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LEONE #2 〜どうかレオネとお呼びください〜 序章 第1話 2/2



急ぎ足でボスが尋ねた。同じく急ぎ足で歩いていたルチアーノは、軽く肩をすくめた。

「義体技術の権威です。信用できる者には違いない。レンスキーが選びに選んだようだし、金で口封じもしているから」

レンスキーとは、レオネ家の執事長、レンスキー・モレッティのことである。

歩みを止めずにボスは鼻で笑った。

「何か起こった場合はレンスキーから殺せばってことだな。手術時間はどのくらいだ?」

「長ければ3時間。あの医者、人工心臓手術くらいは目をつぶっても可能だと、自信満々です」

「よし。手術が失敗すればレンスキーの次はその医者も殺すように。公安の様子は?」

「公安?」

ルチアーノの足が止まった。少し前にボスも足を止め、額に皺を寄せながらルチアーノに目を向けた。

ルチアーノは怪訝な視線をボスに向けていた。

「何の公安ですか?」

「……おい、ルチアーノ。」

ボスは軽くため息をつきながらルチアーノのほうに振り向いた。

「万が一、俺が手術室にいる間、公安がここに攻めてきたらどうする。目覚めてから目に見えるのが『SIS(Safety of Inter-Stella・宇宙公安局)』監獄の天井だったらどうするつもりだ」

「まったく、心配症もそこまでいくと病気です。ボス、ここが町中の病院ですか?」

今彼の前にいるのは不満げな顔で腕組みをしている彼のボスだが、それでも今回はルチアーノが鼻で笑う番だった。口を開けようとするボスに対して、ルチアーノはボスの頭の2倍くらいのサイズの左手を突き出して彼の話を遮った。と同時に彼は右手を上げ、廊下の壁全体に掛かった長いガラスの窓を指さした。

ボスは相変わらず不満げな顔で、ルチアーノの指さしている方に視線を向けた。

廊下の壁を埋め尽くすほどの巨大なガラスの窓。

その窓の向こうには果てしない漆黒の闇と、その闇の中に無数に光っている星たちが、言葉通り宇宙が広がっていた。名前の知らない星雲は真っ黒い海の中に咲いた海霧のように揺らめいて、遠くの星々は灯台の光のようだった。

厳密にいえばそれはガラスの窓ではなく、外の景色をそのまま投影しているスクリーンだったが、それでも感傷的な人ならば間違いなく圧倒される風景であった。

しかし、その窓の前に立っている二人は犯罪組織のボスとNo.2で、どうにも感傷的な人間とは程遠い部類だった。若いボスは何の興味もないといった表情で、再び彼の忠実な部下の方に顔を向けた。

「それで?」

忠実なルチアーノはもどかしい顔で自分の胸をドンドンと叩いた。

「ボス。ここは我らの旗艦でしょ! 我々は宇宙に、完全武装したアスファリタル級宇宙戦艦の中にいるんです!」

「そんなのは知ってるよ。ルチアーノ」

ボスは大きく首を振った。

「いいだろう。君の言うとおり俺たちは病院の中にいるのではない。しかしルチアーノ。だったら俺たちを狙っている公安は、町中の病院がお似合いな奴らか? 宇宙戦艦の代わりにぼんこつのパトカーに乗って、プラズマライフルの代わりに空砲の拳銃で武装している、そんな奴らなのか?」

「そうは言ってません」

ルチアーノがぶっきらぼうに答えた。ルチアーノの気持ちが穏やかではないと気付いた時点で、48の銀河系の人の90%は口をつぐむだろうが、残念ながら彼の若いボスは残り10%の中でも最も無頓着な1%だった。

ルチアーノにとって幸いだったのは、彼のボスが3時間にわたる手術を前に、万一の時に自分の代わりになるNo.2の気分を害することはあまり役に立たないと判断したという点だった。

ボスは笑顔を作りながら、肩の力を抜いた。

「おいおい。ルチアーノ。忠誠的な我が友よ」

ボスの手が軽くルチアーノの肩を叩いた。彼はとても落ち着いた、少しも怒りや嫌みのない声でルチアーノに説明した。

「何が言いたいかはわかる。俺たちは今『アニキラシオン』の旗艦内にいて、俺の側には『SIS』が最も恐れている凶暴な男、ボッシ・ルチアーノもいる。きっと今、俺はこの宇宙のなかで一番安全なファミリーのボスなはずだ」

「……だから、どうしろというのですか?」

ルチアーノは相変わらず、不機嫌そうな顔で答えたが、ボスは派手な顔にふさわしい明るい笑顔とともに頭をうなずきながら話を続けた。

「しかし俺は、3時間にわたって夢の中で旅をしなきゃいけない者として、万一のことに備えてもう少しだけ用心深い警戒手段が欲しいわけだ。例えば予備の艦隊をもっと近い所に待機しておくとか……」

「それはもうやっています」

「そう、だからすでにやってることで、例えばここからだと『第三艦隊』が一番近いから……えっ?」

意外な返事にボスは一瞬言葉を失った。ルチアーノは少し意気揚々とした顔で口を開いた。

「それくらいはすでにやっています。『第三艦隊』がすでにここに向かっています。多分、もう少しで一時間内の距離に入るはずです。満足しましたか、ボス?」

「あ……あぁ」

ボスはポカンとした顔で、意気揚々としているルチアーノの顔を見つめ、再び窓の外の宇宙を見て改めてルチアーノの顔を見つめた。その間ルチアーノは照れくさそうに咳払いをしながら立っていた。

ボスは少し沈黙してから、決まりの悪そうな表情でルチアーノに手を差し出した。

「やるじゃないか、ルチアーノ」

「たいしたことではありません」

ルチアーノは肩をすくませながらボスが差し出した手を握った。ボスはルチアーノの手をがっしりと握り返した。

「いやぁ、ルチアーノ。正直なところ、君の忠誠心や行動力は素晴らしいが、細かい気配りに関しては少し足りないところがあった。だが今日は医者と手術のことから、保安対策も完璧だ。そう、言葉通り……」

「私が少しアドバイスしてあげたのよ」

ボスはルチアーノの手を離した。そしてすぐにボスとルチアーノは声が聞こえてきた廊下の向こうに体を向けた。

あのボッシ・ルチアーノですらできないこと、『アニキラシオン』のボスの話に口を挟むという行為を犯した勇敢な声は、驚くことに女性であった。

二人の男が体を向けた方向には、魅惑的な容姿に、黒いロングヘアーの30代くらいの女性が立っていた。 

先に動いたのは若いボスのほうだった。彼は口元にかすかな笑みを浮かべながら、女性に近寄り丁重に頭を下げた。

「いらしていたのですね、レディータリア」

女性もまた、笑顔で若いボスの手を握った。

「元気そうで何よりだわ。セロン」


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著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」

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