見出し画像

vol.7「いつか自転車で」自転車人2014年秋号

山と渓谷社『自転車人』2014年秋号掲載の巻頭コラムです。こちらのコラムについての解説はマガジンページに。

「富士山に登ってきた」と言えば、世間の人は当然、登山をしてきたと思うだろう。しかし自転車的思考の人々は「スカイライン? それとも須走から上ったの?」とか「ヒルクラいいよね」とか、果ては「何分くらいで上った?」なんて聞いてしまう。上る(登る)という言葉は自転車に乗る人と乗らない人でかくも意味合いが異なる。
 この夏から放送されている「ヤマノススメ(セカンドシーズン)」というアニメがある。登山に目覚めた高校一年生のヒロインが仲間と一緒に富士山登山で頂上を目指すというストーリーだ。そのなかでヒロインたちがバスに乗ってやって来た五合目で、自転車でそこまで上ってきた人を見かけてちょっと驚くというシーンがある。五合目は登山者のスタート地点、自転車乗りにとってはゴール地点ではあるけれど、自分たちがしっかり山登りの装備を調えてやった来た場所にジャージとレーパン姿の自転車乗りがひょっこり現れたら驚いたりもするのだろう。百キロ単位で長距離を走ると「距離感がおかしい」と言われるけれど、自転車で延々と坂を上ることも、五キロ、十キロ、いや、たとえ一キロであっても、普通の人から見れば、多分「少しおかしい」ことなのだ。

 九月の連休に長野県の蓼科高原へ行ってきた。行きも帰りも特急「あずさ号」には山登りの格好をした人が沢山いた。ホームで見渡した様子では輪行客は僕とカミさんだけだった。蓼科高原への最寄り駅である茅野までは東京から二百キロ程度。関東圏に住む脚のある人なら自走圏内だから輪行の人は少ないのかもしれない。茅野は国道二百九十九号の起点。ここから三十キロほど走る(上る)と超絶の山岳コースイベント「アタック299」のゴール地点、麦草峠もある。ちなみに麦草峠は日本の国道で二番目に標高が高い場所だ。
 蓼科高原で泊まった宿は標高千三百メートルにあった。宿を起点に走るとなると、何処へ行くにも上って降りてくるか、降りて上ってくるかのどちらか。久しぶりに十キロ以上の坂を上った。鈍った脚で息も絶え絶えに上りながら思い出したことがある。それは「苦しむことは自転車の楽しみの一部」ということだ。

「ああ、そうだよね」と今、頷いたあなた。あなたはもう完全に自転車的思考の人だ。
 坂好きの自転車友だち(拙著「ロングライドに出かけよう」に登場した、あの彼だ)が「なぜ坂を上るのが好きなのか?」という僕の問いに答えた言葉を思い出す。彼はこう答えたのだ。

「苦しみが簡単に手に入るから」

 安全に、手軽に「持続的な苦しみ」を手に入れたいならば、自転車と坂があればいい。苦しむことそのものが楽しみであり目的である。そういうスポーツってほかにあるのだろうか。あまり他のスポーツ経験のない僕にはよくわからない。
 例えば山登りならば、小説やエッセイで「頂上からの眺めは、それまでの道程の苦しみを吹き飛ばした」といったような表現を目にする。僕の僅かな山歩き体験の思い出でも、確かに頂上からの眺めが記憶のメインで、そこまで登った道程はあまり記憶に残っていなかったりする。では自転車ではどうだろう。先に書いた麦草峠も含めて、苦しみ抜いて上ったいくつかの峠や山で見た景色を僕は覚えているだろうか。
 上りきった峠で見た忘れられない景色はある。しかしその景色よりもはっきりと記憶に残っているのは坂のことだ。「勾配はそれほどでもなかったけれど、だらだらと長い上りでしんどかった」「もう上りは終わりだろうと期待して曲がったコーナーの先に、さらに延々と続く坂を見て絶望的な気持ちになった」「蛇行しないと上れないほどの急勾配だった」記憶を辿れば思い出すのは坂、坂、坂……
 苦しんで上った坂の記憶のなんと鮮やかなことか。それは苦い思い出だろうか。そんなことはない。その苦しみも含めて楽しい思い出だ。そして「死ぬほどしんどい坂だった。楽しかった。また行こう」となる。この自転車乗りの「苦しさと楽しさの渾然一体となった思考」は一体なんなのだろう。その本質は未だに僕にとって謎である。
 しかしその謎を解くヒントはある。それは、その坂を上ることが自分で決めたゴールへ向かって、自ら選んだ苦しみだということだ。
「誰かに決められたゴール」のために、自分にとって本意ではない苦しさを味わえば、心もカラダもしんどい。あの場所へ行きたい。あの峠を越えたい。あの山の頂上まで行きたい。そのゴールが「自分で選んだゴール」だと確信していれば、全ての苦しみの意味は変わってくる。
 もちろん、途中で脚を着いてしまうこともある。挫折することもある。苦い思いをすることもある。しかしそれはほんの一時のことだ。
「じゃあ、ヨネヅもヒルクラに出れば?」と言われそうだが、僕は自分が決めた目的地に向かって走る、その道程にある坂を上るのが好きなので、坂を上るためだけに上るというのは僕の志向とはちょっと違うのだ(ヒルクラに出ない言い訳じゃないですよ。いや、ホントですってば!)。

 人生訓のようなことを書くつもりはないけれど、人生のいろいろな局面で出くわす「激坂」も、自転車で坂を上るように受け入れ、楽しみたいと思う。「自分で選んだゴール」へ続く坂ならば、それはきっと可能だ。

画像1


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
3
PedalFar!こと米津一成です。長い間温めていたイメージを少しずつストーリーにしていきます。まずは春から初夏、そして夏へと続くお話です。こんなふうに何の憂いもなく、皆が笑って走れる日が早く戻ってくるといいですね。その後の「追い風ライダー」の世界です。

こちらでもピックアップされています

山と渓谷社『自転車人』巻頭コラム ”いつか自転車で”
山と渓谷社『自転車人』巻頭コラム ”いつか自転車で”
  • 7本

2014年に惜しまれつつ休刊となった山と渓谷社さんの『自転車人』。他誌にはない切り口の特集記事と丁寧な編集で、私の大好きな自転車雑誌でした。 この『自転車人』で2013年より休刊まで書かせていただいた巻頭コラム「いつか自転車で」を山と渓谷社さんの許可を得てnoteに掲載します。7本を順次掲載していきます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。