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「つくね小隊、応答せよ、」(46)

金髪で少しふくよかなチャーリーが、煙草を咥え、小銃を構えて歩いている。

「でよ、コネチカットのじいさんの家の前には原っぱが広がっててよ。雨が降ると、翌朝はそこかしこにマッシュルームが生えてくるのさ。まるで、ぶんっ!ぼんっ!ぶんっ!ってな感じさ。わかるだろ?
そしてよ、マッシュルームが嫌いな俺は、ああ、猫の次にマッシュルームが嫌いな俺は、夕食にマッシュルームなんかが登場しねえように、踏み潰して歩いた」

隣を歩いている黒髪で髭面の男セルジオは同じく小銃を構え、めんどくさそうに相槌をうつ。

「そうか。そいつはいい話だな、ぜひ覚えとくよ。で、お前、何が言いてえんだ?」

「え?あ、ああ、つまりだな、原っぱのマッシュルームを探すのはターキーを撃つよりも簡単ってことさ。
いいか?マッシュルームはひとつ生えてたら、そのまわりにも生えてるからよ。
“マッシュルームを探してこい”ならわかるのさ。探せばいいんだからよ。わかるか?
でもよ、その逆は話が変わってくる。
“この原っぱにマッシュルームがないことを証明しろ”って言われたらよ、目に見える全部を探し回らねぇといけねえ」

「まあ、そうだな。俺なら…まあ、くまなく探し回ったふりをして帰って、肩をすくめて首を振って、ココアでも飲んで寝る」

「そうさセルジオ、お前の言う通り、誰も原っぱをしらみつぶしに探し回って、マッシュルームが“ない”なんてことは証明したくもないのさ、そうだろ?」

「ああ…で、だからなんだ?」

「俺たちが今やってんのは、マッシュルームが原っぱに “ない” ってことを証明しろって言われてるようなもんだろ?」

「チャーリー、確かにお前の例え話はヴェロニカ・レイクの前髪なみに筋の通ったお話だが、そんな例え話を出してくれんでも、俺たちは自分の任務くらい俺は分かってるさ。
おまえのじいちゃんのマッシュルームの思い出話よりも、俺はとっととベースに戻って、シャワーを浴びてぐっすり眠ることの方がそそられるね。
だから、お前のそのずっと動き続ける口に、俺が靴下を詰めたくならねえうちに、ニップ(日本人)どもを見つけてくれねえか?」

すると、少し離れた場所のマシュー分隊長がタバコの吸殻をチャーリーに向けて軽く投げた。チャーリーの腕に当たったタバコの火は、赤く弾け、チャーリーは子供のように驚いた顔をして飛び上がる。
マシュー分隊長は、周囲を見渡しながら言う。

「セルジオの言うとおりだ。息抜きも必要だが、集中力も必要だ。もしいまのタバコがニップの銃弾だったら、お前はこの後の人生、糞した後は片手で尻を拭くことになってたぞ」

マシュー分隊長がそう言うと、チャーリーは難しい顔で考え込み、反論した。

「しかし、分隊長、俺、今でも片手で糞を拭いてますけど…え、みんな両手で拭いてるんですか?そうだったの!?」

チャーリーのその言葉に、全員が笑った。
釈然としない顔をしたチャーリーに、マシュー分隊長はさらに声をかける。

「冗談さ。お前のおふくろさんも、セルジオも、ヒトラーも、東條も、みんな片手で尻を拭いてる。安心しろ。
そして、まわりに目を光らせろ。その尻にあともうひとつ、肛門が増えちまうぜ」

皆はさらに笑う。

12名の米兵たちが、武器や機材を背負い、ジャングルの中を進んでいる。軍服の胸元のボタンを開け、鉄ヘルメットを脱ぎ、全員が気だるそうな顔だ。

米軍は半年ほど前、この島の日本軍の基地を奪取し、米軍基地を設営している。しかし、気を抜くと日本兵の生き残りが少数で奇襲をしかけてくる。
そのたびに複数の兵が死傷するため、本国の司令部は「制圧したという報告と、違う事案が起きている」と、この島の司令官たちの防衛手法を疑問視し始めた。

島の司令官たちは集まり、話し合った。艦砲射撃と爆撃による日本兵の殺傷は、米軍側には損害はないが、戦果確認や、人数の把握などはできず、日本兵の完全なる掃討は困難だ。

そうなれば、人的被害は発生する可能性はあるものの、島内部に調査兵を送り、日本兵たちの状況を調査するほかないという結論に至った。

戦局はすでに米軍側に有利に傾いており、形勢逆転や大戦果をあげるというような出世コースはすべて閉ざされてしまっている。
そのような状況下で、未だに抵抗を続けられ、兵を「消耗させられている」というのは、島の司令官たちの人事査定に、充分に響くものであった。

そして、軍隊の最小単位である分隊がいくつか島内に派遣された。
マシュー分隊長率いるマシュー分隊は、12名で構成され、身軽に行軍ができるように、最低限の武器以外は携行していない。

今日の彼らは、日が沈む前に野営地を決め、焚き火の周りに各々がテントを設営した。焚き火を遮蔽し日本兵たちに場所を知られるのを防ぐためだ。そうして各々が戦闘食の包みを開く。

米軍兵たちの食事はABCDの四種類。
基地で調理される温かい食事のAレーション。
調理されたものを、前線へ運ぶ、弁当のようなBレーション。
基地から遠く、調理されたものの運搬が困難な場合は、缶詰などの携行食がセットになっているCレーション。
最後にDレーション。
栄養価とカロリーの高い食品で、片手で食べることができるため、食事の時間がとれないような戦闘時にはDレーションを食べる。
今で言うチョコレートバーだが、甘みを抑え、熱に強く作られているため硬く、米兵には不評だった。

マシュー分隊は、ミリタリーナイフでCレーションの缶詰を開け、各々の食事と会話を楽しんでいる。

「マシュー分隊長、明日はどっちの方角へ?このまま基地の方に帰っちゃだめですかねえ?あれだけ何度も艦砲射撃を加えたんですよ?もう奴ら泳いで東京に帰ってやしませんか?」

金髪で少しふくよかなチャーリーが言うと、周りの兵たちが鼻で笑う。どの兵も、戦場にやってきてもう数年たつ。中には、ドイツとの戦闘が終わり、やっと本国に帰れると思っていたら、何日もかけてアジアに移送され、次は日本人と戦えと言われた兵もいる。
戦争や、軍隊生活や、軍隊の食事全般に嫌気がさしていて、チャーリーを代表するように、誰しも集中力が低下している。

「ああ。たしかにそうだな。そうだ、いいことを思いついた。チャーリー一等兵、東京まで泳いでいって確認してきてくれないか」

マシューが真面目な顔をしてそう言うと、チャーリーはそれを真に受けて口をあんぐり開けている。しかし、まわりがくすくす笑っているのに気づき、冗談だと気づいて、ほっとした顔をした。

「分隊長!」

翌日の夕方のことだ。
島内を一日中東へ進み、夜営テントの前でマシューがぼんやりとタバコを吸っていると、ネイティブアメリカンの青年、アロ一等兵が報告しにきた。

「どうしたアロ。息子をアナコンダにでも食われたか?」

「いえ!分隊長、報告いたします。日本人のものと思われる小屋を発見いたしました!」

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