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vol.4「いつか自転車で」自転車人2014年冬号

山と渓谷社『自転車人』2014年冬号掲載の巻頭コラムです。こちらのコラムについての解説はマガジンページに。

「生まれ変わったら男?女?」
 一度は皆さんもこのテーマについて考えたことがあると思う。或いは友人と気楽な話題として話したことがあるとか。僕の答えはずっと前から同じで「生まれ変わったら女になりたい」である。人前ではっきりとそう口にすると微妙な反応をされることがある。「えっヨネヅさん、そっちのほう?」などと言われたりすることも(そっちのほうというのが、どっちのほうなのか、よくわからないが)。
「生まれ変わったら女になりたい」と思う理由は単純だ。今、男をやっているから、である。今の人生を男として生きている(満喫してると言ってもいい)。男と女があって、もう一度人生を送ることができるのならば、次は「やっていないほうをやってみたい」というのは自然な好奇心だと僕は思うのだが。

 もし女に生まれ変わったとしても自転車には絶対に乗りたい。身長は165cmくらいあればフレームサイズは48か50に乗れる。手脚も長いほうがいい。ポジションの自由度が高くなる。弱スローピングで細めのフレーム、黒ベースでポイントにピンクをあしらったデザインでバイク全体をまとめたい(某海外ブランドっぽいが)。ウェアもバイクに合わせたシックなデザインがいい。今の季節、街乗りならストレッチデニムのタイトミニに黒のスパッツを合わせて、上はハイテク素材の薄くて暖かいジャケットを着よう。メッセンジャーバッグはオレンジ色だ。スタイルは心配しなくても自転車に乗っていれば引っ込むべきところはちゃんと引っ込んでくれる。そして程よい案配の筋肉質の長い脚で華麗にロードバイクを乗りこなしたい…などと妄想はふくらむ。そして妄想はどんどん具体化され、やがて僕の小説に登場するキャラクターになったりする。僕の小説に登場した女性キャラクターが、女性の読者の方から「オトコの妄想が入っている」と指摘されたことがあるけれど、まさに図星だ。結局、この妄想は自分の思い描く理想の女性像に近づいていってしまうのだろう。

 最初から話が大きく脇道に逸れてしまったが、僕が今回書こうとしているのは「輪廻転生」でも「ジェンダー論」でも「妄想の女性ライダー」のことでもない、「好奇心」の話だ。好奇心は僕の行動原理の大きな部分を占めている。その度が過ぎて失敗したことも今までの人生で多々あるけれど、それでも好奇心は僕にとってこころの元気さのバロメーターだ。気持ちがふさぎ込んでいるときに好奇心旺盛な自分はいないし、逆に元気が溢れているのに様々な事象に好奇心が湧かない自分もいない。自転車はそれを極めて正確に測ってくれる測定器だ。

 僕は自転車でふらっと脇道に曲がってみるのが好きだ(自分で言うのもなんだが、ちょっと病的なくらいに)。幹線道路を快調に走っていても、平行した脇道があるとついついそちらへ行ってしまう。走り慣れた街中の道でも「あ、ここは曲がったことがない」と気がつくと、好奇心の赴くままにふらりと曲がってしまう。長年の習い性のお陰で勘もよく働く。「ここを曲がるとなにか面白そうなものがあるぞ」という直感のヒット率は悪い打率ではない。全く土地勘のない場所ではさすがに迷ってしまうこともあるけれど、ある程度知っているエリアなら四方を見回せば方向の手がかりがなにか見つかるし、もし見当がはずれて予定と違う場所に出てしまっても、自転車ならばひとっ走り。気楽なものだ。
 そんな脇道好きの僕でも心底疲れていたり、気に掛かることや悩み事があると往復とも同じコースを辿ったり、勝手を知ったいつもの道しか走らなくなる。最短ルートで行って戻ってくるだけ。サドルの上のこころは正直なのだ。

 だから時にはそれを逆手にとって、沈んだこころを浮上させるために「脇道」に意識的に入り込んでみる。好奇心を意図的に作り出すのだ。いつもの道から外れてみれば「そうか!こんなルートもあったじゃないか」「よさげな店があるから一息入れていこう」と、気分が変わる。走ったことがない道を走り、見たことがなかった景色を見ることで、こころが動き出すきっかけを作るのだ。
「自転車に乗ってる時間ってのは屋外引きこもりだからね」と言った人がいる。思わず頷いてしまったのだが、確かにサドルの上で過ごす時間は内省的だ。しかし「引きこもり」という語感とは僕の感覚は微妙に違う。内省的ではあるけれど閉じてはいない。その閉じていない部分がきっと好奇心なのだと思う。
 自転車は好奇心のノリモノだ。知らない場所に行ってみたいという根源的な好奇心で走る。自分の脚であの距離を走りきれるだろうか、自分の脚であの峠は越えられるだろうか。速く走れるようになってくれば、自分はどのくらい速くなったのか知りたくてレースにチャレンジしてみたくなる。もっと手軽に僕のようにふらっと脇道に曲がってみるだけでもいい。ほんの少しの好奇心でも自転車は必ず応えてくれる。閉じそうになったこころをきっと開いてくれるはずだ。但し、このパーツ(ウン万円)に交換したら速くなるかもという好奇心はほどほどに。こころじゃなくて開いたおサイフにダメージが残りますから。

 ところで、最後に「生まれ変わったら」という問いで、非常にデリケートなテーマについて一言書いておきたい。それは「生まれ変わったらもう一度私と結婚する?」という問いかけだ。既婚の男性ならば新婚時代に奥さんから何度か投げかけられたことがあるだろう。この問いには「好奇心の赴くまま」に答えてはいけない。なにしろデリケートな質問なのだ。
 もちろん僕は次もカミさんと結婚する。あ、でも僕は生まれ変わったら女になるのだった!

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追記:2020年の今読み返すとちょっと微妙にズレたところのある文章ですがそのまま載せました。ジェンダー認識はこの数年で大きく変化しましたね。

こちらの号はKindle Unlimitedで読むことができます。

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PedalFar!こと米津一成です。長い間温めていたイメージを少しずつストーリーにしていきます。まずは春から初夏、そして夏へと続くお話です。こんなふうに何の憂いもなく、皆が笑って走れる日が早く戻ってくるといいですね。その後の「追い風ライダー」の世界です。

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2014年に惜しまれつつ休刊となった山と渓谷社さんの『自転車人』。他誌にはない切り口の特集記事と丁寧な編集で、私の大好きな自転車雑誌でした。 この『自転車人』で2013年より休刊まで書かせていただいた巻頭コラム「いつか自転車で」を山と渓谷社さんの許可を得てnoteに掲載します。7本を順次掲載していきます。

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