがプレイするゲームをひたすら覗き込む。
画面に集中しているうちに、どんどんソフィに近づいてしまう。
私の髪の毛がソフィにあたって、ソフィが痒いと文句を言う。
注意されると離れるが、また顔が近づいていってしまう。
日が傾き暗くなると、また明日ね、と言い合って解散する。
他にも自転車を最速で漕ぐだけの遊びをしたり、大量に積み上げられた煉瓦を全部叩き割ったり、危なくて生産性のないことをする。

From:【space-est-321@ezweb.ne.jp】
To:ジャム【kuma3usagi3@softbank.ne.jp】
件名:やばいやばいやばいやばい
本文:
先生のアドレスゲットした!!!

ソフィとブランコに二人乗りしている。
ソフィが座っていて、私はその後ろに立っている。
私のロングスカートはお母さんの手作りで、家のリビングに置いてあるクッションと同じ生地だ。
冷たくなった空気がスカートの内側に潜り込んで心地いい。
なんだかドキドキする。このドキドキの正体が私にはわからない。
ゆらゆら揺れる。タイミングが合うと大きく揺れて楽しい。
すごくお手洗いに行きたい。だけどブランコを降りるのは嫌だ。ずっとこのままがいい。
なんてことをしていると、おしっこが出てしまった。
じゃばーって。
ソフィはびっくりして、タイムラグが発生して、やがて、
「うわっ」
って言った。

「ごめんなさい。」
やっぱり無理です石橋くん。
映画の感想を迫ってくるところとか、このままイケるかイケないかみたいな確認の挙動不審具合とか、優良物件アピとか、きついです。
テーブルには、洗うのが大変そうなドリアの残骸。
「おかいけーい」

ソフィは、
「別にえぇよ」
って言った。
「お腹とか痛いんちゃうん?」
って続けた。

「別に嬉しくないよ。」
と加えて、布団をギュッと掴み直した。
お母さんは
「そう」
と言って部屋を出ていった。

目の前の男の人が幸せそうにしていたら、それが私の幸せです。

だからこの仕事を選びました。
この仕事は「ハタケ」と呼ばれています。
結婚はしたくないが、子供はほしい、という人にうってつけ。
後腐れなく、面倒ごともない。
ハタケ出身の子供への補助も国が用意している。
私にも給与が支払われ、生活するための場所が確保されている。
とはいえ外で暮らすには不十分で、実際ハタケに入ってしまうと出られないのが実態。
私は出るつもりで入っていないし、一生続けるつもりでいる。
ここで生きると決めた。

先生が利用するとは思ってなかった。
「皆既月食、みんなで望遠鏡を使って観測したんですよ」
「私も見たかったです」
「来たらよかったのに」
「行けなかったんです」
先生はゆっくりと頷く。
「写真、撮りましたよ」
先生のスマホを触ることと、ひと冬着なかったセーターに袖を通すことは似てるなと思いながら。
「ずいぶんはっきり写るんですね」
あまり個人に言及することは避けたいけれど、先生は記憶の先生とズレていて。レンジファインダーで像を合わせるような神経で
「先生は、どうしてこんなところに?」
あなたのことが、まだ胸を抉ります。

タルばぁちゃんとお母さんが眠っているお墓には、いつも花がお供えされている。

ZIMAの瓶を片手に、鶯谷駅の近く、ホテル街をあなたと歩く。
フェンスの向こう側を山手線の最終列車が走っていく。
あなたは私の扱いに困りながら、半分同意を得たも同然で一緒にいる。
そこまで含めて私は全て嫌になりかけていて、走って逃げようとする。
あなたは酔った私を引き留める形になる。
あなたは何かを伝えようとしていて、私は受け入れられずにいる。

ジャムからの返信を私はまだ待っている。 

あなたはゆっくりと唇を近づけてきて、そっとキスをした。
「ごめんなさい」
小さく震えながら、目を真っ直ぐ見てくる。

「煙草の味がする」
男なんてみんなムジナズだ。
私は小学5年生の笑顔になって、あなたの犯罪を公園のブランコの風が撫でていった。



【自身のためのメモ】
・以上の事柄は全て嘘で構わない。
・以上の事柄が表出されるとき、2人以上で取り扱う。
・私/ムギは同一人物として読んで構わない。
→別の人物として想定する場合、類似している項目が多いことが望ましい。
・私/ムギ/小池を除く全ての人物は同一人物として読んで構わない。
・あなたの性別はあなたである。



2022.11.13


『斗起夫-2030年、東京、都市についての物語-』
ムギと私を結ぶためのエッセイ

小池 舞

小池舞

1996年、北海道生まれ、和歌山育ち。
オフィス・イヴ所属。
ワークデザインスタジオのメンバー。
松井周の標本室で趣味のフィルムカメラのことを考えている。
(柔らかく、しなやか。醜いものも、美しいものも静観できる力強さがある。編集:石塚より)

お仕事依頼
space-est-321@ezweb.ne.jp (小池)
https://www.officeeve.com/contact/(事務所・担当小泉)

気ままにSNSをしています。
Twitter:https://twitter.com/spacest_
Instagram:instagram.com/maipacest/
note:https://note.com/spacest

『斗起夫 —2031年、東京、都市についての物語—』

世界を、広く、大きなものにしていく——

世界を主体的に生き抜くために、行動を起こし続けることを選択した斗起夫は、父が死んだ日に「運命の人」とめぐり逢う。ぎこちない不自然なコミュニケーションが、人間同士の溝を深め、やがて過去のトラウマを喚び起こす。そして、彼はあることを決意するだろう……。オリジナル小説から産み落とされた精確な筆致、言葉の数々。ぺぺぺの会、渾身の傑作長編。

【作・演出】
宮澤大和(ぺぺぺの会)

【公演日時】
12/28(水) 12:00 / 18:00
12/29(木) 12:00 / 18:00
12/30(金) 12:00 ★
★:年越しトークイベントを開催いたします。
上演時間は3時間を予定しております。(途中休憩込み)

【場所】
北千住BUoY

【予約(クレジット前払・当日精算)】
Peatix:クレジット前払・当日精算(ログインが必要です)
カルテット:当日精算のみ 

【ぺぺぺの会HP】
https://pepepepepe.amebaownd.com/

【ぺぺぺの会Twitter】
https://twitter.com/pepepe_no_kai

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