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そらのひろば ステラ9

2024.06.23
ぺぎんの日記#82
「そらのひろば ステラ9」


以前札幌に遊びに行ったとき、JR札幌駅に繋がった「札幌ステラプレイス」というビルの屋上に上がったことがある。

「そらのひろば」と名付けられたその空間は、ビルとビルの間にある開けたスペースで、芝生や黒板、テーブルなどが置かれている。

日曜の昼下がり、「そらのひろば」で過ごした時間の記録。


ふと、このビルの一番上に行ってみたくなって、フロアマップの一番上を見る。どうやら一番上は開けたスペースになっているらしく、興味本位でエレベーターに乗って9階のボタンを押す。

わけあって私一人。ここに来る前に沢山歩いたせいで、足がどんよりと疲れている。

エレベーターが、途中何度か止まりながら、私を乗せて9階にたどり着く。

エレベーターを降りると、もうすぐそこが例の広場になっていた。
自動ドアをくぐって、建物の外に出る。

赤い地面、段になった芝生、花壇、黒板、テーブルと椅子。
隣にはそびえ立つビルたち。

なんか建物の中の商売っ気に溢れたギラギラした感じから一転、何の警戒感もない恐ろしく開かれた空気感に逆に少し怖いような気持ちも湧く。

屋上の隅の方に、帽子にサングラス、マスクをした監視員らしきおじさん。キャンプ用の椅子に座って、蛍光色のベストを着ている。私たちを見ているのか見ていないのか。彫刻的な佇まい。狛犬的な安心感、というのだろうか。そういうものを感じさせる。

芝生の上には、「JRタワーホテル」と印字された黒い作業着を着たお姉さんが座っている。パンプスを脱いで地面に置き、ズボンにストッキングの足で芝生の上に体育座り。すごい美人で仕事ができそうな人だった。でも髪は1本に縛って、靴を脱いで芝生の上に体育座りをしているという素朴さというか、完全オフな感じというか、そのギャップに目を離せなくなるような感覚になる。
膝の上にスマホ、スマホから伸びた有線のイヤホン。そのイヤホンを片耳だけにつけ、何やらニコニコしながら動画を見ているようであった。ニコニコ…?いや言葉を選ばずに言うなら「ニヤニヤ」だったかも知れない。ホントに好きなものを見てるんだろうな〜という幸せそうな顔。

お姉さんの奥の芝生では、タオルに包まれた赤ちゃんが気持ちよさそうに寝ていた。

私も芝生に座ろうと思い、スニーカーを脱いで靴下で芝生に座り込む。立ちっぱなし歩きっぱなしで疲れた足に、芝生のゴワゴワした感覚が心地よい。

赤ちゃんの少し離れたところに、2人の小さな兄妹らしき子どもと、その親らしい大人の人がいる。芝生で寝息を立てている赤ちゃんも、きっとこの家族の一人なのだろう。
2人の兄妹は、壁につけられた落書き用の黒板に絵を描いたり、シャボン玉を飛ばしたりして遊んでいる。
飛ばしたシャボン玉が、風に乗って飛んでいく。ビルの間の青空に、大粒のシャボン玉がフワフワと上がっていく。風が穏やかだったこともあり、割れずに見えなくなるまで舞い上がるものもある。

その黒板とシャボン玉で遊んでいる兄妹の近くに、カフェの屋外席にありそうな、少しおしゃれなテーブルと椅子がある。
そのテーブルではお兄さんが何やら書き物をしていた。何かの勉強かな。
そのとき穏やかな空気に、ブワッといきなり圧のある風が吹く。
お兄さんの手元から、一枚の紙が離れる。「あっ」と驚くような仕草を見せ、お兄さんは席から立ち上がって紙を追う。
紙は芝生の上で動画を見ていたお姉さんの方へ、ひらり、ひらりと地面の上を動いたり止まったりしながら飛んでいく。
気付いたお姉さんが立ち上がる。ストッキングのままの足で芝生から出て、地面の上をヒョイヒョイと歩いていき、ちょうど飛んできた紙を捕まえる。
お兄さんが「すみません!ありがとうございます!」と言いながら走ってきて、お姉さんから紙を受け取る。
笑顔を交わし、2人はまた定位置に戻っていく。

妙に公共な場としての緊張感がなく、誰が何をしていても咎められないような空間。こんな言い方はどうかと思うけど、息苦しいビルの中から一時的に逃げ出してきた人たちのたまり場って感じ。

変な空気感だけど、だんだんそれが心地よくなってきて、私も先にいた彼ら彼女らに混ざって、日曜の昼の青空を全身に受け止めたくなった。
スニーカーを脱いで長座をし、バックを抱えた状態で目を閉じる。

温かくて気持ちいい。

しばらくそうしていると、私がエレベーターから出てきた出入り口の方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。若い男子の声。3人くらい。
私は目を瞑ってバックに顔を埋めたまま、その声を聞く。
どうやら大声で喋りながら「何ここ笑、あの人たち何やってるのw」的なことを言ってるらしい。嫌なことを言われているのは分かるのだが、嫌悪感からか、言葉の一つ一つは耳に入ってこない。

うるさい。

とくに面白いことも無かったのか、男子たちはその場を切り上げ、またエレベーターで下がっていったようだった。
広場には、また静かな昼の時間が流れ始める。

この場所を汚す奴は出ていけよ。この場所は、この場所を大切にしたい人たちが大切にしている場所なのだから。

でもそんな、よく分からない怒りをも、この場所は少しづつ浄化していってくれた。しばらくこのままでいたい。

忙しくて息苦しい日々に、ポッカリと空いた隙間の空間。そういう場所が、もっともっと大切になっていけばいいな。


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