それはちょっと

僕はスチャダラパーの熱狂的なファンだけれど、小沢健二はそこまでではない。


94年の秋だったと思う。アルバムLIFEのリリース・ツアーの福岡公演に足を運んだ。高校からの親友と一緒に。僕らは21歳になったばかりで、お互い彼女なし。そんな音楽を語りたがるモテない若者にはLIFEの世界観は眩しすぎて、小沢健二はただのアイドルに見えた。

僕ら二人ともノリきれず、「まあ悪くはなかったけど」、という感想。その頃はブリットポップやグランジもたくさん聞いていたので、やっぱ海外のバンドのほうがかっこいいなと思った。そしてそのライブを見てから10年くらいは邦楽を一切聞かなくなった。逆に言うとそれくらい強烈な体験だったとも言えるし、自分の中古レコード屋をオープンした時の主力商品が海外のインディーミュージック中心だったのは、このライブを見たことも少なからず影響しているかもしれない。

彼のツイッターもフォローしていないけれど、つぶやきはよく僕のタイムラインにも流れてくる。友人にもフォロワーにも好きな人が多いから。

昨日は筒美京平さんへの追悼文が流れてきた。

本人が抜粋・引用はしないで、と書いているのでしないけれど、素晴らしい青春小説だと思った。でもひとつだけそれはちょっと、と思ったのが(笑)を多用しているところ。彼はカッコはつけてない笑ですが、わかりやすいよう(笑)にしておきます。この短い文の中になんと10回も出てくる。

ラッパーECDの知人のライターがこの(笑)のオリジネーターらしく、ほかのライターに使うなと抗議していたという、80年ころのエピソードがECDIARYの中にある。そんな80年代を代表するようなオチのつけ方である(笑)を令和に連発されると文章がすんなり入ってこない。

自分はツイッターなどのSNSには(笑)使用するけど、このnoteはじめ長文では使わないようにしている。(笑)でここが笑い所ですよ、と教えられるのは親切が過ぎるような気がするし、少ない文字を使った歌詞の行間で感動を与えていた小沢健二なら(笑)で逃げずに文章だけで笑わせてほしかった。ファンではないとは書いたけれど、過剰に期待しているだけなのかもしれない。




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