「つくね小隊、応答せよ」(42)
好戦的で動きの素早い早太郎。
周囲一帯を燃やすような金色の炎を吐く狐。
まだ手の内を明かしていない金長。
コウモリ女のマナナンガルと、大きな牙と尻尾に刃を持つスィグビンは、数で有利ではあるが、怖気づいたのが見てとれた。
スィグビンは、牙を出して唸りながらも、一向に攻撃しようとしない。マナナンガルも、狐と金長を睨みつけるだけで動きを見せない。
「どうしたんだ、こいつら。怖気づいたんなら逃げればいいのによ」
早太郎がそう言うと、狐が言葉を返す。
「ドゥエンディに逆らえないんじゃないですか?指示されてここに来てる、とか」
金長は少しだけ首をかしげて怪訝な顔をした。
そして、ゆっくりと印を組んで大きく息を吸い、筋肉隆々の大力士に化ける。
森を突き抜けるほどの大きな力士で、周囲で寝ていた鳥たちが、その気配に驚き飛び去った。
狐も早太郎も、まるで花火を見上げるように金長を見上げた。
「おっ!六右衛門との決戦の時の力士姿ですね!!」
「生で見るとやっぱりすげえなぁ!」
興に乗っているふたりを尻目に、金長はスィグビンとマナナンガルを上から睨み付けた。彼らは完全に怯えきっているが、やはり早太郎が言うように逃げなかった。その彼らの姿を見て、金長が確信したように言う。
「狐さん、早太郎さん、恐らく彼らは、わっちらを足止めするためにここに来ています。たぶん、あのドウェンディに、死んでもここで食い止めろ、って言われてるんだと思います」
「足止めってことは…」
狐が金長を見上げると、早太郎が続けた。
「清水たちが危ないっ!狐!いくぞ!金長、ここは頼む!!」
身体を小さくした狐が早太郎にしがみつくと、早太郎は駆け出し、その場から一瞬で姿を消した。
その様子を見つめていたスィグビンとマナナンガルは、恐る恐る金長を見上げる。金長は、にやりとゆっくり笑った。
風のように駆ける早太郎、そしてしがみつく狐。夜のジャングルの草を音もなくかき分け、早太郎が走ったあとには、さらさらとそよ風が少し起こるだけだった。
どごんっ!
早太郎の目の前に、突然大きな足が踏み降ろされた。
早太郎は後ろ足を深く地面に突き刺し、慌てて止まる。
すかさず別の巨人が、二匹を踏み潰そうと足を踏み降ろす。
二匹は別々の方向へ跳び、かわした。
「なんて言ったっけか。こいつら巨人の名前」
早太郎が狐に訊くと、狐は少し考えて、
「たしか、“カプレ”と言っていたような気がします」
と答えた。
「そうですよ。カプレです」
暗闇から、声がした。ドウェンディの声だ。そして彼はゆっくりと姿を表した。
背後に数体の巨人を従えている。
「スィグビンとマナナンガルでは、あしどめすらできませんでしたかな?」
「まあ、そういうことになりますね。あっちは、金長さんがお相手をしています」
「たった一匹で?さすが、力のあるかたはちがいますね」
「おい、そんなことはどうでもいいからここを通してくれ」
早太郎が言い放つと、すぐさまドウェンディが言い返した。
「いいえ。通すわけにはいきません」
狐は素早く周りを見渡し焦りを隠しながら質問をした。先程のスィグビンとマナナンガルは囮で、こちらが主力部隊にしては数が足りない。
「えっと…ショコイという方々が見当たりませんね…?ショコイが彼らのところへ行っているのですか?先日は、手を下すのは私達じゃないって言ってたはずでしたが、もう実力行使ですか?」
ドウェンディは満足そうに笑う。しかし目はまったく笑っていない。
「わたくしたちも、かれらをまよわせるに、かなりのちからをつかうのですよ。
しかしかれらは、しまのにんげんたちからカプレのじゅつをとくほうほうをおそわっていたらしい。
もしかすると、ほかにもいろいろなことをきいているかもしれません。そうなると、わたしたちとしても、めんどうなのです。だから、いろいろとかわったのですよ。まえにもいったように、やまとのへいたいたちやあなたがたは、“いぶつ”なんですよ、われわれにとって」
早太郎はその言葉が終わらないうちに跳び上がり、数体のカプレたちの胸を蹴りながら、あたりを駆け回った。バランスを崩したカプレたちは、夜の森に尻餅をつき、倒れ込む。そして早太郎はドウェンディの背後に、すちゃりと着地して言った。
「俺もあいつの父親にお願いされてなけりゃ、こんなとこ来てねえよ」
ドウェンディは、早太郎に背後をとられながらも落ち着いて、そして徐々に語気を強めながら答えた。
「わたしたちも、あなたがたを、まったくかんげいしていない!!!!」
ドウェンディの顔が真っ赤になり、口も目もつり上がり、歯をあらわにし、怒りくるった顔になった。手のひらを地面に向け、そしてすぐに高く掲げる。
むぐぎぎぎぎぎぎぎぎっ
早太郎の足元が小さくひび割れ始め、先端の尖った鞭のようなものがいくつか飛び出した。
早太郎は素早く跳び上がり、近くの木の幹に四足をついてそれを避けるが、すぐにその鞭は早太郎を追い、その幹に突き刺さる。さらに早太郎は幹への着地と同時に別の方へ跳ぶ。よく見ると、その鞭のようなものはすべて、植物の根だった。植物の根が、寄生虫のような動きをしながら、早太郎のほうへ触手を向けている。
カプレたちが立ち上がり、早太郎と狐を取り囲む。
ドウェンディは両手を地面に向け、そして空に突き上げた。
地面のあらゆるところから、鋭い植物の根が突き出してくる。
早太郎がそれを避けようと飛び上がると、カプレたちが大きな手で早太郎を叩き落とそうとする。しかし早太郎は振り下ろされるその腕に着地して、別のカプレの方へ跳び、胸を蹴り、また別の方へ跳んだ。
根はカプレたちを突き刺せないので、カプレの手前で突然動きを止める。
狐はその様子を見て、金色の光を撒き散らし、
ぶしゅわわあああおおおおおお!!!
と金の炎を一面に吐いた。
炎を受けた根は焼けて枯れるが、すぐにドウェンディは別の根を早太郎と狐に差し向ける。
狐は、炎を吐くのを止め、5本の尻尾を振る。すると、銀色の粉のようなものがあたりにたちこめた。
「早太郎さん、こちらへ!」
狐がそう言ったので、早太郎は狐の方へ跳ぶ。それと同時に、銀色の粉が濃い霧になった。
すかさずドウェンディがたくさんの根を束ね、あたりをぐるぐるとかき回す。
すると霧は渦を巻き、竜巻のようにして消えた。
「にげるばかりではだめですよ、こちらもほんきなのですから、あなたがたも、しぬきでき」
ドウェンディは霧を消してそう言ったが、早太郎と狐を見て絶句した。眼の前に、早太郎と狐が数十匹いたのだ。
「もちろん逃げてばかりではいませんよ。ただ、多勢に無勢なので、いろいろと考えているだけです」
狐の一匹が言った。
早太郎の白と、狐の金色があたりをぼんやりと明るく照らしている。
早太郎と狐を取り囲んでいたカプレが動揺し始めた。自分たちよりも数が増えているので、包囲の意味がなくなってしまったからだ。
狐たちが早太郎の周りを囲み、小さく火を吐く。いつでも火を大きくできるように臨戦態勢を取っているのだ。そして早太郎たちは、いつでも外に飛び出せるように、後ろ足に力を込めている。
ドウェンディが冷ややかな目で、狐と早太郎たちを見つめながらぼそぼそとつぶやく。
「ドウェンディのいちぞくは、このもりをまもるため、ひとつになった。わたしのなかにほかのドウェンディが入っておるのだ。わたしは、ひとつではなく、ドウェンディすべてだ。ゆえに、くさのね、きのね、つち、いし、すべてのかんかくがわたしのなかにある。おまえたちはにせものだと、くさきがつげる」
ドウェンディは自分の胸の前で、手を掲げ、そして拳を小さく握りしめた。
血管のように木の根や蔓が地面から飛び出し、早太郎と狐たちを取り囲み、ぎゅるりと一瞬で小さくなった。
早太郎と狐たちは、逃げる場所もないまま、木の根の網に締め付けられ、消えた。まるでそこには最初からなにもなかったかのように。
カプレたちが、ドウェンディに快挙に歓声をあげたが、
「やつらはにげた…おうぞ」
ドウェンディは顔中の血管をたぎらせ、歯を噛み締めてそう言った。
早太郎の背中につかまる満月色のちいさな狐が、興奮して言う。
「や!やっぱりすぐに見抜かれちゃいましたね!」
早太郎は3人のいる滝壺の方へ駆けながら、背中の狐に答える。
「いや、どっちにせよあのままじゃあぶなかった。それに、戦って無駄に体力を消耗するより、ああやって逃げるほうがいい」
滝壺のそばに到着し、茂みの影から覗き込むと、3人は気持ちよさそうに眠っている。
「まだだれもここには着いてないみたいだな」
早太郎が鼻を利かせながら言うと、狐が滝壺を凝視しながら答える。
「いえ。滝壺の中に数匹いるみたいです」
早太郎も滝壺に目を細めると、月明かりを浴びる滝壺の中に、何匹かの生き物が、じっと3人の様子を窺っていて、鱗や水かきが、月明かりを反射している。
「やはり、ショコイ、ですね」
狐が続けて言うと、早太郎が身を乗り出す。
「よし、じゃあ俺が行って蹴散らしてくる」
そう言った早太郎の前に狐が一歩踏み出す。
「いえ、ここは、何か大きな音を出し、3人を起こせば、ショコイたちは逃げていくでしょう」
ショコイたちが、音を立てぬように、水辺から陸に上がってくる。
眠っている三人を水辺に引きずり込み、溺死させようとしているらしい。
「なるほど、そんなら、俺が吠えてやろう」
早太郎が舌なめずりをしながら言うと、狐は両手で耳を塞ぎ、困った顔をして頭をさげた。お願いします、という意味のようだ。
早太郎が大きく息を吸うと、上空から大きな音が連続で響いた。
ぱしゅー!
しゅこんっ!
ぱんっ!
ぱしゅーっ!
しゅこんっ!
ぱんっ!
ぱしゅーっ!
しゅこっ!
ぱんっ!
米軍の夜間哨戒機が、照明弾が打ち上げられたようだ。いくつかの照明弾が水色の閃光を発しながら、上空から地上に落ち、あたりは真昼のように明るくなる。
眠っていた三人が起きあがると、ショコイは突然の出来事に慌てふためいて、急いで滝壺に飛び込んだ。
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