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私の人生を決めた、唯一無二の1本【#忘れられない一本 09】

誰にでも、忘れられない一本がある。
小学生の時に初めて手にしたシャープペンデビューの一本、
持っているだけでクラスの人気者になれた自分史上最強の一本、
受験生時代お守りのように大切にしていた一本。
そんな誰しもが持っている、思い出のシャープペンと、
シャープペンにまつわるストーリーをお届けする連載
#忘れられない一本 」。
ぺんてる社員がリレー方式でお届けしていきます。
第9弾は、ぺんてる入社28年目の、鮎瀬さん。
あなたの忘れられない一本は、なんですか?
――――――――――――――――――――――――――――――

メーカー名:ぺんてる(Pentel)
分類:シャープペンシル
製品名:GRAPH 1000 FOR PRO
製品符号:PG1000

発売は1986年だそうだ。1970年生まれの私は16歳、高1。
出会いは、発売とほぼ同時だったことになる。一目惚れだ。
23歳でぺんてるに入るまでの7年間、想いは通じて、ゴールイン。と言ったところだろうか?

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PG1000については、ぺんてる人生の集大成として一度どんな形でもいいのでまとめておきたいと思っていた。会社に入って色々なことをやらせてもらってきたが、50歳になって残りの会社人生がカウントできる節に至ったとき、自分にとってぺんてるとは何なのか、PGについて回顧しておくことが必要な作業であるように思えた。

そこにこの企画だ。聞けば社内からも原稿を募集しているそうじゃないか。企画を主宰しているK氏とは全く知らない間柄でもない。なんだか忘れたけど昔飲んだ時に、お互いPGファンだねえという話をしたような気もする。
これは夏休みの自由課題で一発作文を書いて持ち込めば、もしかしたらコネで使ってもらえるかもしれんぞ…。社内外に駄文を晒すのは気が引けるが、昨年参加させてもらったシャープファンミーティング*でもオレのPG愛は意外に通用するぞという手ごたえはあったし、今更オッサンの恥さらしが一つ増えても気後れすることもないか…と思っていた矢先に、当のK氏からなんと企画書付きで寄稿依頼が来てしまった。

願ったり叶ったり…と喜べるほど文章に自信はない。

しかし何か書きたいと願っていたのは確かだ。ようし。オレが半生を通して愛し続けたPGを、ありったけの想いを、書いてやろうじゃないか。
長い話になると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

*シャープペンファンミーティング…ぺんてるが2019年に開催したオリジナルイベント。ぺんてるシャープペンを愛用するファンに向け、シャープペン製造を担う吉川工場内の見学特別ツアーや開発者との直接交流、グループディスカッションなど様々な企画が行われた。

・・・

1986年、私は16歳。中学では割と勉強が出来たので、県立の進学校に入学する。やっと受験が終わってのんびりできる~!と思っていた入学式で「大学受験」なるものがあることを知らされ、本校は国立大学現役合格を至上目的とし最低でも学年+4時間(1年生5時間、2年生6時間、3年生…)の家庭学習を必須とする。と告げられ頭が真っ白になった。

冗談ではなく大学受験なんて全く頭に無かったし、1日5時間なんてとても勉強できるものではないが、そこはマジメな高校生だし、周りには超難関大学を目指しているような奴も居るし、男子校なのですることもないし、ということでそれなりには勉強はした。イヤ人生50年を振り返ってもあれだけ圧倒的な量を勉強したことは他には無い。当然、筆記具を使う量も圧倒的に多かった。

たまたま私がそんな境遇だった時に、GRAPH 1000は発売されたのだ。
GRAPH 1000とは偶然出会った訳ではない。と言って合コンで知り合った訳でももちろんない。言ってみれば「友達の紹介」というヤツだが、ここで登場するのが結果的に後に私の人生を決めることになる、Y君だ。

当時そういう呼称は無かったが完全に「文具ヲタ」だった彼は、私に様々なおススメ文具を紹介してくれた。お互い実家が近所だったこともあり、市内で一番大きい文具店に足繁く通っては気になる文具を購入し、講釈を聞いたり批評をし合ったりした。
まあ私の方も好きで付いて行っていたし、私より食いついていた奴が他に居た記憶もないので、私にも文具ヲタの素養は十分にあったということだろう。。

PG1000は専用の什器に入れられて華やかな一般筆記具とは別の店の奥の方のデザイン用品とかのエリアに小ぢんまりと置かれていた。Y君は一直線に私をそこに連れて行き、「John(私の愛称)、コレ、すごくいいから使ってみてよ。」とおススメした。

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高校1年生が友人に1本1,000円のシャープペンシルを気軽におススメする。当時の金銭感覚としてどうだったのか。
私もY君も特に裕福なわけではない普通の家庭だ。小遣いも決して多くなく、レンタルCDとダビング用のカセットテープ購入に消えていた記憶があるので、「進学校は大変なんだよ」を隠れ蓑にした「文具特別手当」、が支給されていたのではないかと思われる。

Y君とは同じ塾にも通っていたので、そこでよく文具の話をした。PGについては、もちろん一番のメインネタである。分解したり、カスタムしてみたり(グリップのラバーを抜いたりクリップを外したりする程度だが)、いろいろな芯を試したり。とにかく弄り倒した。

Y君とともに学んだことは、GRAPH 1000の先金(コーン)はその1部品だけでずっしり重く、これが安定感の源である。黒の塗装が施してあるが内部を見るとこの部品は真鍮製で、重さから見て削り出しの部品と思われる。使い込んでいくうちに先金の段差の角部分の塗装が剥げて金色の真鍮生地が見えてきて放つ鈍い光がまたシブい。
金属とラバーの複合グリップは滑りにくさと指への負担を最大限考慮したものである。しかもグリップのラバー部にはわずかにシボ(ザラザラ)が施されており、全部ラバーのものに比べてグリップが落ちる点を補っている。
軸のマット塗装も使い込んでいくうちに黒光りしてきて、グリップ感はやや落ちるものの絶妙に手に馴染む。
通常のシャープペンシルはコーンを外すとノックしても空振りして芯が出ない構造だが、GRAPH 1000はチャック周りが特殊な構造になっており、コーンを装着していない状態でもノックすれば芯が出る。。。

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そうだ。後に思えば新入社員研修で教わるような製品特徴、セールスポイントを、16歳の私はY君と二人で徹底解剖していたのだ。今考えても、この16歳のコンビにこの製品を売らせたら結構な営業成績を出したのではないかと思う。
事実、この時得たPGの知識、シャープペンシル全般に関する構造知識は今をもって自分の一番根っこのところにしっかりと存在し、これ以降に得た知識はそれを補完、検証する形で追加されている。

ちなみに、高校時代からの構造に対する疑問の幾つかは入社後に工場や開発の方々に聞いてクリアになった。主にシャープペンシルの基本構造の部分である。
しかし幾つかの疑問、例えばコーン無しでノックできるPGやSmashにしかない特殊な構造はどのようなメリットをもたらしているのか等、PGの秘密の核心的な部分は謎として残してある。
ぺんてる人生を卒業する日までに、吉川工場のシャープ開発チームの方々や、尊敬する元シャープ企画開発部長に聞いてPGの秘密を全てクリアにするのが目標だが、楽しみは一気に聞かずに小出しにするのだ(笑)。謎はなるべく引っ張った方が、解けた時の感動も大きい。

高校時代に話を戻す。県立の進学校であった母校の生徒は、とにかく勉強した。学校の購買部では、「XXX高校計算用紙」と呼ばれるB4の紙が1000枚束で売られており、生徒たちはこぞって購入した。コピー用紙以下藁半紙以上のクオリティーのベージュ色の薄っぺらい紙は、筆記具の品質が悪いとビリッと破れてしまう代物で、シャープペンシル本体、シャープ芯、消しゴムの3点の品質にはわが校の生徒は特に厳しかった。
私は数学が嫌いだったこともあり、計算用紙という本来の目的よりも漢字の書き取りや世界史の暗記モノ等、ひたすら字を書くことにこの紙を使った。何にでも使える便利な紙だったが、筆記具は選んだ。超難関大学を狙うような連中はそれこそこの1000枚束を年に何束も買って湯水のように使い嵐のように数式を書きまくっていたが、私は一度かせいぜい二度の購入で高校三年間を終え、残った分は大人になるまでメモ用紙として細々と使われていた。

実は、ここでシャープペンシル本体以上に重要になってくるのが、シャープ芯だ。当時メジャーだった替芯ブランドはぺんてるの他にトンボや三菱ユニだったと思うが、シャープペンシル本体に1,000円つぎ込んでいるのに他ブランドを買う訳には行かない。
ぺんてるは当時ハイポリマー100という白い薄型ケースに入った折損強度100g(0.5mm芯)の替芯が主流だったが、これでも十分他社芯に勝っていたものの我々が目を付けたのは同じケースだがワンランク上のブラックラベル仕様、PGと同じくFOR PROの名を冠した芯だ。
こいつは掛け値なしに凄かった。鉛筆の流れからきている連中はHi Uni信奉者が多かったが、所詮エンピツはエンピツ。高分子樹脂を用いて「超オングストロームポア製法」で作られているFOR PROの敵ではない。
私は細かい字をやや強めの筆圧で書く人だったので、薄い芯を好んだ。0.5であればHBとHの中間のF。のちに0.3を使うようになってからはFが無かったので主にHを使った。上述の計算用紙にも0.3を使うことはあったが、紙質の問題から上質紙のノート用に主に0.3のH、計算用紙には0.5のF又はHBを使っていたと思う。

その後より強度の高いアイン製法やシュタイン製法が確立されたこともあり、FOR PRO芯は数年前に廃版となってしまった。断腸の思いだったのは私だけだったろうか?
強度や滑らかさの数値だけでは説明のできない何かの官能値が、あの芯には確かにあった。母校の純正計算用紙の厳しい筆記条件下での心地よい筆記が、今でもはっきりと思い出される。個人的に復活を望む製品のナンバー1だ。

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もう一つ、この計算用紙で実力が試される製品があった。消しゴムだ。
日本の消しゴムの品質争いは世界で類を見ないハイレベルなものだが、やはり過酷な母校の計算用紙で実力を発揮できる製品は多くなかった。当時も今も名実ともに最強の名をほしいままにするMONOと、これもシャープペンシル・替芯との相性から来るぺんてるのHi Polymer消しゴムだけが残った。
結論から言うと、Hi Polymerはよく消えるが、やや硬めのため計算用紙の方が持たない。MONO消しはボロッと崩れるという大きな弱点を持つが、Hi Polymerと比べて消す力が弱くて済むため計算用紙勝負ではMONOに軍配が上がった。

このようにY君とともに研究した最高の筆記用具(あくまでもわが校の計算用紙という土俵の上でだが)の中でも、GRAPH 1000は常に主役であった。私は最初は0.5mmのPG1005を購入したが、すぐさま0.3mmのPG1003を追加し、以後筆入れの中からこの2本が消えることは無かった。
そして、よく壊した。入社後に色々な人にその話をすると、「あのPG1000がそんなに壊れるか!」と反論されることが多いのだが、事実壊したのだ。高校3年間で、5,000円は確実に投資している。落としたりして実際に壊すこともあっただろうし、上述のように使い込んでいくうちにテカテカになってしまい買い替えたこともあったと思う。

が、一番の理由は、とにかくよく使った、ということだと思う。品質検査では10万回のノックに耐えるというぺんてるシャープだが、当時の受験生はそれを超える環境でPGを酷使していたのだろうと思う。
そして、壊れたからとか古くなったからという理由で他の製品に鞍替えしたり、1,000円を惜しんで安い製品に流れたりすることは、1度も無かった。前述のように親から「文房具特別予算」が出ていたのかもしれないが、とにかくこのシャープペンシル無しでは勉強なんてままならない、そういう扱いだったのだ。

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さて、こうして3年間をGRAPH 1000とFOR PRO芯とともに過ごした私は、国立大学現役合格という母校の至上命令を裏切って、東京の私立大学に進学した。
多くの日本の学生がそうであるように、大学進学とともに授業などロクに出なくなり、筆記具の使用量は激減する。北関東の田舎から出てきた私にとって、筆記具も実用性よりオシャレアイテムとして使用されるようになったのだ。

高校時代の缶ペンケースから小洒落た革製のペンケースに乗り換え、主役はGRAPH 1000から母が海外旅行の土産に免税店で買ってきてくれたMontblanc Meisterstuck 146に代わる。ちなみにここで敢えて世界的に有名なトップグレードの149ではなくてやや小ぶりの146を選ぶところが我が母ながらいいセンスをしていると思ったものだが(私はただ「モンブランの万年筆が欲しい」と言っただけだ)、今思うと予算の都合だったのかもしれない。。ただし、Meisterstuckの横には当然PG1003と1005、そして同じくFOR PROの名を冠した携帯用消しゴムが並んでいた。

ところが…。入学から1年も経たないある日のこと、「バカ山」と呼ばれるキャンパス内の小山で授業の合間に昼寝などしていた私は、あろうことかペンケースを置き忘れてしまったのだ。日が傾いてから気づいた私は、真っ暗になるまで周辺を探し回った。もちろん、教室やその他立ち寄ったであろう場所もすべて探した。建物内の落とし物コーナーもすべて見て回り、教務課にも聞き守衛さんにも聞きに行ったが、平和日本の片田舎のキャンパスでも、残念ながら高級万年筆は出てこなかった。

さすがに、今までにもらった最も高価なプレゼントを1年も経たずに紛失したことはついぞ母には言えなかったし、残念ながらモンブランを買いなおす財力も、それだけの思い入れも無かった。…が、2本のPGはおそらくすぐに新品を買いなおした。はっきりと買った記憶はないのだが、その後の大学生活をPG無しで送った記憶も無いので、おそらくすぐに買ったものと思われる。

高校時代に比べて明らかに使用頻度の落ちたシャープペンシルに、また2,000円の投資だ。。しかし私にとってPG1000とは、つまりそういう存在だったということなのだろう。

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その後の大学生活は大して勉強もせず、文具にまつわる思い出は塾の採点バイトでサインペンの赤を1日で一箱使ったことくらいだが、それでも常にGRAPH 1000はペンケースの中にあった。少なくとも学生時代の終盤までは、この筆記具以外が1st choiceになったことはなかった。

転機が訪れたのは大学4年生の時だ。もともとぺんてるのことは特に意識していなかったものの、とにかく何か形あるものを作っている会社でないと自分が仕事をしている実感が沸かないと思っていたので、就職活動はメーカー、しかも自分が知っている(使ったことがあるかどうかは別として)製品を作っているメーカーだけを受けていた。

ぺんてるは、就職雑誌(当時は当然リ〇ナビなるものは存在せず、紙媒体)のおまけで付いてきたぺんてるのボールペンを見て、そういえばオレ、ぺんてるのシャープペンシルずっと使ってるな…と思って説明会に行ったのだ。余談だがおまけでもらったボールペンは、入社・配属後の初仕事として大量の売れ残り製品の筆記選別を行った際にどういう経緯で雑誌のオマケになったかを知ることになる。

最終面接で内ポケットからおもむろにPG1005を取り出し、人事部長の眼前に突き出して「こいつに惚れました!!!」とかましたにも拘らず、英語が出来るという触れ込みの大学だったために「ところで英語は話せるのかね?」とPGは完全スルーされ、振り上げたPGの落としどころも失いヤケクソになり、英語の成績は下の下の下だったのに「まあ普通の会話ならソーソー普通にポッシブルですよ」などとテキトーなことを言って内定をもらい、その後紆余曲折を経てぺんてるに就職が決まった。

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入社早々に英語が喋れないどころか海外旅行すら行ったことがないことが人事部長にバレた私は、「話が違うじゃないか(怒)」と言われながら何食わぬ顔で営業研修に出る。

西日本各地の文具屋さんを回りながら、支店の上司や先輩社員から「売ってこい」と渡されるJリーグ元年を記念したドイツの天才ドリブラーとのコラボ文具や当時売れ筋だったキャラクター文具そっちのけで、とにかくPGを売りたがった。
取り扱っていただいていないお店にはとりあえず、これがぺんてるの一押し製品ですから少しでも…と言ってお勧めし、幼い頃よく通った地元の文具店にも置いてあった什器を置いてもらっているお店では「いつもありがとうございます~!ちょっと在庫減ってるので補充しますね~」と言って注文書に書きまくっていた。

そこそこ値段の張る製品だしぺんてるの定番として地位を確立していたこともあり、先輩たちや支店長の指示とはかなりズレていたが営業成績がダントツ最下位ということもなく、まあギリギリのところで営業研修を終えた。
この研修の中で、全国のお客様から頂いた「シャープペンシルで言えばぺんてるの品質は絶対に間違いない。安心して売れるよ。」というお言葉は、私の就職先が正しかったと思わせるには十分であった。いろいろ厳しいお言葉を頂くこともあったが、私にとっては、「ぺんてるのシャープペンがNo.1」それ以上の言葉は要らなかった。

とにかくシャープペンシルしか頭に無く、日本一のシャープペン売りになりたいけど口下手で営業向きではない私は、英語が出来る学生という触れ込みで採ってしまった手前引っ込みが付かなくなったのか、営業研修から戻ると私の配属は海外営業本部になっていた。

それからというもの、イギリス、スイス、メキシコと数々の国で日本一、いや、世界一のシャープペン売りになるべく奮闘した。
海外市場は過酷であった。国が違えば、文化が違う。各国のシャープペン事情に驚くことや、ここでは語りきれないシャープペン海外珍エピソードがあるが、それはまたの機会にお話しさせて欲しい。

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とここまで、私の半生記をざっと書いてしまった。
ところが、PG1000はこんなオッサンひとりのペン屋人生で語り尽くせるような生半可な製品ではないのである。

たかがシャープペンシル1本。しかし、一生使い続けるに値する1本。

ぺんてるの至宝、技術立国日本が誇る世界一のシャープペンシルの話を、もう少し続けさせてほしい。

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Episode 1 0.4との出会い

PG1000シリーズには5つの芯径サイズがある。0.3、0.4、0.5、0.7、0.9である。シャープペンの定番0.5の他、製図用という位置づけなので0.3にも人気がある他、スケッチ等の目的で0.7、0.9の太径を愛用する専門家も多い。私は高校時代には0.5から入り後に0.3との2本体制とし、通常の文字と細かい文字で使い分けていた。

この中で0.4という存在だけちょっと浮いている。いわゆるスタンダードではない。海外での販売も0.4だけはしていない。ぺんてるのシャープペンシルラインアップの中でも、0.4を持つものは数品種しか無い。かのY君ですら0.4に言及していた記憶は無い。なぜこんなものがあるのだろう?

0.4の歴史は意外に古いらしい。新入社員の営業研修で地方の文具屋さんを回ったときに、「売れ残りの古い製品、持って帰って。」と言われた中に、すでにかなり年代物と思われる0.4のシャープがあった。今から遡ると、ざっと35年以上前の製品だ。

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そしてそのパッケージに記された宣伝文句が…
【0.5より細く書けて、0.3より折れにくい!】

誰だぁこんな間抜けなコピー考えたのは!当たり前だろボケェ!!と思ったのだが…。

…真実だったのだ。まさに目からウロコ。0.5より細く書けて、0.3より折れないぃ!すごぉぉい!!
0.4を完全スルーしていた高校時代の自分とY君に教えてやりたかった、というのが最初の感想だ。あれほど愛着のあったPG1003と1005はほぼ使われなくなり、代わりにPG1004を常に手元に置くようになった。
まあ皆さんも騙されたと思って。

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Episode 2 カラシニコフの話

イギリス(と言ってもロンドンから200km離れた田舎町だ)駐在時代。
本社から出張で訪れた当時のデザイン部長をロンドン観光にお連れするよう支店長から仰せつかって、ピカデリーからビッグベン、タワーブリッジにロンドン塔…というお約束の観光コースを車で回っている時だった。

この部長さんはサインペンやボールぺんてる等、今なおぺんてるの顔として知らない人はいない製品を多数手がけた、レジェンドである。ペーペーの私は偉大な部長さんに出来る話も無く、観光案内だけをしていた。

とその時。レジェンドは、「もっと時間があったら、ロンドンの兵器博物館に行きたかったなぁ…」と仰られたのだ。意外な言葉だった。
なぜですか?と問うと、当たり前だが兵器に興味があるから、とのこと。なぜ兵器なんですか?その答えは…

「兵器のデザインにはね、妥協が無いんだよ。一切の妥協がね。命の掛かった道具だから、飾り気なんて入り込む余地は無いんだよ。そこが美しい。

これだ。これこそが私が愛したPGの―他のぺんてる製品にも多々見られる特徴だが―飾り気のない、余計なものを削ぎ落とされたデザインだったのだ。
単に「機能美」と呼ばれるものなら幾らでもある。が、「命の掛かった妥協のない道具」そこまで意識してデザインされた筆記具が他にあろうか?

真っ先に思い浮かべたのはかの名銃、AK47カラシニコフだ。そうかPGはカラシニコフなんだ、と、自分の中で落ち着くべきものが落ち着くべきところに落ちた感じがした。
その後兵器図鑑で調べてみたところでは、PGのグリップはカラシニコフよりブローニングM2機関銃やM16小銃あたりの銃身からインスパイアされているように見えるが、自分の中ではあのデザイン部長のお言葉は「カラシニコフの衝撃」として記憶されている。

Episode 3 そろそろどっちがエースか決めとこうぜ。v Smash Q1000

ここで、1年遅れの1987年発売、後に終生のライバルと言われるSmash Q1000について書いておこう。

私は、PG1000はサーキットを走るレーシングカー、Q1000は公道を走れるようにチューニングしたスポーツカーだと思っている。若干太めにして握りやすくしたボディ、イボイボのグリップは使い勝手をさらに増した。内部のメカニズムにはPGと比べて一切妥協はない。スペック的にはほぼ同格で、「製図用」という看板だけを外して一般消費者向けにしたもの。それがQ1000と理解している。
数年前、インターネットの動画をきっかけに人気に火が付き、Q1000は一気にぺんてるの顔となり、全国の文具店で売り切れが続出した。

一つだけずっと気になっていた点がある。PG1000とQ1000の構造上の唯一の違い。Q1000のウリの一つとされる、「グリップ一体の先金」だ。
PGは段々になっている先金とグリップの間でネジで止める構造だが、Q1000は先金と金属グリップが一体になって、一体型先金の真ん中辺りをネジで固定する構造になっている。いちばん応力の掛かる先金とグリップの接合部を無くして一体構造とし、より深い位置で先金を固定した方が安定感は増すのではないか。もしかしたら公道仕様と思ってナメていたQ1000の方がスタビリティではPGより上なのか…。20年来のPGへの信頼に一瞬不安がよぎる。

が、ここで一つの仮説を立てた。先金一体グリップの奥深く、あんな場所にネジ山は切れない。ということは、グリップの筒とネジ山は別々の2部品を接着しているに違いない。安定感を求めるのであれば接着の2部品よりネジ固定の2部品の方が上…と胸をなでおろしていた私だが、仮説はシャープ開発部長の一言で無残に崩れ去った。

「昔は大変だったんだけどさ、今は旋盤が高性能だからあんなグリップの奥の方にもネジ山が切れるわけよ。」
更に。
「やっぱり先の方で固定するより、一体構造にして奥の方で固定する方が安定度は高くなるわな。」

そんな。。オレのPG神話がついに崩れるのか…。目の前でシャープ芯の炭素結晶構造がガラガラと崩れていくような錯覚に見舞われる中、シャープ開発部長の「でも一概にどっちがいいとは言い切れないんだけどね。」の一言で、私は何とか持ちこたえた。

そう。PGの先金ネジは、芯がチャックから解放される部分、つまりシャープペンシルの構造上最も弱い部分に位置する。筆記具を持つときに親指、人差し指、中指で保持する部分だ。
それに対し、Q1000のネジ位置は同じでも軸中心に掛けての指の腹が当たる部分まで一体構造となっており、握ったときに親指の根本付近になる。より広い、指全体からの応力がグリップと中軸の固定ネジに掛かることになる。ネジ位置はてこの作用点となるが、掛かる応力が大きいため芯に負担が集中し折れやすくなるのではないか。

もちろん金属一体の先金はそんな力は寄せ付けない頑強さがある。実使用には全く問題ないだろう。但し、先金部を真鍮削り出しの一部品で構成し、作用点付近を頑強なネジで固定することで構造上最も負担がかかる部分をガチガチに固めた、PGの安定感の方が上に違いない。モノコックとフレーム構造の違いのようなものだろうか?余計混乱する気もするが、私は勝手にそう理解した。

ここまでが現時点での私の結論だが、未だライバル対決に決着はついていない。両方使っている方、Q1000派の方のご意見もぜひお聞きしたいところだ。

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Episode 4 やすやすとエースの座を渡すと思うか? v orenznero PP3000

2014年、ぺんてる史上に残る画期的な製品が発売された。1度ノックしたら芯1本分書き続けられる自動心出しシャープペンシル、orenzneroだ。数年前に発売された世界最細0.2mmシャープペンシル、オレンズ(0.2mm自体は、実は昔からある)の高性能版としてリリースされた。
これもインターネット上でたちまち話題になり、3,000円という高価格にもかかわらず品切れ続出のヒット商品となった。しかも、購買層は中高生である。30年前の1,000円と比べても今の3,000円は高いと思うが、いつの世も「受験生特別文具予算」はあるのだろうな…と思ったりした。

ボールチャック(通常の、芯を挟んで「押し出す」チャックではない、ボールで押さえて芯が引っ込まないようにした上で戻り止めで芯を引っ張り出すメカニズム)を使った自動芯出しシャープは、長い間シャープ開発部門の悲願だった。確かメキシコに赴任する前、理由は忘れたが当時工場の研究所に居られた前出のシャープ開発部長を訪ねて構造の講義をして頂いた覚えもある。
ボールチャック自体が複雑でコストの掛かる構造のため価格的に厳しいと言われていたが、細部の作り込みや材質のこだわりによる付加価値で逆に3,000円という思い切った高価格に振ってプレミアム感を出したのが効いた。我が愛するPG、再びの強敵出現である。大丈夫かPG。

社内でも入手困難と言われたorenzneroを若手社員に文具店を回って探して購入してもらい、メキシコまで送ってもらった。ズシリと重いが、PG1015のような金属的な重みではなくあくまでも手に馴染むほど良い重量感だ。
コイツは強敵だぜ…持った瞬間に感じた。
だがこの時点では私はまだ楽観的である。数年前のオレンズ発売以来ずっと禅問答のように繰り返してきた問いがあった。

「シャープペンシルに『カチカチ』は必要なものか?」

シャープと言えば「カチカチ」だ。書きもしないのに考え事しながらカチカチやるのは受験生にとってペン回しよりナチュラルな行為だ。ノック式のボールペンもカチカチやるが、音がうるさいし、だいたい受験生はボールペンはあまり使わない。そして、ペン回しとともに大人になっても抜けない習慣が「カチカチ」なのだ。
オレンズも1回ノックでスリーブが引っ込むまで書くことのできるシャープペンシルである。カチカチやったら、逆に出すぎて0.2mmの芯は折れてしまう。
その1回プッシュ、にどうにも違和感があったのだ。

ちなみにボールペンでもシャープペンシルでも、後端のボタンを押すことを「ノック」と呼ぶのは日本だけだ。海外ではプッシュ、またはクリックと言うが、クリックの方がよく使われる。
これは(シャープペンシルの場合)ノックの際にチャックリングが戻るカチッという音の擬音語であるが、海外でも「シャープペンシル=クリック」というのは常識的に通用する概念で、日本人がカチカチやるように外人もClick clickやっている。

オレンズにはここが欠けていると常々感じていたのだ。このシャープの代名詞と言えるノック感、Click感が無ければ、シャープはシャープで無くなる。ボールチャックが裏目に出る…またPGの勝ちだ。。
そう確信してorenzneroを1ノックしてみる。

「カチリ」。
…え?

ちょっと待てなんだ今の感触…。前述の銃器の話に例えれば、「撃鉄を起こす」ような感触。受験生が勉強を始めるとき。物書きが何か文章を書き始めるとき。この感触一つで体中の集中力が指先1点に集中し想像力のアドレナリンが噴き出すような「カチリ」だ。この緊張感と比べれば、今まで数十年に渡って行ってきた「カチカチ」の、なんと集中力の無いことか。

正直、負けた、と思った。
私が数十年に渡って信奉し続けてきたPGの神話がついに崩れる時が来たのか。後にシャープ開発部長に伺った話だとあのカチリを出すために先金内のバネ荷重のチューニング等に物凄く気を使ったということだったが、そりゃそうだろう。最初にorenzneroをノックした時のゾクッという感覚はPG敗れたりというショックよりも、新時代のノックに対する期待感だったのだと思う。

 止まらなくなってきたので少し先を急ぐが、結果から総合的に判断すると、私の1st positionには再びPG1004が戻ってきた。
ノック感についてはかなりヤバかったが、他にも幾つか気になる点があった。オレンズの特徴である芯で書かずにパイプで書くという点が芯の紙との摩擦を実感しながら書く(人によってはこれを「崩壊感」と呼ぶ)鉛筆・シャープペンシルの「味」を損なうというところが一つ。これは、高校時代の計算用紙もそうだが日本に比べて紙質の著しく悪い海外で長く筆記具を売ってきたことも影響していると思われる。
メキシコはおろかヨーロッパのノートですら、研磨加工が施されているとは言えオレンズの金属パイプで引っ掻くと破らないで書く自信が無い。日本のノートの質は世界一だ。その土壌があって成り立つオレンズのマーケティングは海外では厳しいと感じる。

もう一つは、細心の設計で他の稼働スリーブ製品に比べて抜群の安定度を誇るとは言え何と言っても可動部品であるスライディングスリーブは絶対的な信頼感において固定スリーブのPG1000には勝てないということだ。
やはり私にとってシャープペンシルの命は安定感(Stability)・堅牢性(Solidness)だ。可動部品を一つでも減らし、直径わずか0.3mmの芯への負担を極力減らす。紙との摩擦で削り取られる先端以外、芯に掛かるあらゆる応力を抑制し制御する。これを極限まで突き詰めたシャープペンシルが私の理想のシャープペンシルだ。最強の座は、まだ譲れない。

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Episode 5 コレクターズアイテムへの脱皮とオリジナルブラックへの回帰

ド硬派路線一本だったPG1000が突如新規路線を打ち出したのは2010年頃だろうか。最初にLimited Editionとしてカラーバージョンを考案した方の着眼点には感服する。マットブラックのPG一筋だった私でさえ何の違和感もなく元のデザインの秀逸さを再認識させられた。シブい玄人受けしか狙えなかったこの名品を、新たなユーザー層に拡げたのだ。

シルバーの先金、シルバーのグリップ+軸色と同じラバーは機能美と性能を全く損なうことなく無限のカラーバリエーションを可能にした。当初は日本、次いで韓国で火が付いたこのプレミアムエディションは、PG1000にコレクターズアイテムという新たな性格を加えることに成功した。韓国では今なお毎年Limited Editionが発売され、ほぼすべてが完売、高値のプレミアムが付いている。

そして重要なのはこれが単に限定品の希少価値故の人気だけでなく、オリジナルのマットブラックも確実に売れていることだ。オリジナルがホンモノでなければ限定品に価値などない。PGのこの成功は後のSmashやケリーの限定品にも活かされることになる。

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企画担当のK氏と打ち合わせをしたときは、彼の部下の山田さんは勢い余って10,000字も書いてしまったけれど読んでくれる人は結構いるんですよ。なので好きなだけ書いていいですよ、との事でしたが、気づけば私もこんなに書いてしまいました。。締切り期日まであと1週間くらいあればエピソード10くらいまでは書ける気がしますが、さすがに長すぎてボツになるのが怖くなってきたのでこの辺で止めておきます。

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私はエンジニアではないので、技術的なことは憶測で言ったり、技術系の方々の話を思い出しながら書いたりしています。あくまで販売サイド、というかユーザーサイドの人間が書いた個人的な主観に基づく批評として読んでいただければ幸いです。

一つ言えるのは、ボールペンやマーカーがインキというケミカル(化学物質)に依存するのに対して、シャープペンシルはかなり純粋に(芯を除いては)メカニカルなものということです。
工業立国、特に精密機械を得意とする日本が、最も得意とする筆記具がシャープペンシルだと私は信じています。高校1年生という人生で一番字を書く時代にこの製品に出会い、運よくその製造元で働くことができ、仕事にかこつけて様々な製品と比べるチャンスももらってもうすぐ30年が経とうとしていますが、未だにこれを超える1本には出会っていません。

筆記具は置物ではない。工業製品であり、道具である。
本当に使いやすい物が、我々の目指すものだ。

これは師と仰ぐ元製品開発副部長の言葉です。
この言葉が凝縮されたPG1000を開発して下さった先人の方々に改めて感謝いたします。
Meisterstuck、Master Piece、名作と呼ばれる「作品」ではない、1,000円で誰でも買える名品、GRAPH 1000 FOR PROに出会え、共に人生を歩めた幸運を今再び噛みしめています。

また、この製品が好きで、売りたくて入社したぺんてるですが、この原稿を書いていて、それだけで終わりで良いのかと強く感じています。PGを超える何かを目指してこその「仕事」ではないかと思い始めています。50歳からの10年間。果たして何が出来るのか!?

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そういえば、私の文具人生の恩師とも呼べるY君は今、どうしているのだろう。大学1年まではアパートが近所だったこともあり頻繁に行き来があったが、お互いにバイトだサークルだと忙しくなり、1年生の終わりごろにY君が大学近くのアパートに引っ越したのを機にプッツリ音信が途絶えた。

私がペン屋になって30年近くも筆記具一筋の人生を歩んでいることを知ったら、彼は今どう思うだろうか?

実家が近所なので、もしかしたら私がぺんてるに入社したことくらいは人づてに聞いているかもしれない。以前国内営業の人たちと飲んだ時にY君の話をしたら、「Y君すげー!『Y君を探せ!』企画やろう!」と盛り上がったことがあったが、残念ながらその企画は実現しなかった。

この文章がnoteに掲載されたら、どこかで偶然読んでくれないかな。
今でも弊社製品を愛用してくれているだろうか?
辛口の製品批評を、ぜひまた聞きたいものだ。

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ともかく、会社人生27年。
会社だから、仕事だから、20年以上もやっていれば色々あるけれど。
嬉しいこともあったし嫌なこともあった。辞めたいと思ったことも、一度や二度ではないかもしれない。メーカーの社員なので、他のシャープペンシルも、ボールペンも画材も売らなきゃいけない。
それでも何とか続けてやってこられたのは、PG1000への愛、だよ。


ありがとう。これからもよろしく。


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