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父親のアンペイドワーク

アンペイドワーク(直訳すれば賃金が支払われない仕事)は、今の日本では平成も終了しようとしているのに、まだまだ母親や主婦の方に重きが置かれているように見える。

男性が社会で働き、賃金を得て、経済的に家計を支えている(ペイドワーク)に対して、母親や主婦は家事や育児、介護といったアンペイドワークに従事していることが多い。

もちろん働きながら子育てしたり、介護と仕事を両立している人も多いだろうが、アンペイドワークは数的に表しにくく、また、経済として認識されにくいので皆がモヤモヤしているところだと思う。

巷に溢れる専業主婦VS兼業主婦論争がいつまで経っても終焉を迎えないのはこのアンペイドワークを誰もがどう扱って良いのか実は良く分かっていないのでは
ないからではないかとさえ思う事がある。

確かに家事、育児、介護など待った無しの毎日続く無償の労働は大変だ。完璧にやって当たり前。やらなかったら幼子は死ぬし、年寄りも死ぬ。家は荒れ果て、家族は健康を害し、男性とて健康に仕事を継続するのが困難になるだろう。

だが、私は最近男性にもこのアンペイドワークがある事に気付いた。
正確に言うと父親のアンペイドワークだ。

我が家の場合は、息子が高校生活を送り始めた頃から夫の出番が多くなった。
進路のこと、バイトのこと、部活のことなど、息子は私より同性である夫に多くの助言を求めるようになったのだ。

男性である息子が夫を人生のロールモデルに最初に選ぶのが同性である父親であることはとても自然な流れだ。

また、息子は部活を辞めたいのに辞められない、体育教師が無理難題を言ってマラソンを走らせるといった学校という特殊な環境が関わる事を夫に良く相談して
一緒に解決してもらっていた。

少々話は逸れるが、いわゆる学校という組織は、私達民間の人間には理解しがたいおかしな校則や、習慣で成り立っている。PTAも然りだろう。これには私も何度も辟易したが、その度に夫の知恵や辛抱強い交渉によって息子が高校生活を何とか無事に送る事が出来た。

そして今。

夫は息子の大学での単位履修や卒業後の進路、就職についてかなり辛口のアドバイスを頻繁に息子に行っている。嫌われる役割を自ら進んで引き受けてくれているのだ。

私としては有難いと心の底から思うと共に、これでようやく元が取れたという思いが頭をよぎる。

夫は息子が8歳の時に商売に失敗して、文字通り無一文になった。それから私達夫婦は何とかバイトを掛け持ちして食いつなぎ、今は夫は一人息子を私立の大学に行かせるくらいのところまで戻って来たのだ。

夫が失敗した時、正直「離婚」の二文字が頭の中をよぎらなかったといえば嘘になる。

その方がその時はずっと楽に思えたし、スッキリするのではないかと思った。

でも息子はもうそろそろ物心が付き始めていたし、必ず近い将来、男親が必要になるだろうという予感が私にはあった。
もう少し言えば私だけでは手に負えない感じになったらどうしよう?という不安もあった。

だから今は夫はせっせと息子のメンタルに鋭く切り込み、煙たがられながらも、何かと息子の良き相談相手であり、理解者である。元が取れたのはそういう意味でもある。

はて。
これは立派な父親のアンペイドワークではないだろうか?

息子を一人の独立した人格として捉えて、最低限の助言をしている夫を見ると、父親の仕事というものこそ、目には見えず、また、報酬もなく、時には悪者扱いされて、それはそれで本当にお疲れ様としか言いようがない感じだ。

皆様の家庭にもありますか?

父親のアンペイドワーク。

側から見ているほど気楽な仕事ではないですよ。
でもどこの家庭でも子どもが自立していく為には一度は通らねばならない道です。

近々夫を労ってあげようと思う今日この頃。

#エッセイ #コラム #ファミリー #アンペイドワーク #主婦 #父親 #思春期

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