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笑顔でYESと言う。

大学の卒業式の日、所属していた演劇部の後輩たちからもらった、寄せ書きの隅に小さく書かれていた一言が忘れられない。

書いてくれたのは、一学年年下の後輩の男の子だった。特段仲が良いわけではなく滅多に話すことはなかった。むしろ部室に二人きりになってしまったりすると、話題がなくて気まずい空気が流れるくらいの距離はあったと思う。

いつも無地のTシャツに黒いスキニー、ジャックパーセルのスニーカーという感じのこざっぱりとした格好で、飄々とした物言いをする子だった。
稽古場よりは部室によく出没していて、ゲーム(今はなつかしい64があった)をしたりギターを弾いたりしていた。
接点がなさすぎて、いつ部活に入ってきたか、彼が演劇活動に参加していたかもまったく思い出せないけど男子部員たちから妙に人気があった(歌がすごくうまかった気がする)。


わたし宛の色紙には年相応の男の子っぽい字でこう書いてあった。



「ごとうさんは笑顔でYESといえばしあわせになれます」



もちろんもらった時には気にも留めなかった。
なんとなくざらっと読んで実家の本棚の隙間に差し込み、そのまますっかり忘れていた。
それから5年後、引っ越す時に偶然見つけてドキリとした。




「ごとうさんは笑顔でYESといえばしあわせになれます」


読めば読むほどちょっとこわい。

よくよく考えてみれば、まずさほど仲良くもない彼が、なぜこんなことを書いたんだろう。しかも一文だけ。
大学時代に超不貞腐れた表情でNOと連呼するわたしの姿でも見たのだろうか。
でも、待てよ、なるほどたしかに。
当時27歳になろうとしていたわたしには思い当たるふしがありすぎた。
不幸せになるほどではないけど、笑顔ですぐにYESと言った方が結果的に良かった場面に、大人になってから何度も出会っていたからだ。

今だから言えるけれど、人を信頼して流されてみるって大事だと思う。
自分が思う以上に周りには面白い人間がたくさんいて、笑顔で面白がっていればとんでもなく楽しい場所に流れ着く場合がある。
後先考えずにサイコロをふって、出た目の数に合わせてただコマを進めていくみたいに、なんの疑いもなく歩いて行けたほうが幸せな時もある。

思い返してみれば、最大の肯定であるYESを口にするだけでひらく扉がたくさんあった。
あのときも、あのときも、あのタイミングでYESと言えていたらよかったんだ。ちゃんと笑って。

やや大人びていて、俯瞰して人を見ているかのようだった彼がそこまでを見通してあのメッセージを書いていたとしたら、予言めいていてとてもこわい。

今でもあまりうまくはできていないけど
とりあえずわたしの合言葉にしている。
まずは笑顔でYESと言ってみる。

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