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vol.5「いつか自転車で」自転車人2014年春号

山と渓谷社『自転車人』2014年春号掲載の巻頭コラムです。こちらのコラムについての解説はマガジンページに。

 いつの頃からか旅先であまり写真を撮らなくなった。多分、約5年前にiPhone 3GSを使い始めたころからだ。iPhoneのカメラの性能が上がったこともあり、それまでは頻繁に買い換えていたデジタルカメラを買い換えなくり、やがて旅行にカメラを持って行かなくなった。ではiPhoneでたくさん写真を撮っているかというと、そうでもないのだ。
 フェイスブックやインスタグラムに旅先で撮った写真をその場から何枚かポストはするので、ヨネヅはたくさん写真を撮っているとまわりから思われているかもしれないけれど、実はネットにポストした写真がその場で撮った唯一の写真ということも多々ある。我が家は暮れになるとその年に撮った写真の中からいいものを数枚選び、それをタイル状に並べた年賀状を作るのが恒例なのだけれど、写真選びの段になって一年を振り返ると、日常生活のスナップ写真は増えているものの旅先での写真はここ数年減っている。どうしてなのだろうか。こんな素敵な場所に行ったということを人に見せたい(知らせたい)という欲求は、ネットにポストすることでその場で満たされてしまう(しかも位置情報付きで)。それが満たされてしまえば、自分の思い出としての写真はそれほど必要ではなかったのかもしれない。
 このコラムも含めて、かつて見た景色を言葉にのせて誰かに伝えることを僕はここ数年やってきた。写真はその景色とその時間を思い出すとき、記憶の引き出しを開けるきっかけとして役に立つ。
 でも、吟遊詩人を気取るつもりはないけれど、何枚も写真を撮ることよりも美しい景色のなかで大きく深呼吸をし、まわりをゆっくり眺め、目に留まったいくつかの事象を心に刻む。そのほうが今の僕にはしっくりくる。手を触れることができるものならば、そっと触れてその感触を確かめる。風が気持ちいい。水が冷たい。木々のにおいがする。空が抜けるように青い。出会った人の笑顔が優しい。被写体を探して何度もシャッターを切るよりも、言葉にのせてその体験を誰かに伝えることを仕事とする今の自分には、そんな五感を通しての記憶をたくさん作ることの方がより大切なのだ思う。多分、あまり写真を撮らなくなったのはそんな理由だ。
 もちろん作品として写真を撮ることは全く別の話だ。その場所で、その瞬間でなければ撮ることができないシーンを作品として残すことは素晴らしい。作品として写真を撮るというほどカメラと深くつきあったことはないけれど、たまにカミさんが仕事用に使っている一眼レフを持ち出してみると、撮れた写真の美しさに感動することもある。これはこれで、いつか趣味としてもう少し深いところまで行ってみたいという誘惑に駆られる。

 実は今考えている新しい本の企画がある。そのために少し写真の撮りだめをしなければならなくなったのだが、今のままではなかなか写真の枚数は増えそうもない。そこで大きく発想を変えて、年末年始の自転車旅行から新しい道具を導入してみた。それはGoPro(ゴープロ)社のウェアラブルカメラである。ウェアラブルカメラとは? アクションカメラなど別の呼び名でよばれることもあるこのカメラは、一言で言えば超小型の動画も写真も撮れるカメラだ。自転車で使用するならばハンドルバーやステムなど、或いはヘルメットに取り付けて使用する。いわゆる「車載カメラの映像・写真」が簡単に撮れる。細かいスペックの記述は省くが、動画、写真とも非常にきれいだ。僕はこれをハンドルバーに取り付けて写真を撮ってみた。最初に各種設定を済ませてしまえば、あとはボタンひとつで操作できる。インターバル撮影で10秒ごとに自動でシャッターを切る設定で毎分6枚、一時間で360枚。あちこち走り回って数千枚の写真を撮った。つまり「発想を変えてみた」というのは、こうやって「走っている時間のすべてを記録してしまう」というやり方だ。
 撮った膨大な枚数の写真をコマ送りで見ていくとおもしろい。ほとんどは、どうといったことのない風景なのだが、これだけ枚数があるとはっとする写真が何枚か見つかる。記憶の中では一瞬で置き去りにした風景を写真として見る。その切り取られた瞬間を不思議な気持ちでながめる。そう、確かにこの辺りはこういう風景だった。でもこんなにきれいな景色だったのか。或いはその時には全く気がつかなかったものが写っていることもある。その時、その場所に自分は居たのだけれど、それに気がついていなければカメラを持っていたとしても当然シャッターを押すことはない。気がついていないのだから記憶もない。
 そうか、ウエアラブルカメラが撮ったものは「記憶」ではなく「記録」なのだ。そのことに気がついた時、これは新しい体験だと思った。「全く気がつかなかったけれど、ここにおいしそうな干物屋があったのか。次回はここに寄ってみよう」そんなふうに「記録」が「次回の記憶」をつくる役にも立つ。

 自分の記憶とは別に旅をまるごと「記録」する。自分は新しい記憶のために五感を使うことに専念し、あとはこのカメラが旅を記録してくれる。これは全く新しい発想で自転車旅行を組み立てるきっかけになるかもしれない。
 旅を「記憶」し、そして「記録」する。デジタルガジェットの進化は素晴らしい。しばらくはこの新しい「遊び道具」を楽しみながら使ってみるつもりだ。これがきっかけとなって、僕は新しい自転車旅行の楽しみ方を見つけられる予感がする。
 しかし「脇道」を曲がることが好きな僕のことだ。この道具を使い倒したあとはどうしているだろう。ひょっとしたら峠の景色のいい場所で脚を止め、デイパックから小さなスケッチブックと色鉛筆を取り出しているかもしれない。旅の「記憶」と「記録」の楽しみ方はまだまだたくさんあるのだ。

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PedalFar!こと米津一成です。長い間温めていたイメージを少しずつストーリーにしていきます。まずは春から初夏、そして夏へと続くお話です。こんなふうに何の憂いもなく、皆が笑って走れる日が早く戻ってくるといいですね。その後の「追い風ライダー」の世界です。

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2014年に惜しまれつつ休刊となった山と渓谷社さんの『自転車人』。他誌にはない切り口の特集記事と丁寧な編集で、私の大好きな自転車雑誌でした。 この『自転車人』で2013年より休刊まで書かせていただいた巻頭コラム「いつか自転車で」を山と渓谷社さんの許可を得てnoteに掲載します。7本を順次掲載していきます。

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