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新しい彼女

Qさんは隣の住人であるW夫妻と日頃から顔を合わせれば会話をするような仲だ。W夫妻は仲睦まじく、長年独り者のQさんにとって羨ましく理想の夫婦像だ。在宅ワークのQさんが日中仕事をしていると隣の部屋から夫婦の楽しい笑い声が聞こえる。本来なら仕事の集中の妨げになりそうな物だ。しかし不思議と幸せを分け与えてもらった様な気分になり悪い気はしなかった。

しかしある日を境にその楽しい笑い声が聞こえなくなる。日中も夜も夫婦の言い争う声が聞こえ始めたのだ。悪いとは思うがあまりの声の大きさに内容が耳に入ってしまう。どうやら旦那さんの女性問題のようだ。奥さんは仕切りに「私が知らない間に女なんか入れてふざけないで!!」とえらい剣幕で怒鳴り散らしている。
旦那さんも「お前に魅力がないからだ!○○はお前と比べて若くて魅力的なんだよ!」と言い返す。

夫婦喧嘩は犬も食わない。
何だかQさんにとっての理想の夫婦像が脆くも崩れ落ち、結婚などする気も失せた。ただあんなに仲の良かったW夫妻の関係が壊れていくのを目の当たりにし寂しく悲しくもある。

連日連夜の夫婦喧嘩の末、奥さんが家を出て行ったようだ。何故分かっというと、たまたまQさんが外に出た時に奥さんが大荷物を持ち出て行くのが見えたからだ。そして別のタイミングで旦那さんと顔を合わせる。彼は申し訳なさそうに連日の騒ぎの声についてQさんに謝罪をしつつも、新しく迎え入れた彼女の話をし始めた。Qさんは内心「おいおい。もう新しい女をもう迎え入れたのか」と思い苦笑いをした。

すると早速紹介したいので部屋に入りませんか?と旦那さんが誘ってきた。Qさんにも多少抵抗はあったが野次馬根性という好奇心に押し負け部屋に入る事にした。部屋に上がるとTVの音が聞こえる。旦那さんは「彼女はリビングでテレビを見ています」と笑顔で答えた。

リビングに入りソファに座っている人影が見える。Qさんは「お邪魔してますー」と人影に向かい話たが全く反応がない。近づいても振り向こうともしないのだ。お洒落な茶色のパーマ毛の頭がソファから出ている。次の瞬間Qさんの頭は???なに溢れてしまう。旦那さんは「そんなに元気な声で返事をしなくても良いんだよー」とニヤニヤした顔でソファに向かって話したからだ。

Qさんは返事など返されていない。おかしい..??そう思いすぐソファの前に回り込んだ。
Qさんの表情は戦慄に変わった。それは人間ではない目も鼻も口もない単なるマネキン人形だ。呆然として立っているとソファに座っているマネキンの横に旦那さんがどかりと座った。そしてQさんに向けて彼女とされるマネキンとの出逢いを話し始めた。職場で出会った事や2人きりになってからの馴れ初めを。旦那さんは彼女の笑顔が好きだとにこやかにQさんに話した。しかし目の前には表情のないマネキンが鎮座してるだけだ。ここには居ない方が良い。そう思ったQさんは理由をつけてその日は帰る事にした。自分の部屋に戻り思い返すと気になる事ばかりが頭にうかぶ。一番気になるのが以前奥さんと喧嘩していた時の会話だ。奥さんもマネキンを普通の人間の様に扱っていたのだろうか?それともQさんにだけマネキンの様に見えていたのか。全く理解が追いつかない。


あれから随分経つそうだ。何だか自分もおかしくなりそうで隣の旦那さんとはなるべく顔を合わせない様にしている。そして今日も壁から旦那さんのマネキンに対する一方的な愛の言葉が耳に入ってくる。

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