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映画『地獄の警備員』 森のくまさんトビー・フーパー風。(ネタバレ感想文 )

ある日 オフィスの中 警備員さんに出会った
バブル花咲く商社で 警備員さんに出会った

その後、警備員さんがドゴドゴ追いかけてきて、お嬢さんがスタコラサッサと逃げるお話です。落とし物が白い貝殻の小さなイヤリングだったかどうかは別として。

バブル末期の1992年(平成4年)、黒沢清37歳頃の作品。
ディレカン倒産で抵当に入ってたんだか著作権がおかしなことになっていたんだかで(パッケージ化はされているけど)塩漬けになっていたそうです。
『スパイの妻』ヴェネツィア銀獅子賞のご褒美なのか、もしくは松重豊「孤独のグルメ」もうすぐ10周年記念なのか(<たぶん違う)、権利関係が解消されたそうで突然のデジタルリマスター化。

私は黒沢清ファンで、新作が出れば欠かさず劇場に足を運んでいますが、本作はこれが初鑑賞。
正直なところ、当時はどうだったか分かりませんが、約30年後の今観て面白いかと言われるとねぇ。「大好きなトビー・フーパー『悪魔のいけにえ』をやりたかったのかねぇ」としか言えない。

ただ、黒沢清研究には重要な1本だと思います。

私が黒沢清を見初めたのは『CURE』(97年)からですが、その前作がこの『地獄の警備員』(92年)。実はここが大きな転換点じゃないかと推測しています。
ちなみに、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(85年)、『スウィートホーム』(89年)も観ていますが、まるで別人・・・とは言いませんが、やっぱり『CURE』以降とは違う。
簡単に言うと、理論と実践が一致していないというか、「頭で考えたやりたいこと」をまだ完全に表現できずにいる印象。

その理由は「予算」もあるでしょうが、私は「腕」もあると思います。
『地獄の警備員』と『CURE』の間に5年のブランクがありますが、この間、すごい数のVシネとテレビドラマをこなしているんですね。これは黒沢清の腕を爆上げしたと思うんです。
元々下手ではなかったけれども、垢抜けなかったというか、大学生の自主映画っぽい感じだったのが、俄然、洗練された静謐な画面に変化していく。

で、ここからが黒沢清研究で重要な点です。
予算も腕もない(ないわけじゃないけど)が故に、逆に黒沢清にとって「大切な物」が見えてくる気がします。
そしてそれは、その後の黒沢清作品の特徴にもなっている、ということを少し書きます。

正直、冒頭のタクシー渋滞やオフィスなんか、全然「らしく」見えないんですよね。もちろん予算的な問題もあるでしょうが。その割に地下室は「らしく」見せている。
言い換えれば、背景となる「現実世界」のリアリティにはあまり興味がないらしい。
ということは、「この恐怖は日常と隣り合わせ」「あなたの身にも起こり得るかも」なんていう意図は毛頭ない。
これは他の分かりやすいJホラー(例えばアイドル俳優が主演のホラーとか)と大きく異なります。

また、「犯行動機」は一切説明しませんが、「元力士=怪力」ということはグダグダ説明するんですよ。
これも、月並みなアイドルJホラー映画(<言い方にだんだん悪意がwww)とは真逆なんです。そーゆー映画は、怪力に相当する恐怖の道具立ては「心霊現象」で片付けてしまい、犯行動機に相当する心霊現象の発生理由を謎解きドラマとしてクドクドしく説明する。

でもね、「犯行動機」を説明するってことは、観客を「納得」させることであり、納得するってことは「安心」するってことなんです。安心したら恐怖ではない。

また、怪力は殺人道具です。いわば「恐怖の道具立て」。
「だって心霊現象なんだもん」「だって怪力なんだもん」で片付けてしまうのはホラーの道義的に許されない、恐怖の道具立てはきちんと説明するべき、と黒沢清は考えるのでしょう。

要するに、黒沢清は「恐怖に対して真摯」なのです。
観客の「納得」よりも「恐怖」。全ては恐怖のために。
「恐怖中心主義」と言ってもいいでしょう。

私は、「黒沢清映画の登場人物は感情の流れが分からない」と思うことがしばしばあります。
でも分かりました。「観客の納得より恐怖が大切」だから。

実際この映画のヒロインも好奇心が強すぎます。行くなよ。逃げろよ。何で見たいと思うんだよ。
でも、「恐怖中心主義」と考えれば腑に落ちます。
だって、それは黒沢清の分身だから。「恐怖を見たい」んだもん。
ありふれた刺殺なんてつまんない。撲殺が好きなんだもん。

以上、面白いかどうかはともかく、黒沢清研究には重要な1本という話でした。ま、私は研究する気はないんですけどね。

(2021.02.20 新宿K's cinemaにて鑑賞 ★★☆☆☆)

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監督:黒沢清/1992年 日(デジタルリマスター版公開2021年2月13日)

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