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酒に溺れる



仕事で愛知へ移住した大島さん。最初は慣れない土地に苦労したが、気づけば愛知に魅入られていた。理由は名産の地酒と乙川人形と言う
郷土人形に出会ったことだ。帰宅後は真っ先に酒瓶の蓋を開け、棚に飾った人形達を眺めた。凝り性な大島さんはこの二つにハマり、妻も呆れていた。ある日、妻と骨董市へ行き、顔見知りの店に入った。

陳列された人形を眺めていると、一風違う恵比寿人形が目に入った。表情は笑顔だが、顔はほんのりピンク色だ。左腕に魚ではなく酒瓶を持っていた。物珍しさに一目惚れした。店主に話を聞くと酒好きの人形師が作ったそうだった。購入希望を店主に伝えると、すんなり了承を得た。帰り際、店主は「これ作った人、酒に溺れて亡くなったんだよ」と恵比寿のような笑みを浮かべ話した。大島さんは「購入したばかりの客に失礼だ」と憤りを感じた。

帰宅後、人形を眺め、お気に入りの地酒をグラスに注いだ。恵比寿人形の笑顔を見ていると次第に酔いがまわった。妻に「夕食よ」と呼ばれリビングへ向かうと、汗ばんだ身体から何故か酒の臭いがした。出された味噌汁からもだ。「悪酔いか」そう思い、酔い覚ましで「風呂へ入る」と妻に告げ、風呂場へ向かった。何とか湯船の蓋を開けるが、強烈なアルコール臭がした。そこで異変に気づいた。水分という水分が酒臭いのだ。身体が紅潮している。

「これはまずい」と千鳥足で、妻の所へ向かい、異変を話すが「酒臭くもなければ身体も赤くない」と一蹴された。
夜風にあたるため、外に出たが雨だ。その雨さえも酒臭い。その瞬間、あの人形のことが頭に浮かんだ。再度、千鳥足で自室に戻ると、ほんのりピンク色のはずの恵比寿人形の顔が、真っ赤に紅潮し笑顔でこちらを見ていた。「このままでは酒に溺れる」必死で人形を掴み、床に叩きつけた。人形は割れ、破片が飛び散った。すると先程のことが嘘のように身体が軽く、頭がスッキリした。身体中からした酒の臭いもない。ただ人形の破片はなく、酒臭い液体だけが床に飛び散っていた。

翌日、人形を買った店に行き、昨日の話をすると、店主は「そんな人形は置いてないし、売った覚えもない」と怪訝な顔をして話した。妻にもそんな覚えはなかった。「自分はアル中になったのか」そんな心配をして酒をやめた。大島さんは今、人形集めもやめ、妻と一緒に食べ歩きを趣味にしている。

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