48.クッキーを焼いたら世界が平和になった。
少し前のことですが、1月7日より緊急事態宣言が発令されました。都内に住んでいる身なので日々不安が募るばかりです。
出来る限り在宅勤務を行い、休日も不要不急の外出を自粛ということで、当然ながらおうち時間が増えてきます。
おうち時間が増えたら、普段時間が無くてやっていなかったことを急にやりだしたりする人も多いのではないでしょうか。
ご多分に漏れず、僕もそのうちの一人です。
料理や筋トレなど家でできることを一通りやったように思います。
試しに前回の緊急事態宣言(2020年4月~5月ごろ)では何をしていたのか記憶を遡ってみました。
いくつか新たに始めたことがあったので、何をやったかとその結果を簡単にまとめてみます。
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【筋トレ】
約1カ月ほど継続し、毎日プロテインを摂取した結果5キロほどの増量に成功。もともとガリガリだったこともあり、それなりの成果がでました。
しかしながら緊急事態宣言解除後にぱったりと筋トレをやめ、約2週間でしぼむように元のガリガリ体型に戻りました。
【パン作り】
アンパン、クルミパン、ウインナーロール、レーズンパンなどなど。
オーブンを使い様々なパンを焼き上げました。たくさん買い込んだ強力粉もほとんど使いきり、おかげで妻と和気あいあいとした楽しい時間を過ごせました。
※ただしここ数カ月は一切パン作りはしておりません。
【リフティング練習】
僕は小学生から高校までサッカーをしていたのですが、基礎練習が大嫌いだったためリフティングがほとんどできません。
そのことがコンプレックスだったため毎日のように公園で一人リフティング練習を行いました。
平日の夜の公園では、スーツ姿のサラリーマン(推定50歳)が寂しそうな背中を丸めて缶チューハイを飲んでいる確率が高かったです。
そのサラリーマンの近くでは、学生カップルが甲高い声をあげながら小さなブランコを漕ぎ合っていました。
夜の公園のノスタルジーに耐えられず、上達が見られないままリフティングを辞めました。
【手作り醤油づくり】
アマゾンで手作り醤油キットなるものを購入しました。キットの中に入っている具材を水と混ぜ合わせ約1年熟成させるというものです。
部屋の隅に置いて放置しているだけなので、楽しいものではありません。ただ完成するのは楽しみにしています。
あれから7カ月が経ちました。もう少しです。ちゃんと熟成しているんだろうな!!
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他にも家庭菜園やペン習字、料理、ケーキ作りなんかもしました。思っていたよりもいろいろなことをやっていて自分でも驚きました。迷走していたんでしょうね。
そんな中、スマホを遡っていると何やら得体のしれない写真を1枚発見致しました。
こちらです。
写真を見た瞬間、閉ざされていた記憶が呼び起こされる感覚がありました。
2020年4月頃の話です。
「夫さん、私のためにクッキー焼いてみてよ。」
「え?無理だよ、そんなの。」
何気ない会話でした。
即座に否定したのは、クッキーなんて作ったことが無かったからです。
当時家にはステイホーム中に使うであろう強力粉や薄力粉がたくさんありました。否定したものの、この頃から料理を積極的にするようになっており、「もしかしたらクッキーも作れるのでは??」という気持ちもどこかにありました。
妻がまだ寝息を立てているある朝のことです。
静かにベッドから起き上がり、ゆっくりとキッチンに向かいました。
僕は検索してヒットした「チョコチップクッキー」の作り方を頼りにクッキーを作り始めました。
バター、砂糖、卵黄、薄力粉を混ぜ合わせ、細かく刻んだチョコレートを加えます。
それを冷蔵庫で冷やして固めた後、適当な大きさに分けていきます。
予熱したオーブンで15分程度焼けば、完成!のはずでした。
「なんだ簡単じゃないか。クッキー作り。妻が起きたら香ばしいにおいと出来上がったクッキーに驚くに違いない!」
完璧に焼きあがると確信を持っていた僕の心は隙だらけです。
焼きあがるクッキーがあまりにも楽しみで、僕はオーブンの前から離れることなく、じっと中の様子を見続けました。
すると何やら奇妙なことが起き始めたではありませんか!
小さな円形にまとめた1つ1つの生地たちがまるで生きているかのように形を変えていくのです。
生地は沸騰したかのように小さな泡をふつふつと出し、次第に隣り合う生地に寄り添うようにゆっくりと近づいていくのです!
アメーバだ!
僕はそう思いました。
アメーバが文明の機器によって熱々に焼かれ、すがるように仲間を求めて移動しているのです。
僕は先ほどまでの浮かれた気持ちを反省しました。僕は何もわかっていなかったんだ、と。
逆の立場になって考えれば、仲間にくっつこうとするクッキー生地の気持ちが手に取るようにわかります。
何の説明もなく、いきなりオーブンで焼かれるのです。素人のおぼつかない手によって。
不安、心配、混乱、動揺、憂い、様々な感情が渦巻いたことでしょう。
思えば、バターや砂糖、卵黄、薄力粉といった本来別々の人生を歩んできた材料たちが、自分の意志ではなく身勝手で不器用な人間(僕)によって突然ボールの中で1つにされるのです。
同じ目にあわされた仲間を求めずして、何を求めましょうか。
僕はオーブンの前で一筋の涙を流しました。
涙が頬を伝い、ポツンと床に落ちたとき、クッキー生地は1つの集合体になりました。
1つの集合体になった生地はそれでも数分間オーブンに焼かれ、より強固に隣り合う生地にくっついていきました。
がっしりと手を握るように、平和の象徴のように、協力の証のように、未来への希望のように、手と手を取り合い、体を寄せ合いました。
やがてオーブンは時間を知らせる音を鳴らしました。
戦いが終わったのです。
夢も希望もないと思われたあの頃。風のように過ぎ去った青春。努力だけではどうしようもない理不尽。人知を超えたウイルスとの闘い。
なんて象徴的なクッキーができたんだ。
多くの犠牲を払い、僕はこの世界のシンボルとなるクッキーを焼き上げました。
そうだ。
このクッキーを額縁に入れて、横浜美術館に寄贈しよう。
タイトルは。
タイトルはそうだな。
目に見えない敵に対して仲間と団結して立ち向かう勇ましい者。
「勇者」
なんてどうだろう。
僕は感動のあまり目頭を熱くしました。
ほとんど息をきらし肩を揺らしながら必死に呼吸を整えました。
1つの集合体になった熱々のクッキーを大きな皿に移したとき、眠い目をこすりながら妻が起きてきました。
「え、、、なにそれ、、、?」
悪い夢でも見ているかのような表情でした。
「クッキーだよ!」
出来る限り明るく返事をすると、妻は腹がよじれるほど笑いました。
さて、今回の緊急事態宣言。
お休みの日は家で何をしましょうか。
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