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原付と言い訳

前回書いた記事を読み返すと、まるで原付をディスってるかのような気がした。

書いた本人でさえそうなのだから、読んでいただいていた方の中に、ヘビーゲンツキャー(原付ヘビーユーザーの意)がいらっしゃったら非常に申し訳ない。

ついては、罪滅ぼしではないが、珠玉の原付の思い出を披露したいと思う。

遠征と選択肢

原付免許を取得した1週間後、何をとち狂ったか山を越えてみることにした。僕は当時佐賀在住の大学生。
高校時代の友人が福岡に進学して独り暮らしをしているため、連休を利用し、訪ねることになったのだ。

原付では高速道路に乗れないため、取れるルートは大きく3つ。

① 鳥栖市を通過し、大きなバイパスを通るルート。これは非常に道が広く、流通の要でもあるため、トラックがとにかく多い。加えてGWの大型連休の真っ只中、行楽のファミリーカーが増殖しているであろうことも想像に難くない。
例えるなら蝗の群れに蝿が紛れ込むようなものである。却下。

②佐賀県の最西端付近まで進んで福岡に進入するルート。県を脱出するだけでも、原付ではおよそ三時間はかかる見通し。却下。

③山越えルート。上りはきついが、通行量はそこまで多くない。何より、一時間ほどかけて上りきってしまえば、福岡県に入ったことになる。
決まりだ。仮に目的地まで辿り着けずとも、ほんの一時間ほどで来福の達成感だけは味わえる。採用。

母に「ちょっと出かけてくる。」とだけ告げ、大冒険に出た。
大学生の「ちょっと」は、県を2つまたぐまで有効だ。嘘ではない。  

さて、サプライズのつもりでおよそ二時間半かけて福岡市天神に着いた僕に、散々待たされた友人はありがたい一言を放った。

「バカじゃん」 


法定速度と人情

法で定められた原付の制限速度は、30km/h
べらぼうに遅い。

100mを9.58秒で走ったウサイン・ボルトが、もし公道でトップスピードを維持できたとしたら、
37.57km/h
うん、すごい。そりゃ、あんなポーズも出る。うかれて当然だ。

しかし、まあ、多くのゲンツキャー(原付ユーザーの意)は、定められた30km/hなどどこ吹く風。
これが意外と、意識せずとも易々と越えてしまうのが原付の怖いところ。

僕は、9年間の原付生活の中で、5回白バイに止められた。

「わかるよ…。めっちゃわかる」

中でも最も若かった白バイ隊員が、何かを思い出すかのように苦々しげに呟いたその言葉は、今でも覚えている。
手には、しっかり青切符が握られていた。

歴史は繰り返す。世の中常に人情がまかり通るほど甘くないぞと、言外に伝えられた気がした。


店長と副店長

年が明けたばかりのある日。販売の仕事に勤しんでいた。
左手には腕時計。針の進む速度が、妙に遅い気がする。

その日は勤務最終日。次の日からは、新天地で教師として働くことが決まっていた。

10:00~19:00のシフト。定時で上がることを前提に立てた計画は完璧だった。

7分で帰宅。家具や生活必需品は事前に運んでいるため、最後の荷物である大きなリュックサックを背負って出発し、一時間ほど原付を駆れば、独り暮らしの城に着く。

だけどその時ばかりは、いつかの白バイ隊員が含ませた言葉を失念していた。

19:00、初売り戦線の客足は衰えない。しかし、僕には完璧な計画があるのだ。
何食わぬ顔でバックヤードに戻ると、副店長の声が後ろから追ってきた。

「まさか、帰るつもりじゃないよね?」

振り返った僕は、渾身の笑顔を貼り付けて言い放った。

『ええー! 仮にも新入社員の分際で、一年足らずで転職を考えてるって失礼な俺を、1番励ましてくれたのはあんたじゃないか!』

飲み込んだ。危なかった。嚥下に時間かかったよ。本音はトゲトゲしてるものだから。

「まさかー! そんなわけないじゃないですか! ちょっと喉乾いただけなんで、すぐ戻ります!」  

たくさん相談にのってくれてありがとう、副店長。立つ鳥跡を濁さず、恩に報いるよう頑張りますよ!

19:30、そろそろ潮時だ。計画は大幅に遅れている。

「店長、あのお」

「ん?どうし……おっと、新規だ、よろしく」

「はい!」

それから僕は、初売りが大嫌いになった。


結局20:30を過ぎてやっと退勤できた僕は、摂氏1℃の闇を駆った。

おわかりいただけるだろうか。体感は優に氷点下。
手袋など何の意味も成さず、唯一むき出しの顔にはほとんど大自然の悪意とも言うべき痛みが襲いかかる。

もちろんゲンツキスト(ベテラン原付ユーザーの意)である僕にとっては、このくらいの経験は初めてではない。
しかし、この極寒の一時間を越えた先に鎮座するのは、誰も待ってない家と、新天地での新たな仕事。
こんなところで神経をすり減らしている場合ではないのだ。

ああ、副店長よ。どうしてあの時見逃してくれなかったのか。
ああ、店長よ。新規は請け負え。一流の接客スキルはリピーターを掴むために発揮するべきだ。あんたならできる! 俺は帰りたかった!

留まることを知らずに沸き上がる怨嗟の言葉、溜まった疲労、吹き荒ぶ風は、みるみる僕の精神を削り取っていった。

無人の1SKに着いた頃には、もはや初めての独り暮らしに浮き足立つ気持ちは微塵も残っておらず。寒さで痺れた手の感覚は戻らないまま、風呂に入る気力すらわかない僕は、敷いていた布団に倒れこんだ。

明日から別の仕事? 嘘だろ?

その夜は夢さえ見ることはない、深い眠りだった。
きっと、辿り着くまでの一時間が、十分すぎるほど悪夢だったのだ。


主観と客観

うむ、イメージ回復には明らかに失敗した。
しかし本人からすれば、苦々しくも楽しい思い出であることに間違いはない。

ヘビーゲンツキャーの皆さん、少しは溜飲を下げていただけたでしょうか?

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