見出し画像

文や絵を好きと思う。それは、誰かを好きになるのと似てる (1)


「エイミーさんの文章には、’エイミーさん印’がありますね」とnoteのコメント欄で言われたことがある。そのころは、よく分からなかった。

基本的には「文学的な」ことばをつかわないし、平易でシンプルな文章だし、どこにでもありそうなものだけど、と思った。

だけど、そのあとの作品『ジミー』では、多くの人に「文体」を言及された。

「この小説には文体がある」
「透明感がある」
「詩のような空気感が美しい」。

ーーー

「エイミーさんの文章は、寂しさがある」と言われることも多い。

『クマ恋』のように、私は、笑う場面も書くけれど、文体というのは、その人にどこかくっついたものなのかもしれない。

その人の声に「その人らしさ」があるように、きっと、文章もどこかでその人らしいのだろう。

それは作家に限らないのだと思う。

呼吸の長さや身体の使い方、その人の心の中の想いなどが反映され、その人らしさを知らずに表している。

それは、時に、その人が思うよりもずっと美しい。

「表現」って、そういうものなのかもしれない。伝わるのは、技術ではなく、何らかの「その人らしさ」。

なんだか分からないけど泣いちゃうとか、心に残るとか、もう一回読みたくなるとか、、。そういう、よく分からない話。

それは、誰かを好きになることときっと似てると思う。



ーーー

『本当の私を、探してた。』は、急ぎで作るはずだった。出版社はすでにデザイナーに依頼していた。

けれど一方で、私は別のことを考えていて、それにひっかかっていた。

私のnote記事で使った、ある絵だ。女の子が草原を歩いている絵。初めみたときから、心ひかれていた。

透明感があって、寂しい絵だと思った。だけど、感情に浸りきっているという感じではない。

寂しさをただ受け止める、静かな覚悟を感じる。


それは、この作家の「その人らしさ」なんだろう。私の「文体」とこの絵は、どこかで通じているような気がした。

深いところで、あり方のようなところで。


ーー


私はチームに言った。

「この人に連絡をとって、絵を使わせてほしいと言いたいのですが…」


(続く)↓



【青海エイミー『本当の私を、探してた。』トーク&サイン会のお知らせ】

・8/19(土)
・下北沢の書店(詳細はあと少しお待ちください)
・13時開始
・当日、この書店で『本当の私を、探してた。』をご購入の方に、入場券と特典券が渡されます。特典券はサインの権利で、数に制限があるのでお早めにご購入をおすすめします。

※来てくださる方、行こうかなと思っている方(確実でなくてもいいです)、青海エイミーまで教えてください。

コメント欄、twitter、インスタ、FBの「青海エイミー」にお願いします。



いつもありがとうございます。いま、クンダリーニヨガのトライアルを無料でお受けしているのでよかったらご検討ください。