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「つくね小隊、応答せよ、」(38)

がさっ


三匹の前に現れたのは、バナナの葉で編んだ笠をかぶった、小さな老人だった。裸足に黄土色のズボン。白いシャツを着ていて、白いヒゲを生やし、にこにこと笑っている。大きさは、50センチほどで、その老人のうしろには、同じような大きさの老人たちが十人ほど立っている。

「わっちらが気づかぬように近づいたということは、味方ではないということですよね?」

金長が腕を組む。
するとまたその老人が答えた。

「やまとのかたがたはじつにせっかちだ。さきほどもいったように、それはあなたがたしだいです」

早太郎が鼻で笑う。

「夜中に背後に突然現れて、たいそうな挨拶だな。じゃあ、もし敵になるってんなら、お前ら10人で俺を倒せるとでも思ってんのか?」

「いいえ。10人では、ありませんよ
?」

老人が手をかかげると、小さな老人たちの集団のその後ろに、さらに別の集団があらわれた。

髪を振り乱した女たち。下半身はちぎれていて存在せず、その背中には、コウモリのような黒いつばさが生えていて、木にしがみつき、ぎらぎらした目で三匹を睨む。

四足で尻尾が刃物の、犬のような、ハイエナのような生き物が数匹。きちきちきちきちと小さく鳴き声をあげながら三匹を睨む。

次に、木の幹に手をかけ、深々とタバコを吸う大男が数人。普通の人間の4倍ほどの大きさで、色が黒く、上半身は裸で筋肉が隆々と月明かりに輝いている。高い位置から、冷たい眼差しで三匹を見下ろす。

次に、全身鱗に覆われて、ぬらぬらと光る、子供ぐらいの大きさの生き物。手足には水かきがついていて、口は大きく、目はぎょるぎょろと光っている。

次に、二足歩行の馬。
脚は蹄で、両手は人間のそれ。
全身の筋肉が隆起し、鼻息を激しく吐き出している。

「やまとのみなさま、わたくしたちから、おはなしがあるんですが、きいてくださいますか?」

老人は編笠をずらし、にこりと笑ってそう言った。

「こんなに集団でいらっしゃるのは、ただごとではないような気がするのですが」

狐がにこやかに、そして丁寧に老人に尋ねた。

「やまとのかたがた。あなたがたはとてもおおきなかんちがいをされておられるようです。わたしどもがおとずれたのではない。あなたがたがここにおとずれているのだ」

一瞬だけ、老人は真顔になった。狐が素直に頭を下げる。

「あ、確かに。確かにそうですね。失礼いたしました」

老人はにこやかな顔に戻り、大切なことを思い出した、というように手を叩いた。

「おやおやおや!すみません!おはなしがあるといっておきながら、もうしおくれました」

老人は三匹に歩み寄ってくる。

「わたくしたちこびとぞくを、ひとはドウェンディとよびます。ありづかにすみ、このもりをまもっておるわけです」

老人とおなじ背格好の老人たちが三匹を眺めながら小さく会釈のようなことをする。

「そして、こちらがティグバラン」

老人は、二足歩行の馬の集団を手のひらで指し示す。
彼らは肩を上下させ鼻息を吐いている。

「そしてこちらは、ショコイ。かわやうみにすんでいるんです」

全身鱗で子供のような身長の魚人の集団を指し示す。

「あちらは、マナナンガル」

木にしがみついた上半身だけの女の姿をしたコウモリのような生き物たちを指し示す。

「あちらの、せのたかいかたがたは、カプレ。かれらはまだちいさいほうです。ほんとうはもっとおおきい。かれらもわたしたちとおなじようにもりをまもっております」

そしてすぐそばにいる犬のような生き物を撫で、

「そしてこのこらは、スィグビンといいます」


狐が丁寧にお辞儀をして言います。

「そうですか。わたくしは日本の稲作の神である稲荷さまの眷族の狐でございます。名はございません」

「わっちは、日本の阿波の小松島。たぬきの金長です」

狐が早太郎をちらりと見て自己紹介を促す。
すると早太郎は不機嫌そうに相手を見渡しながら言う。
「信州信濃の早太郎だ。…で、これだけの大人数で来たってことは、要するに、やりあおうってことじゃねえのか?あんたは作り笑いをしてるが、うしろのやつらは全然笑ってねえぜ?」

老人は三匹の自己紹介をにこやかに聞き、深く頷いた。

「狐さんに、金長さんに、そして早太郎さん。はじめまして。いやぁ、こうえいですよ、おみうけしたところ、みなさまはやまとでおまつりされておられるかたがたでしょう?それじゃあはなしがはやそうだ。それではさっそくみなさまにおねがいしたいことがあるんですよ」

「わたしたちにできることであれば、お聞きいたしますが…」

狐が首をかしげて答えると、老人ドウェンディはさらに、にこやかな顔になる。

「このしまのやまとのにんげんたちはもうのこりすくない。けれども、うみのうえのふねのにんげんたちは、やまとのにんげんたちをかんぜんにころしてしまいたいようだ。だから、もりにてつのかたまりをうちこみ、こわし、やき、あぶりだす。わたしたちはおもうのですよ、やまとのにんげんたちがいなくなれば、もりはへいわにもどると」

早太郎が反応します。

「ちょっと待て、そりゃおかしいだろ。ばかでかい鉄砲みたいなもんを撃ってきてんのは船のうえのやつらだ。船のやつらがいなくなれば、いいだけだろうが」

「はい。もちろんそうです。もりをこわすのはふねのうえのにんげんたちですよ。わるいのはかれらだ。でもね、ぜんあくのはなしをしてるんじゃないんですよ。わたしたちはわたしたちのもりをまもりたいだけです。そして、いちばんてっとりばやくもりをまもるほうほうは、やまとのにんげんたちがいなくなることなんです。だからわたしたちは、やまとのへいたいたちをもりにまよわせたり、おびきよせたりしてきました」

金長が驚いて言った。

「おびきよせてきた?」

ドゥウェンディは深く頷いた。

「はい。つばさをもったあかいかおのかたがまもっていたやまとのへいたいたちも、まよわせ、そしてふねのうえのにんげんたちにみつかりやすいところへつれだし、そして、ころさせました」

すると狐が呟いた。

「赤い顔…?翼?まさか、天狗さんのことでしょうか?」

「おなまえはぞんじあげませんが、おそらくそうでしょう」

金長、早太郎、狐は顔を見合わせました。
渡邉が射殺した秋月という男を守っていた天狗。その天狗が去り際に何かを伝えようとしていたことを思い出した。おそらく天狗は彼らのことを三匹に伝えようとしていたのだろう。

「天狗さんとは、少しだけご一緒したことがあります。ならば、あの秋月という男に致命傷を負わせたのは、あなたたちだったのですね」

「あ、いえいえ、そんなかんちがいはしないでいただきたい。あのおとこにきずをおわせたのはわたしたちではなく、あくまでふねのうえのにんげんたちです」

三匹は、ただ黙って彼らを見つめた。

「あなたがたや、わたしたちには、あのふねのうえのにんげんたちを、おいはらうまでのちからはない。ですので、あなたがたにはせんたくしをあたえているのです」

「選択肢…?どんな?」

金長が睨むようにして訊くと、老人ドゥエンディはきっぱりと言った。

「あなたがたが、やまとへかえるか。もしくは、かれらをふねのうえのにんげんたちにころさせるか、です」

その言葉に、早太郎がいらいらしながら反論する。

「おい、二択とか言っておきながら、結局あいつらは死ぬしかねえのか?」

金長が頷きながら同調する。
「あなたたちにも事情はあるでしょうが、わっちたちにもちゃんと事情があるんです。残念ながらその二択のどちらも、わっちらには受け入れることは、到底できません」

狐が言葉を選びながら、慎重に付け足した。
「お邪魔している立場でありながら大変恐縮なのですが、金長さんと早太郎さんの言葉に私も同意です。彼らを守るために、我々はここにいるのです」

ドウェンディは何度も頷いた。

「そうでしょう。そうでしょう。
ですがね、わたしたちもたくさんはなしあって、あなたがたのまえにすがたをあらわすことにしたのですよ。
あなたたちがかかわってくれれば、かれらもくるしまずにしねるのではないかと、そうおもって。よかれとおもってわれわれはこのおはなしをもってきたのです。だって、あなたがたにないしょでかれらをいざなうことなんてかんたんなことですからねえ」

狐も何度も頷いて、しかし、きっぱりと答えた。

「はい。お気遣い感謝いたします。しかし、我らが加護する彼らを、はいそうですか、わかりましたと、死なせるわけにはいきません」

その言葉に対し、ドウェンディは棒読みで聞き直す。

「いまのおへんじはこうしょうけつれつということでよろしいですかな?」

三匹は、同時に頷いた。
するとドウェンディは深い溜め息をついて、心底疲れたような悲しい顔つきになった。

「あなたがたにとって、わたしたちはもしかすると、いぎょうのものたちにみえるかもしれませんね。やまとでまつられるあなたがたからすると、だれにもまつられず、ただもりにすむわれわれは、ただのばけものにかわりないのでしょう…」

老人ドゥエンディは、夜空を見上げながらゆっくり、しみじみと語りだした。

「すうひゃくねんまえにね、おおきなふねにのったにんげんたちがね、たくさんのものを、このあたりのしまじまにはこんできましたよ。ぶき、しょくりょう、がらす、きん。このしまのものたちもあたらしいくらしをてにいれた。でもね、ふねのにんげんたちのもちこんだものは、モノだけではなかったのです。
このあたりにはいない、あたらしいかみをつれてきました。
しまのにんげんたちはやがてそのかみをしんじるようになり、いままで、すうせんねんのあいだ、おそれ、うやまい、あがめてきた、われら、もりのものたちを、いつしかきにしなくなった。

われらはまつられなくなり、ただのあしきものとしてあつかわれるようになった。
あたらしいかみがくるまで、われわれは、かみでありました。
ですが、わたしたちには…もう、いくところがありません…このもりをうしなえば、われらみな、きえる」

そして、老人ドゥエンディは、三匹を寂しそうに見つめ、懇願するように言った。

「やまとのかたがた…わたしたちにもじじょうがある。あなたがたにじじょうがあるように…まったくおなじように。だから、もし、かれらをだいじにおもうのであれば、どうか、かんがえていただきたい。てあらなことはしたくないのです」

三匹は、ただ彼らを黙って見つめた。彼ら皆、冷たい怒りをたたえた瞳の向こう側に、やり場のない哀しみを抱えているのがわかった。歴史が違っていたら、三匹も彼らと同じ立場だったかもしれない。日本のひとびとに忘れ去られ、だれもが知らない存在になっていたかもしれない。

誰も口を開かない夜のジャングルの中で、早太郎が口を開いた。

「簡単なことだ。俺らはあいつらを守る。あんたたちはこの森を守る。それだけだ。もしそれで、ぶつかっちまうなら…戦うしかねえだろうが」

金長も、なにか答えを出そうとしたが、早太郎が言った以外の答えがみつからなかった。また、戦うしかない。戦いで多くを失った金長は、戦い以外の手段が見つかるのではないかとずっと考えていたが、やはり早太郎が言ったことが事実だった。ドゥエンディは、寂しそうに言った。

「では、狐さん、早太郎さん、金長さん…つぎにあうときはあなたがたは、わたしたちのてきです…おぼえておいてくださいね。あなたがたや、あのやまとのへいたいたちにみかたするものは、むしいっぴきおりません。しまぜんたいが、あなたがたのてきなのです…それでは…さようなら」


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