向日葵の音

 太陽は花を求めている。眼下に広がる無数の花にいつも焦がれていた。距離はわずかに一億五千万キロに満たない。年をとればとるほど熱を帯びるから、太陽には触れるのに造作ない距離だった。それでも、触れてはならないと心のどこかで思っていた。優しくて柔で繊細で、太陽が少しでも触れようものならみんな消えてしまうだろう。それほど弱いのに、花というものはいつまでも強く毅然と咲いていた。

 なかでも太陽が一番好きなのが向日葵という花だった。太陽に向かって同じ色を返しながら、精一杯手を伸ばしてくれる。どの花も同じように大切だったが、自分に向かって手を伸ばしてくれるというならなおさら思いが深いことに違いなかった。それでもその手を取ることはしなかった。じっと見つめていれば、四十六億年の時を忘れ去って、その一瞬だけが長く長く感じられる。向日葵はいつも笑顔で誰からも愛されていた。その実、夜には項垂れていることも太陽は知っている。月がそんなことを言っていた。近くに寄れば向日葵は笑ってしまうだろうから、実際に目にしたわけではないのだけれど。

 向日葵は手を伸ばす。ぐんぐん伸びて笑顔も大きくなった。太陽は太陽だから、明るいものも温かいものも好きだった。触れたいといつも思っていた。優しくて、強い花に。そんな花が手を伸ばして笑ってくれる。つい、太陽も手を伸ばしてしまった。なんとなく、向日葵ならば強いから触れてもいい気がした。触れた瞬間、向日葵はひときわ大きく笑った。太陽のどこかで小さく音がした。太陽にはそれが何の音なのか分からなかった。向日葵は輝きを増し、喜んでいるように見えた。そっと太陽が笑おうとする。途端に、向日葵は枯れてしまった。声を上げる間もなかった。さっと立ち枯れ、種を散らしてくずおれる。

 時の感覚が戻ってきた。見つめているのはほんの一瞬、思い返せば咲いたのも枯れたのもほんの一瞬だった。青い星は回っていく。太陽は手を引っ込めた。やはり触れてはいけなかったのだ。それが分かったのなら、もう同じ思いをすることもない。枯れた花はもう咲かない。繰り返しはしない。手を縮めた太陽の目の前で、枯れた向日葵の陰から子供がはい出してきた。茶色く震える向日葵の隣に膝をついて、向日葵が最期に散らした種の一つを地面に埋める。見る間にそれは芽吹き、するすると伸びていく。子供が真っ直ぐに太陽を見上げた。目が合うと、太陽よりもずっと明るい笑顔を見せた。

 もう一度花が咲いて、子供が笑う。太陽はそっと微笑んだ。こうして花は咲いていく。だから太陽は花に焦がれているのだと、そんなことをどこかで思った。もう一度、太陽のどこかで音がする。太陽はその音を噛みしめる。太陽を求めているのは花だけではないのだと、その時初めて知った。

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