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ペンギンの徘徊

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2019年7月の記事一覧

二〇一八〇一自(8)

あらゆることが当然のようになった今日、その当たり前さは幸福を与えてくれなくなった。僕は毎日当然のようにだいたい決まった時間にご飯を三食食べている。食事中はなにも喋らない。テレビを見たり新聞を読んだりスマホをいじったり。そして十五分ほどたてばテーブルを後にする。まるで機械だ、何度もそう思う。こんな当たり前のためにどれほどの苦痛不幸が生み出されているのか、生み出されてきたのか。宇宙から地球を見れば、幸福の色なんてこれっぽっちも見えない、宇宙人は幸福と不幸の釣り合いの異常さに驚くだ

二〇一八〇一自(7)

平たんな道を五分ほど歩き、二階の窓から橙色の照明の明るさを微かに漏らす我が家を視界にとらえる。開けるたびに古い懐かしい音を鳴らす門を開ける。その音は歴史を越えようとする線みたいになってまわりの空気を振動させる。放たれた線は家の中まで響き、誰よりもはやく家族の一員の帰宅を伝える。何も考えずに洗面所に向かい手を洗いながら、鏡にうつる自分の顔を見た。鏡と自分の距離は互いの世界をきっちり尊重するかのように常に一定であった。鏡の中の自分は、こちらの自分から目を離さない。互いに自分はこん

二〇一八〇一自(6)

インターンが終わり、皆表面上の挨拶だけをしてそそくさ帰っていく。学生たちは、今日のインターンの参加者たちと同じ電車の車両に乗らないように微妙な間隔をあけ駅に向かう。駅のエスカレーターにつくと、一定のリズムで流れつづけるレールの上に足を乗せきっちりと片側に並ぶ。そして工場のベルトコンベアに乗せられた商品のようにどこかへ出荷される。駅のホームは電光掲示板が支配する。正確無比な指示のもと人々は列に並び、自分のスマホの青白い光に吸いこまれていく。 電車の中に足を踏み入れると、新しく入

二〇一八〇一自(5)

インターンのメインイベントはグループディスカッションだ。このために、大学や違う場所で練習をしてきている人もいる。そうして、"美しい努力"をして、必死に社会や世間が求めている人間というものになろうとする。早速、練習通りに誰かが仕切り出し、誰かがメモを取る。仕切り役はたいていグループには一人ぐらいいてくれる。ありがたいことだ。サンキュー、ペッパー君。グループディスカッションと言ってもそんな激しい議論にはならない。この安定を崩壊させるメリットなんてどこにもないのだ。皆の口から出てく

二〇一八〇一自(4)

部屋のドアが開く。今まで静寂だった空間が揺れはじめる。今日のインターンを担当する若手社員が自信ありげな足音を立てて入ってくる。同時に学生たちの背筋が少しだけ伸びる。社員は前に立つと、緊張している学生を見ながら笑顔で話し出す。学生は、少し考えれば当然のこと、大人だったら誰でも言いそうなことしか言っていない社員の言葉を、大きく頷きながらメモする。メモをする物体になる。家に帰ってその文字を振り返ることはない。学生は、社員の頭の中に棲みつこうと今まで習得してきた愛想笑いを見せつける。

二〇一八〇一自(3)

なんだかそんな産物に振り回されることが馬鹿らしくなる。生きることは絶対的な目的ではない、結果として生きているにすぎない。なのに、その結果を勝手に大事な大事な共通の目的とし、そのただのみせかけだけを視界にいれて自らの世界をつくりあげ自らを苦しめている。しかし、普段はそんなことは忘れる。十人十色は綺麗に統一された一色になり、世界に一つだけの花だという思いは解散し、自分という存在だけでは満足できず、常に世間に自分をアピールしなければならない。どんな時代、どんな場所であっても、他者の

二〇一八〇一自(2)

皆、この社会を生き抜くために常に騙し合いをつづけ、バレないようにバレないようにと気を張りつづけている。嘘をついた官僚は激しく批判されるが、僕からみれば批判している側の人々も常日頃から嘘をついているようにみえる。事の大きさは全然違うが、根本的には、全員同じことをしている。 もちろん僕も嘘をついている人間の一人であり、形式を尊重する世間を世間並みに渡るにはこの能力が必要になる。嘘つきの世界では嘘つきこそが正解誠実となっているのだから。世間とは、一人の人間のなかにある、もしかしたら

二〇一八〇一自(1)始

君には形しか見えない。捉えることができないものを言葉に。そして、なにかの枠に当てはめる。だから皆に合わない。自分にも。 電車はただ前だけを見つめさせられている。今まで何度も通ってきたいつものレールの上を走り、踏切の警報機のせわしない音を横目に見ながら乗客を動揺させる。僕はドア付近にある白い冷たい壁にもたれかかって、たまにドアの窓にあらわれる景色に目をやりながら、ただ時計の秒針が数十回円を描き終わるのを待っていた。暇つぶしがてらに、誰とも目が合わないように今まで一度も会ったこと