ハチミツ

「俺は一生オスだろうから、夢芽もずっとメスでいてよ」
私にとってはプロポーズよりも嬉しい言葉だった。

なのに旦那は、
私を抱かなくなった。

結婚してすぐ、私たち夫婦は子どもを授かった。
私は嬉しかったし、彼も喜んでいたと思う。
子供ができたこと、家族が増えることは、
幸せがプラスαでその種類が増えたのだと感じうたがわなかった。

「人が得られる幸せの総量は決まっている」
なんて誰かが言ったらしい。
少し鼻で笑いながら、
子供という幸せの分だけ夫婦の幸せは、
すうっと姿を消してしまうものなのだろうか。
などと不安を覚える。

大学3年の時、アルバイト先の居酒屋で声をかけてきたのが今の夫だった。
男性との交際経験がなかった私は、
「なんかドラマみたい」とそれだけで浮き足だった。
特別イケメンというわけではないものの、
清潔感はあったし仕事をガツガツしていそうな人。
「先輩、今日の商談のフォローありがとうございました」笑顔で生ビールをあおる後輩らしき人を見るに社内でも慕われているようにみえた。

そんないわゆるモテそうな人が私を誘っている。
その事実に自分が女であることを実感した。

私たちはお酒が弱くなかったから
「じゃあイタリアンでワインでも」となった。
大学にいる男の子と違って、
お店もスケジュールもさらっと提案してくれるのが
心地よかった。
まるでそうなることが当たり前かのように。
誘い出されたわたし。

そこからはテンポよく、というか
とても心地よく関係を深めていった。

同棲した時に出来たひとつの決まり事。

「シャンプーは別々のものを選ぼう。人間、同じ匂いだと欲情できなくなるって、よく言うじゃん。嫌だからさ。」
子どものようにはしゃぎながら、
子供が言わないことを言った彼を
おかしく、それにとても愛おしく思った。

「俺は一生オスだろうから、夢芽もずっとメスでいてよ」
私にとってはプロポーズよりも嬉しい言葉だった。
女として妻として、あらゆる角度、解釈でも
求められているように聞こえた。

自分の子供を育てるだけでも“イクメン”と
呼ばれる世の中で自然と自分ごとに
取り組んでいる夫。
側から見たらいい男で出来る夫だと思う。

でも私にとっては、抱かれなくなった事実が苦しくなる。
女としての区切りがついてしまったのか。
その役割は他に移ったのか。

ときどき、彼のあの言葉を反芻しながら
正解のない欠けた幸せに浸って生きている。

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