ゲッベルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白

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ブルンヒルデ・ポムゼル(1911~2017)
ナチス・ドイツの政権下で国営放送局・宣伝省にてタイピストを務めた人物だ。
宣伝大臣ゲッベルスと近い場所で過ごした数少ない人物である。
本書は、映画「ゲッベルスと私」の撮影に向けてのインタビューを土台に作られている。

最初の職場はユダヤ人が経営する高級衣料品店を経営する会社だった。
次の職場は、保険の仲買をしている近所のユダヤ人のもとで働いた。
当然ユダヤ人に敵意など持っておらず、ユダヤ人の友人もいた。
ナチス・ドイツの政策どころか、そもそも政治に興味をもってすらいなかった。
当時の恋人にゲーリングやヒトラーの演説に連れて行かれたが、彼女にとっては退屈でしなかった。
1933年、その恋人から紹介された人物のもとで劇場で働き始め、彼が国営放送局に転勤するのについていくことになった。局で働くにあたり、勧められるがままに彼女はナチ党員になった。
1942年になると宣伝省へと移ることになり、ここでゲッベルスの下で働くことになった。
そして1945年、ナチ党員・宣伝省の職員として終戦を迎えることになる。彼女は抑留され、1950年に自由の身となった。

彼女はこう語る。
「私には、何も罪はない。政権の実現に加担したという意味で全てのドイツ国民に罪があるという意味なら、話は別。そういう意味では、私も含め皆に罪があった。」
政権の中枢にいたわけではない彼女に罪を着せるというのは、違和感がある。一方で、全てのドイツ国民に罪があるというのはある意味誰にも罪はないというのと同じように聞こえる。

彼女が教えてくれる教訓は何だろうか。
一番感じたことは、「無関心は罪である」ということ。
彼女はナチ党員になり宣伝省で働いていたが、ナチスを支持していたわけでも何でもなかった。政治に無関心で、たまたま行き着いた仕事が宣伝省であったというだけである。その過程で、深く考えることもなくナチ党員になっている。
多数の人間が無関心であれば、少数の熱狂的な支持者の声が世間の声となってしまう。彼女は積極的にナチスへの支持を表明していたわけではない。しかしこれは、消極的支持と同じ意味を持ってしまう。
世の中で起こっていることに関心を持ち、自分だったらどうするか・どう思うか・どう考えるかー思考停止をすることなく、考え続ける必要があるだろう。そして、自分の意見を表明する必要があるだろう。表明できるときに表明しないと、気づいたら表明する場が奪われてしまうかもしれない。

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