見出し画像

vol.3「いつか自転車で」自転車人2013年秋号

山と渓谷社『自転車人』2013年秋号掲載の巻頭コラムです。こちらのコラムについての解説はマガジンページに。

 子どもの頃、いつも頭の中でやっていた一人遊びがある。宇宙人になって地球上のあらゆるモノの感想を述べるという遊びだ(ワレワレハ、トオイホシカラヤッテキタ……)。乗り物、食べ物、道具、人の行動、なんでもその遊びの対象になった。その遊びを始めてからかれこれ四十年以上。実は今でも僕はそれを時々やっている。カミさんに「そういう想像ってしない?」と聞いたら「そんなことやる人、聞いたことない」と言下に否定されたので、多分他の人はあまりやらないのだろう。

 さすがに大人になってからは「宇宙人」ではなく「地球と同程度の文明を持ち、地球人とほぼ同じ身体的特徴を持つ知的生命体が地球の文明を評価する思考実験」と定義している(やっていることは子どもの時と同じなのだが)。
 たとえば、僕の住む家からは歩いて五分くらいで環七(東京の環状七号線)に出る。私鉄をくぐるアンダーパスの上から環七を行き交うクルマを眺める。自分の足下に次々と吸い込まれていくクルマを見ながら、地球外知的生命体になった僕は地球人であるもう一人の僕に話しかける。
 「えっ?この移動体には個別に操縦者が乗っていて、すべて自立的に動いているんですか。しかも操作技術のレベルは全くバラバラだと!それじゃ頻繁に移動体同士がぶつかったりするでしょう?人間にぶつかる事故も起こるのでは?」
 たとえば、空港の出発ロビーで離陸する飛行機を見ながら地球外知的生命体の僕は驚きの声を上げる。
 「えっ?その飛行原理だと推進装置が止まったら地上に落ちますよね。そんな危ないものにこれから乗るんですか?」
 もしクルマや飛行機という乗り物(というかその概念そのもの)を今、全く新しく作り直すとしたらどうだろう。クルマを中心とした交通インフラを構築するならなら道路や地域ごとに走行をコントロールできる仕組みをまず組み込むだろう。飛行機ならば、空中で静止できる(落ちない)仕組みをまず考えるかもしれない。それが重力をコントロールする方法なのかなんなのか僕にはわからないが、どちらにして出来上がったノリモノは今のクルマや飛行機の概念とは全く違ったものになるだろう。

 では地球外知的生命体を自転車に乗せたらどんな感想を言うだろうか。

 僕が子どもの頃(昭和四十年代)に書かれた二十一世紀の未来予想図ではクルマはいつも空中に浮かんでいた。エアカーというやつだ。あの頃から五十年近く経った現在、今でもクルマは四つの車輪で地上を走っている。
 『KURAU Phantom Memory』(クラウファントムメモリー)という2004年に放送されたアニメ作品がある(全24話TVシリーズ)。今から百年後、二十二世紀を舞台にしたストーリーで、大人の観賞にたえる素晴らしい作品だ。百年後の世界では重力制御が実用化されたという設定でクルマは空中を走っている。未来というと人間の想像力はクルマに空中を走らせたがるものなのだ。そういえば「スターウォーズ」の世界でもクルマはスピーダーという名称で空中に浮かんでいた。
 『KURAU Phantom Memory』の世界で主人公の二十二歳の女性、クラウは自転車に乗って現れる。しかもその自転車はコンセプトバイクのような奇妙きてれつな形をしていない。スローピングのダイヤモンドフレーム、前後輪ともディスクブレーキ、バーエンドを付けたフラットバーハンドル。今、街中で見かけても違和感のない形状だ。この作品の製作スタッフは、なぜ彼女を自転車に乗せたのだろうか。非常に興味がある。

 ロードバイクの原型がほぼ出来上がってから約百年。クラウの世界では二百年が経っていることになる。それでも自転車の形状はほぼ同じ。コンセプトバイクのような形状で描くこともできたはずだ。これは進化の停滞なのだろうか、それともすでに自転車というノリモノは完成型に近いということを示唆しているのだろうか。もちろん最初の百年間に自転車はいろいろな部分が進化した。フレームやホイールの素材、変速装置やブレーキ、タイヤの性能、チェーン駆動だけではなくベルトやシャフトを使ったものもある。しかし自転車全体の成り立ちやシルエットは変わっていない。シルエットだけを見せられたら百年前の自転車と現代の自転車を見分けることはむずかしいだろう。逆に言えば、百年前の人に現代の自転車を見せてもさほど驚かず、ごく普通に乗りこなすのではないだろうか。
 僕は自転車がすでに完成型に近いという説を採りたい。人間が一人移動するために、その人自身が推進装置となる。そのエネルギーをいかに効率よく駆動力に変えるか。シンプルにそれが突き詰められている。材質や形状が変わっても、百年前も今もナイフはナイフであるように、道具として、ノリモノとして、これほど洗練され、完成されたモノはないと思うのだ。
 百年後の未来、クルマは空中を飛んでいるだろうか。それともまだ四つの車輪で地上を走っているだろうか。自転車は今と変わらず素敵なノリモノであり続けているだろうか。百年後の自転車を目撃することは僕にはちょっと無理だが、あと何十年かは自転車と共にその未来に向かってペダルを踏み続けたい。

 さて、地球外知的生命体を自転車に乗せたらどういう感想を言うかという思考実験。ここ数年何度も繰り返したこの思考実験は、いつも痛快な結論で終わる。地球外知的生命体は僕にこう言うのだ。

 「こんな素晴らしいノリモノはありません。私の星に一台持って帰りたいのですが」

---------------------------------

画像1

『KURAU Phantom Memory』第一話に登場するクラウの自転車(YouTubeにリンク。7:25辺りに横からのカットが登場します)

画像2

『KURAU Phantom Memory』オープニングタイトル

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?