グッドパッチの離職率改善を支えた施策「1・3・6インタビュー」
(こちらの記事は私がグッドパッチ在籍時に公開されたものです。2023年3月付けで退職しており、それ以降のグッドパッチ社の状況を反映したものではありません。)
はじめに
従業員の離職は多くの会社にとって頭の痛い問題ですが、それを一発で解決してくれる施策はありません。考え得るいくつもの原因に向き合い、地道な改善を続けるしかないのだと思います。
私たちグッドパッチもかつて離職問題に苦しんだ企業です。待遇、評価、マネジメント、育成などあらゆる観点から原因を探り、対策を考えても思うように改善できない状態がずっと続いていました。
離職問題への対応、分析や施策立案は「報酬」や「業務内容」など全社や組織の目線で行われることが多いですが、本当にそれで十分でしょうか。
多くの場合、従業員が会社を辞める理由は個人的かつ複合的です。ひとつひとつで見れば些細と思えるモヤモヤ、わざわざ上司に言うほどでもない不満、本人にも言語化できない漠然とした不安が積み重なり、一定のレベルを超えたときに「環境を変えたい」という考えに至るケースも多いと思われます。実際に「会社に不満はない」という離職をよく目にします。
離職問題を考える上では組織施策や制度のような「一対多」の視点だけでは不十分です。ひとりの人間として従業員に向き合い「まだ声を上げるほどでもないモヤモヤ」が膨らんでしまう前に何とかすることが重要です。
1・3・6インタビューは私たちグッドパッチが実施し、効果を実感できた離職防止施策。離職につながるモヤモヤを早期に発見し、改善に向けた行動をマネジメントに促すためのインタビューです。
実施のきっかけは退職インタビューで味わった無力感
私はグッドパッチの組織崩壊から立て直しの時期(詳しくはこちらをご覧ください)に人事を担当することになったのですが、当時の主な課題のひとつが離職率の改善でした。実は当時の離職率は40%超。東京オフィスの人数は100名程度でしたから、1年に1クラス分の人が去っていく状況です。毎月複数の退職者が出て「辞令が出るのが怖い」と言われてしまうような状況でした。
まずは離職の原因を分析しようということで着手したのは退職者インタビューです。モチベーション曲線を図にしてもらい、モチベーションが低下したときにどんなできごとがあったのかを深堀って退職の要因を探るアプローチを取りました。
これによって退職理由のカテゴリ化はある程度できたものの、本人のモチベーションを下げたできごとについてはかなり個別性が高く、会社や部署全体に適用できそうな施策は生み出せませんでした。
退職インタビューで本音を引き出せているかどうかについても疑問でした。例えば「上司が嫌いだから辞めます」なんて思っていたとしても言わないでしょうから。
一方、結構な割合で出てきたのが「この離職は止められた」というケースです。会社や上司が対応を改善すべきもの、本人の勘違いや思い込みに近いものなどパターンはさまざまですが、いずれも改善策が思い浮かぶ内容です。しかし次の会社が決まっているような状況では引き留めの余地はほぼありません。目の前の相手の離職を止めるという観点では退職者インタビューは無力でした。
どうにかできたはずの退職者を何人も見送って、悔しい気持ちでいっぱいでした。「相手が辞めることを決めてから話しても遅い。もっと早く問題を察知して離職を考える前に対処すべきだ。」という考えに至り、実行に移したのがこの1・3・6インタビューです。
インタビューの概要
グッドパッチに新しく入社してくれた社員を対象に、入社から1ヶ月・3ヶ月・6ヶ月の経過時点で1回ずつ、計3回インタビューを行います。これが名前の由来です。
重要なのは直属の上司以外の人がインタビューを実施すること。一般に上司との関係も従業員にとって代表的なストレス源のひとつと言われますので、上司との関係性について率直に相談できる場が必要です。また、本音を聞かせてもらうために「何かマズいことを言ったら立場が悪くなる」といった不安も極力取り除くべきなので、評価や育成を直接担当しない人のほうが適任でしょう。現時点では私が全てのインタビューを担当しています。
インタビューは開始時に簡単なアンケートに回答してもらい、その回答内容に沿って進める形式を取っています。単なるフリートークではなく、ある程度型が決まっているのです。
また、インタビューの内容は発言録としてテキスト化され、マネジャー以上のメンバーに共有されます。これにより本人の不安や懸念をマネジャー陣が理解し、チームを組んでケアをすることが可能になります。もちろん共有に関してはインタビューの受け手と合意した上で実施しますし、記録に残してほしくない部分は本人の希望に合わせてオフレコにするしくみになっています。
1・3・6インタビューを開始した当初はそれなりにオフレコが出るだろうと思っていましたが、蓋を開けてみるとほとんどの人がオープンに話をしてくれました。突っ込んだ話題になった場合は「これ記録に残しても大丈夫ですか?」なんて聞いたりもするのですが、「ぜひ伝えてください」という要望を受ける場合もあります。
インタビューの主なテーマは、1・3・6それぞれの回で異なります。以降、各回の詳細を記載します。
1ヶ月目のインタビュー:オンボーディング体験
会社や職種などによって異なると思いますが、入社して1ヶ月はまだわからないことも多いため不満や満足はあまり強く出てきません。そこで、このタイミングでは入社オンボーディングの体験をメインのテーマに話をしています。
アンケートは以下のようなものを用いています。紙に印刷し、ペンを渡してその場で回答をしてもらいます。
・業務を開始する上で必要なサポートが提供されていたか
・人間関係を構築することができたか
・会社の大切にしている経営理念に共感できたかどうか
1ヶ月目はこのあたりが主なテーマとなりますが、私たちグッドパッチが特に大切にしているのはVision, Mission, Valueへの共感度です。これについては代表の土屋が講師を務め、毎月の入社者を対象とした研修が行われます。経営理念や行動指針について社長と直接、少人数でガッツリ話し合って相互の理解を深めています。
また、自部門以外のマネジャーもインタビューのログを参照することから「他己紹介」の視点を含めています。例えば「前職での経験」などは良いテーマになります。これまでにどんな仕事をして、どうしてグッドパッチに入ろうと思ってくれたのかをじっくり聞く機会は意外とありません。特に前職を辞めた理由は面接ではオブラートに包まれがちですが、入社した後はより本音を話しやすくなります。その人が前職で何にモチベーションを下げ、離職を決意したのかを理解することで今後そんな体験をさせないよう配慮することにつなげられます。
新たな仲間の不安を取り除き、業務に集中できる環境を早めに提供することがオンボーディングの目的のひとつです。ここで得られた知見はオンボーディング担当チームにフィードバックされ、プログラム改善にも活用されます。
3ヶ月目のインタビュー:この会社における自分
3ヶ月目になると、本格的にプロジェクトに参加したり、マネジャーとの1on1も定常化しています。しかし「仕事に慣れていない」「チームメンバーとの関係ができていない」「仕事を依頼する側も本人の特性をつかみ切れていない」などの理由で、つまづいたり戸惑ったりするシーンも出てくる時期です。
ここではこのような調査票を利用しています。
大まかには
・仕事にやりがいを感じられているか
・人間関係が作れているか
・会社に共感できているか
…をそれぞれ確認する目的があります。
3ヶ月くらいの時期によく見られる傾向として「仕事は楽しくやれているけど、自分のパフォーマンスにはまだ自信がありません」というものがあります。概して健全な考え方と言えますが、自分のパフォーマンスに対する不安があまりに強く自己肯定感に乏しい状況が続くと「この会社には居場所がない」と感じてしまうことにつながります。「もう少し自分を認めてよいのでは?」と感じられる時は「もし誰かに指摘されたんじゃなくて自分がそう感じているだけなら一度上司と話してみてはどうですか?」などと、自分の中だけで不安を増長させないためにフィードバックを受ける行動を促します。
また、この時期のインタビューではマネジャーとの1on1についての知見も多く得られます。「思うことを何でも話せていますか?」と直接的に聞くのもいいですし、何らかの不安や懸念を共有してくれた時に「そのことは上司に相談できていますか?」と聞くのも状況を把握する上で効果的です。モヤモヤを放置せずに相談できる関係性をつくるためにはマネジャーとのコミュニケーションの強化や軌道修正を早いタイミングで実施することが重要です。
1on1のクオリティ担保は最終的にはマネジャーの責任ですが、「こんなこと言ったら申し訳ないと思って…」「これまでに自由に意見が許される環境にいたことがなくて…」「まだこの会社のことが掴めていなくて…」などと本人が遠慮してしまっているケースも実は多いのです。そんなときは「グッドパッチは何でも率直に話すことを大事にしているから大丈夫ですよ!」「マネジャーも言ってもらったほうがうれしいですよ!」などと少しだけ背中を押すようにしています。
6ヶ月目のインタビュー:会社の課題
6ヶ月目はいくつかのプロジェクトを経験し、会社のことも仕事のことも一通り理解して本格的にパフォーマンス発揮モードになる時期です。3ヶ月目の時はまだ新しい環境に対する緊張が残っていますが、それもだいぶ取れて「素」に近い姿を見られるようになります。
調査票は3ヶ月目の時と同じものを使い、その時との差分にも注目します。
「3ヶ月の時は様子見だったが、自分の色が出せるようになってきた」などの理由でアンケートの回答がポジティブになったりすると理想的な変化の例と言えるでしょう。ただ実際にはこれまでのインタビュー経験で3ヶ月目と6ヶ月目で傾向が劇的に変わる人はあまりいません。個人の特性については3ヶ月の時点でもある程度測定可能なので、6ヶ月目のインタビューでは仕事の中で起きた問題やミスコミュニケーションについての具体的なエピソードを聞かせてもらうことを重視しています。
実はこのタイミングで得やすいのは会社や組織に対する知見です。中途入社の社員は別の会社で働いた経験を持っているので、他社の事例に学ぶチャンスを与えてくれる存在です。しかし、グッドパッチの中で気になることがあってもそれが会社の課題なのか、たまたま発生しただけなのか判別できるようになるには一定の時間がかかります。いくつかのプロジェクトに携わり、複数のメンバーと一緒に働くことによって多面的な検証を経たこの時期には、よりグッドパッチという会社に対する認識がクリアになっています。
キャリアの話をするのにもよいタイミングです。グッドパッチでの仕事のしかたや会社の方針が理解できたタイミングで、本人のキャリア観や社内で挑戦したいことを聞くことで今後の業務の組み立て方の参考にすることができます。マネジャーからも歓迎されるテーマのひとつです。
インタビューの前提
1ヶ月目、新入社員に初めてのインタビューを受けてもらう際には、会話を始める前に以下のような前提を全員に伝えています。
当然ながらインタビューで話したことがマネジャー以外のメンバーに漏れたり、慎重に言葉を選ばなければならない状況では本音など話す気になりません。話し手が安心できるよう配慮し。感じたことを感じたままに話せる場と空気をつくることが大切です。
アンケートの活用
インタビュー冒頭でアンケートを実施していますが、そのメリットは3つあります。
[1] データが貯まること
「このタイミングでこのスコアが低いと離職につながりやすい」などの傾向値を元に離職懸念の大きさを推定したり、マネジャーのメンバーへの接し方の特性・クセを把握してレベルアップにつなげるなどの活用を見込むことができます。
[2] 相場観を持てること
インタビューのフォーマットを定めておくことで、ある時点でよく出てくる悩みや、マネジャーとの会話量、同僚との関係の作り方などについて相場観が形成されていきます。この相場観との大きな乖離があった場合、背景に何らかの問題が潜んでいる可能性がありますので、マネジャーに対して「もっと会話の量を増やしてみてはどうでしょうか」「チームに対して遠慮があるかもしれません」などと課題発見と改善に向けた提案をしやすくなります。
[3] 話し手が話しやすくなること
フリースタイルで「最近どう?」ではなく、ネタが用意されていることで話しやすくなったり、過去のできごとを思い出しやすくなります。結果として「そういえばあの時こんなことが…」と本音を話しやすくなる効果があります。
聞き手に求められるスタンス
このインタビューの目的は「まだ誰にも言っていないけど、心に引っかかっているモヤモヤ」を発見することです。聞き手には何より共感と傾聴の姿勢が求められます。
時々、トラブルを抱えていたり何らか明確な不満を持っているメンバーがその話題を持ち込んでくれる時があります。こんな時はフォーマットを全て無視してそのことを話すのに全ての時間を使う場合もあります。本人のモチベーションを直接揺さぶっているできごとについて聞かせてもらえるわけですからむしろ望ましいことです。逆に「毎日楽しいです!何ひとつ問題ありません!」というメンバーもいますから、話題が出にくい項目は飛ばしてもよいでしょう。
会話の中で改善策が思いついたり、話し手が行動を改めるべき点も見えてくるかもしれませんが、フィードバックを求められない限りはヒアリングに徹します。対処療法ではなく体質の改善や強化を目指したいので、対応は現場に任せる前提で「いいパスを出すこと」を重視しています。
マネジャーにニュアンスまで伝わるよう、メモを取るときは本人の言葉をそのまま伝えることを重視し、自分の解釈による要約や言い換えを行わないよう気を付けています。会話の中でも「それって○○ってことですよね?」などの誘導は極力控えるようにしています。
一点、自分が直接マネジメントするメンバーにインタビューすることは避けるべきです。私はこの施策を1年以上続けてたくさんのインタビューを経験しましたが、自分のメンバーが相手の時はあまりうまくできませんでした。今後、自部門のインタビューは隣のチームのマネジャーにお願いしようと思っています。
インタビューを受ける側の反応
始めは「カレンダーに予定入ってましたけどこれ何ですか?」くらいの温度感からスタートしますが、上記の趣旨が正しく伝わると割と本音を話してもらえることが多いように感じています。
特に直属のマネジャーや自部門の同僚など、距離が近い人との人間関係については思うことがあっても伝え方に気を遣うので、このインタビューが最も安全な相談窓口となり、積極的に相談をもらえることもあります。
原則、私は聞き手に徹しますが、悩みが明らかになった場合は「そのことを1on1で話題にしてもらえるようにあなたのマネジャーに伝えてもいいですか?」などのアクションを取ることもあります。
「あまりおせっかいを焼いてほしくない人も多いかな?」と実施前は思っていましたが、上記のような提案には同意してくれる人がほとんどで「放っておいてください」となるケースはほぼありません。
これが重要なポイントです。
誰かの力を借りるにせよ、自分でやってみるにせよ、本人にモヤモヤを放置しないで向き合ってみようという気持ちが生まれているということです。わざわざ自分から行動するほどでもない小さなモヤモヤを見逃さずに改善につなげられることにこの施策の真の価値があります。
マネジャーの反応
インタビュー実施後は速やかにログをテキスト化し、必要な参加者に限定したSlackチャネルでリンクを共有します。特に迅速に対応すべきと思われる内容については担当のマネジャーにメンションを付けてフォローを依頼します。
先日、マネジメントメンバーを対象にこの施策に対するアンケートを実施したところ、以下のような反応が得られました。
結果を見ると、グッドパッチのマネジャー陣はインタビューの内容を真摯に受け止め、メンバーとの接し方を常に改善する気持ちを持って活用してくれているように感じられます。従業員に個として向き合う組織をつくるには、経営とミドルマネジメントがその意思を共有し、補い合う必要があります。マネジャーが向き合ってくれなければインタビューをやっても効果は出にくいでしょう。
この施策のメリット
まずはマネジャーにメンバーとの関係性を見つめ直す機会を提供できることです。第三者の目線からフィードバックを受ける機会はなかなか得難く、マネジャーの視野を補う存在になります。既に事実として把握している内容でも改めて温度感を知ることでサポートの質を高める効果があります。
経営やコーポレート部門にとっては、普段接点の少ない現場のメンバーの気持ちや仕事内容を理解する機会になるでしょう。実際に私にとっても良質なインプットになっています。
何より、マネジメントチームのカルチャー形成に貢献するという点は非常に大きなメリットです。対処すべき事象が発生するとSlack上で議論が行われることがありますが、これが会社や組織が何を提供すべきかについて知恵を出し合ったり、学んだりするきっかけとなります。マネジャーたちがひとりの仲間のために何をすべきか真剣に議論している様子を見たとき「グッドパッチのマネジメントは個に向き合う」という思想を共有できていると感じられるのです。
まとめ
離職は個の問題です。多人数に向けた施策だけで対応するには限界があります。もちろん、1・3・6インタビューだけで全てが解決するわけではありませんが、個に向き合う組織づくり、マネジメントの意識合わせの観点では効果を感じられる施策です。
世界をワクワクさせるVision、Missionを持つ組織と、それに呼応できる優秀な人材がボタンの掛け違いで離れていく…。そんな不幸が少しでも減らせればと思い、この施策をご紹介しました。個に注目した施策を検討されている方がいらしたら、ぜひトライしてみてください!
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