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坑道にて落盤を告げる

2024.04.30
ペギンの日記#30
「坑道にて落盤を告げる」

ガゴン、ガゴゴン。
綺麗とは言えないレールの上を、トロッコが走る。
錆だらけの車体。硬い椅子。その椅子に座るのは、すっかり煤で汚れた手ぬぐいを首にかけ、元の色がわからないツナギを着た男たち。

座っている席の向かいの車窓から、トロッコの外を眺める。
いくつもの傷が入った強化ガラスの奥に、坑道の壁面が見える。高さは優に20mはあるであろう坑道の天井。その天井まで、坑道の壁にはいくつもの人工物がくっついている。横穴を掘るために建てられたプレハブ、ガスや水を排出するための配管。ずっと坑道の中で暮らす人達の居住区。それらを繋ぐ無数の階段。居住区には小さくあかりが灯っている。建物はどれもみな錆びついていて、弱った部分を補強するために錆の上に金属を貼り付けられる。そしてそれらもまた同じように錆びてゆく。古い建物の上に新しい建物が建てられる。そしてそれもまた使わなくなると、その上にまた新しい何かが建てられる。そうやって、坑道を広げるために最適化されてきた跡が、壁一面にどこまでも続いている。

トロッコは走り続ける。暗闇の、けれども小さな灯りが点々とある広大な空間を。

眼の前で肩を寄せ合って座っている男たちは、窓の外を見ようとしない。皆一様にうつむき、トロッコの揺れに合わせてゆらゆらと揺れる。時折体勢を変えるためにガサリと、男たちの布がこすり合わさる音が聞こえる。それ以外、彼らはうつむいて、ただ目的地までトロッコで運ばれることを待っている。寝ているわけではない。表情は見えないが、わかる。彼らはただ、自分たちがやるべきことをなすためだけに今、このトロッコに乗っている。それ以上でもそれ以下でもない。だから男たちは皆俯いて黙っている。

トロッコが走る。車窓から見える代わり映えのない景色が後ろに流れ、変わり続ける。単調なガゴン、ガガゴンというレールの音。

不意に坑道壁面の灯りがドンと消える。と同時に、トロッコが一気に減速する。進行方向へGを残して速度を落としていったトロッコは、ついには完全に止まってしまう。

トロッコ内に備え付けられた無線機。その近くにいた男が、スッと顔を上げ、無線のスイッチを入れる。ザーという雑音。真っ暗な坑道の中の、真っ暗なトロッコの中で、ザーというノイズだけが流れる。少し待っていると、ノイズの奥にポーンという電子音が入った。無線機のスイッチを入れた男が、音量のダイヤルを回す。大きくなったノイズ音の奥に、人の声が聞こえる。

「通常無線、通常無線。現在12番から47番の間で停電発生。〇〇を調査中。そのまま待機せよ。〇〇のおそれ。〇〇の可能性〇〇〇〇確認〇〇指示を〇〇。電波の〇〇現在233Aより2〇〇は現場判断に委ねる。繰り返す。現在掘削中の35番で落盤の〇〇。電線破断〇〇あり。被害状況を確〇〇〇〇。復旧〇〇指示を出す。〇〇状況が悪いため、現在233A〇〇242Fにいる者は現場判断に〇〇業にあたれ。繰り返す。」

ここまで無線を聞いて、男たちのうちの数人が立ち上がる。ヘルメットに付けた各々のヘッドライトを点灯させ、トロッコのドアの方に向かう。硬い靴と金属の床がガンガンと音を立てる。手動でドアを開け、広大な暗闇の中へ出ていく。全員が、彼らのあとに続き、坑道へと足を踏み出していく。

落盤が起きた。自分たちの仲間が死んだかもしれない。本部から距離のある35番坑道の情報が入ってくるのにはかなり時間がかかるだろう。

今は自分たちにできることをやるしかない。
男たちの重い足取りと、その奥の永遠にも思える暗闇が眼裏の奥深くに迫ってくる。

おわり。




最近何度もこの夢を見る。とてつもなく広い坑道の中に敷かれたレールの上を走るトロッコ。そのトロッコに乗ってどこかへ向かう私たち。無線で告げられる落盤。外に出ていく男たち。無線の内容までは覚えていなかったから憶測で書いてみたけどおおよそこんな感じ。
私の記憶のどれがどう組み合わされたのか分からないけれど、時々こんなふうな異世界の夢を見る。夢の中で私は私としての感覚が薄い。でも胸はずっとドキドキしているのを感じている。
妙に胸をざわつかせるこの夢を、忘れないうちに文章にしようと思った。

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