拳を振り上げ

 一真さんは幼少期、性根が悪かった。身体も他の者より大きく、所謂苛めっ子で弱い者を見つけては痛めつける。それが一真さんにとって快楽に近かった。けれど成長した今は、身体は大きいが気弱で消極的な性格になっている。そうなってしまったのは、一つのきっかけがあると話してくれた。

 それは彼が高校生の頃だ。最早、身体や精神は完成され、一真さんを止められるのは誰もいなかった。家族でさえもだ。いつものように道端を歩いていると、ヒーロー人形を持った少年を偶然見つけた。小学生ほどだろうか。

 一真さんは行動とは裏腹にヒーロー好きだった。圧倒的な力で相手を屈服させる姿が、自分と重なっていたからだ。「おい!いいもん持ってるな!」一真さんは近づき、少年をドスの効いた声で脅す。
 すると「うひっ」と怯えた情けない声を出し、少年は人形を置いて逃げた。一真さんは足元に落ちている人形を拾った。

 それはご当地ヒーローで、必殺はゲンコツで相手を倒す。地元の子供達にも人気の人形だった。
 「いいもん拾った」と満足気に呟く。年甲斐もないが、自分の部屋に飾ろうと家へ持ち帰った。棚に人形を置き、ニンマリとする。
そして棚から背を向けた瞬間、

「うひっ」
 先程の少年の情けない声が聞こえた。
 そして
 ゴン!!
 急に後ろから頭を強く殴られた。まるで硬い拳で殴られたように。痛みにのたうち回りながら、後ろを確認するが誰もいない。一瞬闇討ちかと思ったが、そんなこともない。自分の部屋だからだ。

 棚を見ると飾ったばかりの人形が、拳を振り上げていた。何故か気味が悪くなる。ただ一度きりではない。その日以降、道を歩いている時、学校にいる時。場所時間関係なく、少年の声が聞こえる。
 「うひっ」声が聞こえてくると必ず頭を拳のようなもので殴られる。そして家に戻ると、棚の人形が必ず拳を上げている。それからすぐ人形を捨てたが、その現象は未だに終わっていない。

 「うひっ」そんな声が後ろから聞こえるたび、一真さんは怯え身体を縮こませる。

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