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「星の王子さま」サン・テグジュペリ著

 勉強会のテキストとして選ばれたので、読んでみた。
 それまで、この「星の王子さま」という言葉が、小説の題名であることすら知らなかったのだが、解説を読むと世界150ヶ国語くらいに翻訳された超ベストセラーなのだそうだ。なるほど、平易な文章で描かれた童話のような世界は、誰でも頭を使わずたやすく読むことができる。
 たやすく読むことができるのは美点ではあるが、この小説はその分、難しい表現を避けているために、文学性を犠牲にしているところがある。ただ、それをさっ引いても、描かれる世界の詩的な要素は、小説に独自性を与えていると言える。
 出だしの、蛇の絵を描く部分が、その端的な例である。大人というものをつまらないものとする取っ掛かりとして、そのような絵を理解しないことを挙げており、その喩えの奇矯さと端的さにおいて、ポエジーと象徴性を帯びている。この辺は、理屈ではなく感じることなので、受け付けない人もいるかもしれない。
 そのように、小説自体とても感性的なポエジーに満ちているのだが、テーマとしてはさまざまなものを内包している。大人は、計算ばかりしていて星の王子さまを理解できないと言ったようなところは、極めて単純化されているのだが、計算を金稼ぎと取るならば、資本主義社会に対する警鐘になるし、さらに仕事をすることと取れば、社会という共同体そのものに対する問題提起に成り得る。そのような、責任と実生活に縛られない子供たちの感性の重要性を、強く感じることができる。
 これに関して、小惑星で星の王子さまが出逢う数々の星の住人は、みずからの仕事に目的がないのが奇妙である。王様にしても、酔っ払いにしても、実業家にしても、地理学者にしても、行いそのものを目的にしていて、それによって富を得ようとか名声を得ようとか、そのような欲望があまり顕著でないのだ。星の王子さまは、彼らを大人として見ているが、彼らは大人ではない。みずからの生業をひたすら熟す純粋な動物のようなものだ。この星の住人たちについて、現代社会のサラリーマンと対比させて考えると、もっと自分の好きなことをして生きた方がいいのではないかとのメッセージすら受け取ることができる。
 そして、最大のテーマは、「一番大切なことは目に見えない」という狐の言葉である。この言葉を継承して、星の王子さまは、自分の星の薔薇を大切に思い、主人公に夜空の星の一つにいる王子さまを大切に思わせたのだ。実は、この狐のメッセージは、この小説自体にも言えていて、文学というのは、目に見えないものなのだ。それを判りにくくするために、サン・テグジュペリは挿絵を描いたのかもしれない。そのほうが、詩的だし文学の背負うテーマが朧気になって、それすら目に見えにくいのだ。挿絵を描くことで、「文学は目に見えない」というテーマすら、目に見えにくくしたのだ。そのように考えると、とても重層的なテーマの盛られた、凝った芸術作品だなという気がするのだが、正直言うと、それほど真新しく響いたテーマでもなかった。
 また、最後に、星の王子さまが倒れて死んだようになったところは、現実的に思わせてはいるが、中途半端という気もする。現実と思わせるなら、砂漠に死体を残すべきなのに、消えてしまうからだ。砂漠で見た幻とするならば、王子が星に帰っていくところも、幻想的にするべきであり、いずれにせよ、リアリストには小説自体が砂漠で錯乱した際に見た幻覚にしか思えず、そのあたり、もう少し不可思議感がほしい気がした。
 しかし、読んで損はなかったと思った。

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