数々の名品を知るぺんてる会長が45年目にして選ぶ逸品【#忘れられない一本 08】
誰にでも、忘れられない一本がある。
小学生の時に初めて手にしたシャープペンデビューの一本、
持っているだけでクラスの人気者になれた自分史上最強の一本、
受験生時代お守りのように大切にしていた一本。
そんな誰しもが持っている、思い出のシャープペンと、
シャープペンにまつわるストーリーをお届けする連載
「 #忘れられない一本 」。
ぺんてる社員がリレー方式でお届けしていきます。
第8弾は、ぺんてる入社45年目の、和田会長。
あなたの忘れられない一本は、なんですか?
――――――――――――――――――――――――――――――
いきなり、私ごとということになりますが、まずは、自己紹介から。
実は、私は、入社してからの20年間、今回のテーマでもある、ノック式シャープペンシルとその替え芯(当時はハイポリマー芯が主流)を生産する工場にいましたので、今回のお話は、“作る側”からみた「忘れられない一本」ということになります。
ただし、先に寄稿された皆さんの、「#忘れられない一本 」に対する思い入れに感動しながら、同じように“おーっ”と言って頂けるかどうか、はなはだ自信はありません。
というのも、その20年間のほとんどが、替え芯を作る現場にいましたので、ですから、作る側といっても、直にシャープペンシルを作っていた訳ではありませんから、正しくは“作っているのをそばで見ていた側”からということになるのでしょうか。
とりあえず、話を進めてみます。
早速、そんな私の「#忘れられない一本」は、皆さんもご存じだと思いますが、数あるシャープペンシルの中で、私自身が逸品と評価している、あの「KERRY」(ケリー)です。
▲発売当時(1971年)のチラシ
▶︎現在の商品情報(万年CILケリー)
どういうところが逸品かは、追々。
私も、入社して44年が過ぎ、化石と言われかねない社歴になりましたが、「KERRY」は、それより5年早く、会社の先輩ということになり、世に出て49年ということになります。
しかも、いまだに、月1万本近くを生産して、市場に送り出していますから、まさに廃れることのない優れモノと納得できるシャープペンシルだと思います。
ただ、一見して、一般的なノック式シャープペンシルと比較すると、スマートさに欠けるような気がします。
設計を担当された先輩に尋ねたところ、呼称の由来は「アイルランドの黒い牛」とのこと、黒い「KERRY」をみると、ほんの少しですが、納得できる気がします。
この太めのデザイン、キャップ式という仕様からの設計上の制約があってのことだったと思われます。
しかも、当社で、今も継続して販売されているキャップ式のシャープペンシルは、この「KERRY」だけ(実は、キャップ式は、過去にもう一本開発されています)で、他社の製品も見かけません。
よく見ると、細部にもこだわりがあり、それだけに技術的に難しい所も多く、作るのに手間が掛かり、コストの作り込みも大変だったろうと、容易に想像がつきます。
キャップは金属に塗装が施されたもので、筆記時にノックとなる突起部分は、キャップを閉めた状態ではしっかり固定されていますし、心地よい嵌合(かんごう)感*を生み出すバネカツラやリブの形状など、シャープペンシルの技術屋さんにとって、初めて経験することが多かったのではないでしょうか。
*嵌合…【 パッチン嵌合(かんごう)】
ぺんてる創業以来のこだわりであるペンキャップの「パッチン嵌合(かんごう)」。ペンの気密性を高めるだけではなく、そのパッチン音がキャップ開閉時の安心感につながります。
他にも、キャップ嵌合の受けの部分である金属のリングを両側に据えた形になるローレット加工された部分や、おそらく、外形の太さに合わせ、且つ、長さ方向の寸法上の制約があって考え抜かれたのであろう、奇妙な形の先端(先金)部分など、この「一本」につぎ込まれた技術の深さと苦労が伝わってきます。
「KERRY」を逸品とした理由の一つがここにあります。
今度は、この「KERRY」を分解してみます。
替え芯を誘導するステンレスのパイプを装着した先端(先金)部分、それに連なる嵌合リングを嵌めた前軸の部分、飾りのローレット加工の部品を装着した後軸の部分、そして、金属の突起やクリップを付けたキャップ、さらに、芯を前に送り出してしっかり固定するチャック他の部品と芯を内蔵するタンクで構成される中軸セットと呼ばれる部分の、5つのパーツに分かれます。
よく見ると、この5つのパーツは、それぞれ3~7程度の部品が組み立てられていて、おそらく、個々の部品をバラバラにすれば、合計で20数点の部品で出来上がっているのだろうと推測されます。
私が入社した当時、シャープペンシルの組み立ては、海外向けの一つの製品を除いて、すべてが手作業で行われていました。
シャープペンシルの組み立ては、将来の機械組み立てを考えて、一本の外装軸を基準に、その両側から、順番に個々の部品を組み付けていくものと、この「KERRY」のように、別々にいくつかのパーツを組み立てておいて、最後にそのパーツを組み付けていくものの2種類があったように記憶しております。
もちろん、他の組み立て方法のものもあったかもしれませんが、“作っているのをそばで見ていた側”からの見立てということでご容赦下さい。
前者の場合、全ての部品を順番に組み立てていく訳ですから、工程が直列にならんでいることになります。
一方、後者の場合、いくつかあるパーツは、別々に組み立てられますので、少なくとも、パーツの工程は並列にならぶことになります。
そして、個々のパーツの組み立てを、内職さんたちによって同時に並行して行うことが可能となり、全体の組み立てのリードタイムが短縮されることになりますし、パーツ段階で品質のチェックも入れられますから、手作業ということでは、非常に効率の良い生産であったということになります。
当時、なるほどと、そんな生産の考え方に感心させられたことを思い出します。
他愛もないことのように見えるかもしれませんが、私が、この「KERRY」を逸品とした二つ目の理由がここにあります。
余談になりますが、ぺんてるでは、当時、創業者の堀江幸夫社長が、特にこだわって最終の出荷品質の確認を自ら行った製品が二つあります。
そのうちの一つが、この「KERRY」(もう一つは、あの「ぺんてる筆」です)です。
たまたま、私は、社長室で、確認される場に同席させて頂いたことがありました。
堀江社長は、おもむろにキャップを外し、先金部分を上にして、それに目をやります。
片目をつぶって、じーっと見続けます。
納得すると、今度は、キャップと前軸との嵌合、後軸との嵌合を、何度も何度も繰り返して、その感触を確かめます。
最後に、後軸にキャップを装着し、耳のそばで、カチャカチャとノックを繰り返して、その感触と音を確認します。
提出した10本のうち、数本を同じように確認していきます。
実は、この10本、事前に、品質に問題のないことを、工場の数人の技術屋さんが確認しているのですが、時に、堀江社長のこだわりの“教育的指導”が入ります。
この場合、工場に持ち帰り、どこに問題があったのかを分析して報告書にまとめ、手直しした製品と共に、再び、堀江社長のご指導を受ける。
このことが、毎月、必ず1回は行われていました。
正直、堀江社長のご機嫌が悪い時などは、持ち帰り再提出が延々と行われることもあったように聞いております。
ですから、この「KERRY」は、全社を挙げてのこだわりの逸品であったと言えるかもしれません。
「忘れられない一本」から話が逸れてしまいますが、余談ついでに。
皆さんは、この「KERRY」を使われる時、人差し指と親指でどこを持たれますか。
中には、飾りのように見えるローレット加工の部分を持たれる方もいらっしゃるようです。
そこで。
今から7年ほど前、ぺんてるは、「色」にこだわり、「先っぽの技術」にこだわり、「敷居を下げる」ことにこだわりますというステートメントを発しましたが、私は、そこにもう一つ加えたくなりました。
「グリップ」にもこだわりますと。
如何でしょうか。
さて、シャープペンシルというと、この「KERRY」の他に、「スマッシュ」や「PGシリーズ」など(これらのシャープペンシルも「グリップ」にこだわりがあります)も、ほぼ同時期に開発されており、ぺんてるのシャープペンシルが市場で大いに評価された第一期にあたるといえるかもしれません。
最後に、この当時、シャープペンシルの開発や生産に携わった皆さんが、何を目指していて、何に悩んだか、言い換えれば、「KERRY」や「スマッシュ」「PGシリーズ」の他に、どんな製品を開発し、生産し、市場に送り出したか、そして消えていったか。
消えていったシャープペンシルの中には、ひょっとして今だったら、市場で大いにもてはやされるものがあったかもしれません。
そして、そんなことを紹介したら、きっと枚挙に暇がないかもしれません。
それは、後日、機会があれば、ということで筆をおきます。