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「つくね小隊、応答せよ、」(45)

金長は力士の姿から、もとの自分の姿に戻る。
体が大きくなれば、彼らは逃げると思ったが、こうもり女のマナナンガル、尻尾が刃物のスィグビンは一向に逃げる気配がない。こうなれば、的確に一体を攻撃し、牽制し、退いてもらうほうが良い。金長は、久しぶりに鎧を身に着け、するりと刀を抜いた。

金長は、100年以上前の阿波狸合戦以来、一度も戦いをしていない。仲村を守りに来たこの島で、まさか自分自身が戦うということになろうとは想像もしていなかったし、戸惑いがある。しかし、この相手にも意図や正義がある。生半可な態度では、確実にやられてしまう。金長は刀を構えながら、マナナンガルとスィグビンたちを交互に視界に捉える。

金長の肩に噛みつこうと口を大きく広げ、スィグビンたちが同時に飛びかかってきた。金長はその牙を難なく避けたが、そのあとは刃物の尻尾がサソリの毒針のように迫ってくる。
金長は、数本の尻尾を、ちちちんと刀で受け流し、様子を窺っているマナナンガルの方へ跳びかかる。そして刀の鍔元で自分の腕の毛を剃り、マナナンガルへ向け吹きかけた。

毛はすべて、銀色の鶴の群れに化け、マナナンガルたちへ襲いかかった。そして彼女たちの目や翼を一斉についばみはじめる。
鶴たちは、マナナンガルたちに何度払われても地面から飛び立ち、小さな甲高い鶴の鳴き声をあげながら、彼女たちを取り囲んだ。

金長はすぐさまスィグビンの方へ向き直り、刀を構えて飛びかかった。ちょうど反対側へ着地した直後のスィグビンたちは、まだこちらに尻を向けている状態だ。金長は、彼らめがけて刀を振りかぶる。

だんぐごるらんっ!!!

突然横から太い木の棒が迫ってきた。

ぐいつっちぃぃん!

金長は、慌てて刀でそれを受けたが、あまりの衝撃に身体は吹き飛ばされた。金長は体勢を整え、モモンガに化け、空中で速度を落とし、ゆっくりと着地する。

「まだ誰か隠れていたんですね。さすがです」

金長がそう言った相手は、棍棒を持つ二足歩行の馬の集団、ティグバランだった。
ティグバランたちは、荒い呼吸をしながら、金長を睨みつけている。まるで憎悪そのものをぶつけるようなすごい眼差しだ。

犬のスィグビンが4匹。上半身だけのコウモリ女、マナナンガルが4匹。そして、棍棒を持った大きな二足歩行の馬ティグバランが、3頭。
金長対11体の戦いとなる。

ただの斬撃や化け術での戦いでは、最終的に金長が消耗し、長期戦になれば負けるだろう。
そう判断した金長はゆっくりと刀を仕舞い、目をつむり座禅を組みはじめた。マナナンガルを襲っていた鉄の鶴たちも動きを止めて毛に戻り、はらはらと地面に落ちていく。

森の住民たちは、いったい何が起こるのかと怪訝そうな顔をしていたが、一向に何も起こらない。それぞれが互いの顔を見合わせ、どうしようか考えている。
周りの森が变化するのかもしれない、金長も増えるのかもしれない。透明になるかもしれない。毒液を撒き散らすのかもしれない。
それぞれがさまざまな事態を想定したが、やはりまったく何も起きない。
だからこそ、誰が最初の一撃を加えるのか、それぞれが足踏みをした。

ぱしゅー!
しゅこんっ!
ぱんっ!

ぱしゅーっ!
しゅこんっ!
ぱんっ!

ぱしゅーっ!
しゅこっ!
ぱんっ!

遠くの方で艦砲射撃の音が響いた。

この音に反応したのは馬のティグバラン。3頭で一斉に金長に殴りかかった。

それぞれが棍棒を金長に叩きつけると、土煙があがり、3頭と金長を包む。
棍棒で、ぼこすかと骨や肉を殴る音が続き、やがて音が鳴り止む。
さきほどよりも荒い呼吸のティグバランたちが、肩を上下させ、さんざん殴りつけた金長を見下ろす。

すると、そこには金長ではなくティグバランが横たわっていた。
3頭のティグバランたちは顔を見合わせて互いの身体や顔をじろじろと見る。そしてもう一度横たわったティグバランを凝視する。
どこからどうみても、自分たちと同じ姿かたちのティグバランだった。
果たして、横たわっているティグバランが、金長なのか、それとも仲間なのかがまったく見分けがつかない。横たわったティグバランは、浅い息をしていてもう立てない様子だ。彼がもし金長なのであればそれでいい。しかし、横たわっているティグバランが金長でないとしたら、今立っているティグバランのうちの誰かが、金長だということになる。

3頭は、慌てて互いの距離をとった。

マナナンガルやスィグビンも、今目の前で起こっていることに対して理解ができないでいて、倒れている1頭と、向かい合って棍棒を構えている3頭を、難しい顔をして見比べる。

するとマナナンガルが、倒れている1頭に群がり、血を吸い始めた。それを見て、スィグビンもティグバランに群がり、同じように血を吸っている。
ティグバランたちは、血を吸う彼らを止めようかどうか迷った。
もしかしたら金長かもしれないし、金長でないかもしれない。だが、血を吸いつくすことによって金長の術が解ければ、
“だれが金長なのか”という疑惑を、4分の1から3分の1の確率まで限定することができる。

ほどなくして、マナナンガルとスィグビンは、横たわるティグバランの血を吸い終えた。彼らがそこを離れると、枯れ木のようなティグバランが横たわっていた。
横たわっていたティグバランは金長ではないということになる。

ティグバランたちは動揺した。
仲間を棍棒で滅多打ちにして、ほかの種族に血を吸わせ、殺してしまったのだ。
ティグバランたちのその動揺は、すぐに形のない怒りに変わった。
地面を踏み鳴らし、棍棒を地面に叩きつけ、自分自身を掻きむしり、いななきのような声をしきりにあげる。

ティグバランたちは、互いに殴りかかろうとするが、もし相手が本当のティグバランであれば、さらに仲間を減らすことになってしまう。怒りをあらわにしながらも、何もできないティグバランたちは、さらに焦りと苛立ちをつのらせていく。

そのうち、衝動を抑えられなくなった1頭のティグバランが、仲間に襲いかかった。棍棒を振り上げ、相手の鎖骨のあたりに振り下ろす。棍棒を食らった方は、痛みに喚き、大きな太い足で、相手の腹を蹴り抜く。すると最初に攻撃した1頭はさらに逆上し、棍棒を相手のこめかみに向けて振り払った。
蹴りも棍棒も身体が大きい分、かなりの衝撃になる。
双方が血走った目で、痛みと怒りに歪んだ激しい呼吸を続けている。
ティグバランの残りの1頭は、ただただその様子を眺める。止めようか止めまいか、加勢しようかしまいか二の足を踏んでいる状態だ。
やがて、殴り合い、蹴り合いが激化してくると、双方疲れ始め、そして片方が片膝をつく。

ぽむっ

突然、片膝をついた方の尻尾が丸くなった。
全員が、突然出現したその丸い尻尾を凝視する。

残りの全員が一度顔を見合わせ、尻尾を出したティグバランを見てニヤリと笑い、襲いかかった。尻尾を出したティグバランは、血を吸われ、殴られ、蹴られ、踏みつけられ、必死に抵抗しながらも、やがて息絶えた。

ぽむっ

全員が呼吸荒く、丸い尻尾の生えたティグバランを見下ろしていると、コウモリ女のマナナンガルの背中のあたりから、丸い尻尾が出現した。

全員が、マナナンガルの一匹を凝視する。
先ほどのティグバランは、金長ではなかったのだ。
全員が、驚きを隠せなかったのと同時に、騙された悔しさで震えている。
しかし、一番驚いたのは、尻尾が生えてきたマナナンガル本人だ。首を振り、叫び声をあげながら奇声を発して自分は金長ではないと必死に表明する。
しかし、その叫び声を誰も聞き入れることはなかった。

スィグビンが尻尾を突き刺し、羽にかじりつき、他のマナナンガルたちが両手の爪で身体を切り裂き、滴る血を啜る。ティグバランは、マナナンガルの顔に棍棒を叩きつけた。

ぽむんっ

スィグビンの刃物の尻尾が丸い尻尾に変わった。
尻尾が丸くなったスィグビンは、慌てて逃げ出そうとするが、仲間たちに噛みつかれ、輪の中心に引きずり出された。輪の中心で、なすすべのないスィグビンは、尻尾を腹の下に丸め込み、犬のような悲鳴をあげる。しかし、ここでも皆は容赦しない。一斉に飛びかかった。
と、その時。

ぽむっ
ぽむっ
ぽむっ
ぽむっ
ぽむっ
ぽむっ
ぽむぽむっ

残りのスィグビン3匹の尻尾も丸く変わり、
残りのマナナンガル3匹の背中に丸いしっぽが生え、
残りのティグバラン1頭の尻尾が丸く変わった。

全員で顔を見合わせて、互いの尻尾を見つめ、取っ組み合いの戦いになった。誰が誰を攻撃しているのかはもうわからない。自分以外が金長に化けている、という心理状態の中で、自分を守るためには相手を殺すしかなかった。

その様子を、木の陰からティグバランがそっと眺めている。
やがてしゅるしゅると金長の姿に戻った。
そうして小さく、ほっとため息をつく。

「おい」

背後から突然声がした。
金長は意表を突かれ、ゆっくりと振り返る。

「せっかく助けに来てやったのに、どうなんてんだこれ。仲間割れか?」

めんどくさそうに、早太郎がそう言った。
金長はさらに大きな安堵のため息をついて、手まねで、
“ここから離れましょう”
というようなことを伝える。金長と早太郎は、静かに歩き、森の住人たちの戦いから距離をとり、

「もう!いきなり背後から おい なんて一番だめなやつですよ!」

金長が憤慨する。
早太郎は首の後ろを後ろ足で掻きながら、

「金長さん、ごきげんようっ♪とでも言えばいいのか?それもおかしいだろうが」

「なんで0か100なんですか!途中があるでしょ途中が!」

「いや、そんなことより、あいつらなにやってんだよ」

「んもう。あいつらですか。あいつらはいまわっちと戦ってるんです」

「は?」

「ほら、見てくださいよ、全員にわっちの尻尾が生えてるでしょ?」

「あ、たしかに」

「生き物はですね、自分を自分自身に“自分だ”って証明することはできますけど、いや、というよりも、信じきってるだけなんですけどね、でも、自分の姿かたちが変わった時、相手に自分は自分だってことを証明できないんです」

「なに言ってんだおまえ」

「あー、まあ、こういうのは、化け術を学んでいくうちに、自分っていったいなんなんだろうって考えるたぬきの癖みたいなものかもしれませんね。
化けない方たちにとっては、ちょっとわけがわかんないことを言ったかもしれません。
まあとにかく、早太郎さんがいつから見てたのかわかりませんけど、最初の方にわっちの毛で作ってた銀色の鶴を、どさくさのたびに、そっと彼らの尻や背中に飛ばしておいたんです。そしていい頃合いでその毛を尻尾に変えました。
で、彼らはいま疑心暗鬼になって、わっちを殺すために戦ってると、そういうわけです」

「…その…おまえって、なんか…やってることが、その、やっぱり……なんか、妖怪だな…」

金長は早太郎のその言葉に、そっと肩をすくめてみせた。

森の住民たちの戦いは、徐々に静かになってゆき、ほとんどの者が倒れ、立っているのはティグバラン1頭だけとなる。しかし、ゆらゆらと立っていたそのティグバランも、ほどなくして力なく倒れた。

「仲村を加護するだけだと思っていたのに、まさかわっちが遠い異国で戦うことになるなんて、なんか、不思議な気持ちです」

金長がそう呟くと、早太郎が立ち上がり、背中を顎で指し示す。“乗れ”という意味だ。金長は、ゆっくりと早太郎によじ登り、早太郎は狐の元へ駆け出した。


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