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「つくね小隊、応答せよ、」(33)

小鷹、熊鷹、左右から同時に、作右衛門に飛びかかりました。
すると作右衛門、斬りかかってくる小鷹の刀を逆に斬りあげ、空中の小鷹を弾き返し、同時に右足で熊鷹の脇腹を、すぱんっ と蹴りました。回転の円運動を利用した、見事な身のこなし。
小鷹は作右衛門の刀の威力を受け、弾き飛ばされながらもかろうじて、ずざざざざと、踏ん張りました。

しかし熊鷹は蹴りをまともに受け、茂みのなかへ弾かれ、転がりこみました。すぐに立ち上がりますが、枝葉に傷つき、着物や体はすでにぼろぼろ。なにより蹴りの威力がすさまじかったらしく、たった一撃で、熊鷹は痛みに震えて立っています。

「けっ、ガキが四天王にかなうなんて本気で思ってんのかお前ら」

作右衛門、つまらなそうにそう言いました。
小鷹は茂みの中の熊鷹を一瞥しながら刀を構え直します。あの状態の熊鷹に攻撃をされればやられると思ったのです。
「お主は、自分の父の仇を前に、勝てる勝てぬを基準に据えるのか?さすが、卑怯者の考えることは違う。勝てる勝てぬはやってみねばわからぬであろう」

「は?わかりきったことじゃねえか。てめえらはガキだ。で、俺は津田の四天王だ。どう見積もってもおめえらとは釣り合わねぇ。で、そっちの鼻くそみてえなやつは一回蹴っただけでもう立ってるのがやっとじゃねえか。仇討ちが聞いてあきれるぜ。大鷹もバカな息子たちをもってかわいそうだなぁ。ま、ああいう戦い方しかできねぇバカな父親だからお前らみたいなのが生まれるんだろうけどな」

小鷹は作右衛門の挑発を無視して、言いました。

「お主の顔の傷はまだ新しい。おおかた、お主の言うバカな我が父にやられたものであろう。バカなたぬきにそんな傷を負わされるとは、お主もよっぽど抜けた、おおバカたぬきなのであろうな」

作右衛門、口角をあげながらも、唇が震えています。格下と思っていた金長の、そのまた格下の大鷹の単純な罠にかかって怪我をした目と、四匹がかりで攻撃したのにも関わらず、えぐられた頬です。作右衛門にとっては、屈辱の傷。

「…ま、いいや。お前、なんて言ったっけ、小鷹だっけ?お前、女を抱いたことねえだろ?かわいそうだよなぁ、お前ら兄弟も。女も抱かずに俺に殺されるなんてよ。ま、でも安心しろよ、お前らの首落としたその目の前でよ、あのくノ一をいたぶりながら抱いてやるからよ。ほら、金長の旦那がそこにまとめてくださった十数匹のたぬきたちで、お前らの代わりに、ちゃんと順番に抱いてやるから。な?安心しろ。で、とっとと、死ね」

作右衛門、刀を上段に構えたかと思うと、姿が薄くなり、まるで煙のように消えました。小鷹は、刀を構えたまま眉をひそめ、作右衛門の雰囲気を感じ取ろうとします。

「おい、うしろだよ」

作右衛門、刀を下にだらりと下ろしたまま小鷹の背後に立っていました。小鷹、振りかえりざまに斬りつけますが、背後にはすでに作右衛門はいません。

「おい、俺の、動きにも、ついて、これねえ、やつが、どうやって、仇をとるんだ?ええ?」

森の中のさまざまな場所から、作右衛門の声が響いてきます。声がするたびに小鷹は翻弄され、切っ先の向きを変えますが、しかし、切っ先を向けた頃には背後から声が聞こえるのでした。
完全に作右衛門の術に落ちています。作右衛門が本気で斬りかかって来れば防ぐのは無理だと、小鷹は思い始めました。

「おいおいおいおい!!もうなんか、諦めちゃってる雰囲気なの?何が仇討ちだよ!笑わせんな!」

小鷹の背後から、斬りかかってくる雰囲気がしました。慌てて切っ先を背後に向けると、作右衛門がにやにやしながら突きを放っています。小鷹、慌てて刀を斜めに構え、突きを左にいなします。

がついぃんっ

小鷹、刀をぎりぎりで受け、逸れた突きが、小鷹の首筋に少し触れながらぎちぎちと震えております。

がつつついぃんっ

そしてなぜか背後でも、同じく刀がぶつかり合う音がしました。
作右衛門の突きを力で押し返しながら、ちらりと背後を見ると、背後にも作右衛門が立っていて、突きを小鷹に向けて放っており、それを誰かが受けているようでした。

「おにい!おらたちで仇とるんやろ?」
小さな熊鷹が、小太刀で、作右衛門の突きを受けながら震えています。小鷹、背中合わせに弟の熊鷹を気遣います。
「く、熊鷹、大丈夫か?」

すると熊鷹、笑って答えました。

「なあに!5つの時、おにいのまんじゅう盗んだ夜、おっかあにひっぱたかれた時の方がよっぽど痛かった!」

小鷹、それを聞いて同じように柔らかく笑いました。

「そうか。よし、熊鷹、いくぞ!」

小鷹熊鷹、背中合わせになりながら、作右衛門の刀を弾き返しました。

「おいおい!思い出話なんてしてる余裕あるんだねぇ!じゃ、俺もやっちゃうよ!」

二匹の作右衛門が笑いながらそう言って、高く飛び上がりました。




金長、大きな岩の上に降り立ち、はやぶさからたぬきに戻ります。
後ろを追ってきていた九右衛門、鷲からたぬきに戻り、岩の下に舞い降ります。

「金長、お前の首を俺がとらんと、俺は四天王からはずされるらしい。まったく、迷惑な話だと思わねぇか?人間の恩返しのために位がほしいだの、だから鹿の子さまを嫁にはもらえぬだの、大鷹を殺されたから戦を始めるだの。元締めの言う通りにしてりゃ、大鷹も死なずにすんだのによ。で、俺は四天王をはずされると来てる。迷惑なんだよ。お前。みんな迷惑してるぜ。お前の戦に、付き合わされてよ」

金長は、言い返す言葉がありませんでした。
ただ力なく、肩を落とします。

「ああ…わっちもそうだと思う。わっちと六右衛門の話に、皆を巻き込んでる。この責任は、六右衛門とわっちにあると思う。でも…流れ出した川は、途中で枯れてしまうか、海にたどり着くまで、流れは止まらないんだ。たぶん、六右衛門も同じ気持ちかもしれない。仕掛けてしまったからには、たぬきが互いに大勢死んでる限りは、もう誰にも止められない。海にたどり着くか、枯れるかだ…」

「おい、六右衛門さまがこの戦をやめたいと思ってると、お前は思ってんのか?…そんなわけねえだろうが、鹿の子さまの手前、六右衛門さまはお前を絶対に許さねえぞ」

「…鹿の子さん?結婚を断ることが、小松島のたぬきたちの命を奪う口実になるとは思えない」

「…もうそんな次元じゃねえんだ、ばか野郎。お前は結婚断っただけじゃねえんだよ。もう、お前に後戻りはできねぇ」

九右衛門、刀を抜いて、なにか小声で唱え始めました。刀はみるみる太くなり、いくつか枝分かれしてゆき、獣の牙のように太く長くなりました。もはや刀というよりも、牛一頭ほどの大きさの大きな刃物になっています。

「結婚を断っただけじゃない?どういう意味だ?」

「…おしゃべりは得意じゃねえ、さっさと首をよこせ!」

九右衛門、下から上に刀を切り上げました。すると金長の立っていた岩が、まっぷたつに割れ、金長はバランスを崩します。九右衛門はそのまま横回転しながら飛び上がり、岩を砕き、金長のもとまで昇ってゆきました。金長はバランスを崩したままひゅるりと岩から飛び降りて、すたんと着地をし、九右衛門を見上げます。大きな刃物が金の装飾を施した皿が輝くように、ぎらぎらと朝日を反射して、橙色に輝き天へ昇ってゆくのでした。

「おい、どういうことだ。結婚を断っただけじゃないって」

九右衛門、左右の回転を前後の回転に移し、落下しながら、野生馬に牽かせる車の車輪のように、荒れ狂って金長に向かってきます。金長、一寸ほど身をひいて刃を避けると、金長の背後の小石や土がずたずたに引き裂かれ、その衝撃で生まれた風が、金長や周囲の草木を激しく揺さぶります。

「戦いの最中におしゃべりが過ぎるぜ!金長!」

着地した九右衛門、大太刀を振りかざし、金長に向かって投げつけました。大地と平行に回転しながら、大太刀が金長に迫ってきます。金長飛び上がってそれを避けると、大太刀、急に上昇し、金長に向かってゆきました。金長、慌てて刀を抜いて大太刀を受けます。

ずじじぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢっ!

金長の刀は震え、激しい火花を散らします。しばらく大太刀を受けていましたが、金長突然、大太刀に弾き飛ばされました。

大太刀の力を受けて、びゅるびゅると回転しながら落下する金長。
その金長のまわりに、突然複数の槍が出現し、金長の回転する速度に呼応するように、地面に突き刺さります。

すたたたたたたたたたたたたたたんっ

槍は九右衛門に向けてすべて放たれが、九右衛門は落ち着いた足運びでそれをすべて避けました。金長、回転の勢いを弱めぬまま、刀を両手両足に出現させ、両手足で刀を握り、九右衛門に向かって行きます。

高速で回転しているので、朝日を浴びる金色の球の中心にかろうじて茶色の塊が見えます。

九右衛門、後ろにとびずさり、球を避けようとします。が、背後になにかが当たり、下がれません。後ろには槍が何本も突き刺さり、九右衛門の逃げ場はありませんでした。
九右衛門、急いで小声でなにかを唱えると、宙で回転したままだった大太刀がびゅるりと金長の方へ飛びかかってゆき、その攻撃に正面から衝突しました。

ぎらぎらと輝く皿のような刃物と、金色の球がぶつかり、擦れ、刃こぼれを起こし、まるで花火のようにさまざまな色の火花を散らし、耳障りな金属音を響かせます。
金長の四つの刀で刻まれる大太刀は徐々に回転が弱まり、九右衛門のぎりぎりまで迫ってきました。九右衛門、右側に飛んで逃げ、右手をかざして刀を手元に戻します。

ずざああああああんっ!

着地した金長の周囲は、円形に掘り返されています。

九右衛門、上段に構えたまま、金長に駆け寄り、金長の頭蓋骨めがけて刀を振り下ろしました。
金長、四本の刀を一本に変化させ、九右衛門と同じような大太刀を生み出し、その一撃を受けました。

っぎぐわおおおおおおんっ!

山嵐のように風が吹き乱れ、つむじ風が二匹のまわりにたちのぼりました。金長、両手で受けた刀から片手を離し、脇差しを抜き、九右衛門の腹を裂きました。しかし、鎧を身に付けているので、傷は浅いものです。
金長、そのまま脇差しをムカデと蛇に化けさせて、九右衛門の鎧の隙間に向けて投げつけます。
すると、慌てて刀を手離し、鎧を脱ぎ捨てる九右衛門。
ムカデや蛇を払い、急いで刀を握り構えると、目の前には金長はいません。

汗をぬぐい、周囲をせわしなく見渡します。

すると、足元のムカデの一匹がむくぶくむくぶくとみるみる大きくなり、ムカデから刀が一本、ぬるりと突き出てきて、九右衛門の喉もとへ、しゅるんっ!と向かってきました。九右衛門の両手の隙間から上に突き上げてくる刀です。完全に懐のうちに入り込んだ攻撃は、流石に防ぎようがありません。

やがてムカデの背を破り、金長が出現しました。刃先はもうすぐそこまで来ています。

もはや、ここまでか…九右衛門は目をつむりました。

しゅんっ

金長の刃が空気を裂き、九右衛門の喉元に届こうというそのときです。

ふわっと九右衛門のからだが浮きあがり、金長の刃先はぎりぎりその喉に届きませんでした。

突然の不意打ちに、九右衛門は静かに目をつむっていましたが、喉に痛みが走らないことや、からだが浮いたことを不思議に思い恐る恐る目を開けました。

目の前では、金長が驚いた顔をしています。
九右衛門の体が浮いています。いえ、頭を、だれかに掴まれているようです。
九右衛門、ゆっくりと頭上を見上げると、戦装束に身を包んだ六右衛門が、馬にまたがったまま、片手で九右衛門の頭を鷲掴みにしていました。


金長、素早く後ろに飛び、言いました。

「やっと出てきましたね、元締め」

「お前もな、金長。さて、どこに隠れておった?」

六右衛門は掴んでいた九右衛門を放しました。九右衛門、九死に一生を得て、体に傷がないのかを確認しています。それを視界の端にとらえながら金長が言いました。

「…大鷹が殺された場所にいたんですよ」

「ほう…戦いの最中に終わったことをわざわざ掘り返しておったのか、そうか。しかしかわいそうだったなぁ、大鷹は。お前がわしの提案を受け入れておれば、あんな無惨な死に方はせずに済んだものを。なあ、金長、惜しいことをしたよ。…あ…そうだ、おい、九右衛門」

「は、はい、元締め…」

「お前が金長をやれ。お前が金長を殺せば、お前が次の元締めだ。わかるか?」

「は、はい…で、ですが…」

「言い訳はいらぬ。お前が金長を殺せ。よいな」

「はい」

九右衛門は立ち上がり、大太刀を構えました。
六右衛門、馬にまたがったまま、何やら印を結んでおります。

九右衛門一匹であれば、戦えますが、元締めであり、師匠である六右衛門と九右衛門二匹が相手では、さすがの金長も勝つことはできません。そして二匹がどういう攻撃でしかけてくるのかわかりません。金長、刀を仕舞い、素手で構えています。

三匹が黙り、朝日が照らし、遠くの戦場の喧騒が、届いてきます。
雀が鳴き、気持ちの良い風が吹き抜けます。
一瞬、金長の視線の前を、雀の群れが遮りました。
そこで六右衛門、印に力を込めて術を開始しようとします。

「やあやあ、こちらにおられたか、九右衛門。さ、先ほどの続きをしようではないか」

三匹が向かい合った真横から、一匹の狸が現れました。田浦の太左衛門。六右衛門が放った油を浴びて、川に飛び込んだ狸です。
太左衛門、上半身の着物を半分脱いで、半身をあらわにしております。

「太左衛門さん、とってもいい拍子に現れてくれましたね。まるで大鷹みたいですよ」

「いやいや、九右衛門を追ってあちこち探しておったのですが、なかなかに見つかりませんで。遅れましてすみませぬ。さ、九右衛門、先ほどの戦いの続きをしようではないか」

九右衛門の刀がほんの少しだけ下がりました。先ほど、この太左衛門には、力の差を見せつけられています。その九右衛門の怯えを、六右衛門は感じとり、舌打ちをしました。

「おい、どこの誰だか知らぬが、剣術自慢は人間とやってくれ。わしたちは狸だ。お前は狸らしく戦えぬのか?」

「これはこれは、元締めではないですか。九右衛門の助太刀ではお世話になりました。しかし元締、狸らしく戦うというのは、大鷹一匹に四匹でかかるということを言われておるのでしょうか。もしそうであれば、あなたの言う狸らしくというのは、拙者はどうも好きになれませぬ。拙者は拙者の戦い方をしたく存じます」

「そうか、じゃあ、好きにしろ」

六右衛門はそういい放ち、手を高々とあげて太左衛門に向けて振り下ろしました。
すると天から太左衛門に向けて、真っ黒な塊が飛んできます。
よく見れば、その黒い塊は弓矢の束でした。
数百本の矢が、太左衛門に降りかかります。

すると太左衛門少しだけ体を伏せ、鞘の刀に手をかけ、じっと動かなくなりました。まるで水鳥が水中の魚を突く、その寸前というような空気が身体中から滲んでおります。


しゅざんっ


太左衛門に弓矢が突き刺さるその瞬間、太左衛門の斬撃の残像が、赤く走りました。

ぱらぱらぱらぱらぱら

斬られた弓矢が、太左衛門の周囲に小枝のように落ちてゆきます。
弓矢を半分にしたのではなく、三等分に斬られています。一瞬の間に弓矢を二度斬ったのです。

「金長殿、九右衛門は拙者が」

太左衛門、刀を仕舞いながら背後の金長に言いました。金長、頷きます。

六右衛門、顎で太左衛門の方を指しました。さきにそいつをやれ、という意味のようです。その目の気迫からは「負ければ殺す」というような意識が感じとれました。
すると、九右衛門肚を決めたのか、ゆっくりと頷いて、太左衛門の方を見ながらじわじわ近づいてゆきます。


向かい合う太左衛門と九右衛門。

九右衛門、大太刀を真正面に構えます。
大太刀よりも短い太左衛門の刀は、間合いに入らなければ九右衛門を斬ることができません。だから大太刀を盾とし、そして矛として使っているのです。

「九右衛門よ。戦いでは何が勝敗を決するとおもう?」

と、太左衛門。

「そんなことは知らねえ。勝ったほうが、強いほうだ」

と、九右衛門。

「お、気が合うな。拙者もそうおもう。勝ったほうが、強い、ただそれだけだ。弱くても、遅くても、幼くても、小さくても必ずどちらかが勝つ。強いものが勝つわけではない。だから、拙者はおもう。戦では、運が一番モノを言うのだ。地形、天候、体調、武器、技術、体力、そして運だ。
だから、拙者は、いかにお主が拙者にかなわぬとしても、全力だ」

太左衛門、すうううううっと刀を静かに抜きました。
まるで絹の反物をやさしく取り扱うように。

肚を決めた九右衛門。
大太刀を両手で太左衛門に向けたまま動きません。

たんっ

地面を蹴った太左衛門刹那の後に九右衛門へ刀が届く距離に立ち首をはねようと刀を振りかざしています九右衛門慌てて刀を立て首もとに迫る刀を受けました。

ぢちんっ

刃同士が一瞬触れ、青い火花が散りました火花は九右衛門の顔のすぐそばで散り二振りの刀の刃こぼれからでたそれは九右衛門の顔に降りかかり九右衛門思わず目をつむります。

目をつむったその瞬間、突然軽くなった大太刀。太左衛門の刀の重みが消えたのです。すぐさま目を開けると、すでに目の前に太左衛門はいませんでした。
そして、なぜか、こめかみを強く地面で打ちました。

刃が触れ、目をつむったその瞬間に隙を突かれ、足払いで自分は倒されたのだ。すぐに、上から止めの一撃が来る、あちらが攻撃を仕掛けてくる前に大太刀で足払いをしてやろうと、大太刀を地面と平行に振ろうとしました。が、大太刀が振れません。九右衛門、手元を見ます。
すると、かなり離れたところで、大太刀が握られています。
目をつむったあの一瞬に、足を払われ、大太刀を奪われたのか、それなら立ち上がり、早く大太刀を奪い返さなければ。九右衛門は全身の力を込め立ち上がろうとします。が、体にまったく力が入りません。
術で、頭を地面に縫い付けられたかのように動かないのです。
九右衛門、即座に印を結び、相手の術を解こうとしました。が、印を結べません。手も術で縫い付けられたのか、くそ。
九右衛門、手元を見ました。

しかし、自分の顎の下には、手はおろか、胸も腹も足もありません。

九右衛門、大太刀を握っている者をもう一度見ました。

大太刀を握っていた者、それは太左衛門ではなく、九右衛門本人でした。
九右衛門の首のない体が、大太刀を縦に構え、刀を受ける姿勢のまま、立っていました。首からは、蒸気のように血が吹き上がっています。
その背後には、太左衛門がすでに刀を仕舞って立ち、その血を浴びていました。

ああ、おれはまけたのだ…

目だけで、六右衛門の方を見ました。
彼はなんとも言えない顔で、九右衛門を見つめています。

元締めの六右衛門のその顔を見ながら、九右衛門の意識はゆっくりと沈んでゆきました。

「元締め、すみ、ま、せ」

金長、まっすぐに六右衛門を見据え、言いました。


「…もうああいうのは見たくない。わっちとあんたで終わりにしましょう」

「場を移そう。ついてこい」


太左衛門は九右衛門の血を浴びながら、立ち尽くしています。

「九右衛門。この戦いには拙者が勝ち、お主が負けた。戦は、生き死にがあるだけで、勝ち負けはないのだと拙者は思う。お主の命の重みを背負い、拙者は生きる。戦とは、なんと業の深きものか。戦に勝った者はなにかを背負う」

太左衛門、その場から静かに離れると、どこか遠くの村の鶏が大きくゆっくりと鳴きました。

もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。