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LEONE #33 〜どうかレオネとお呼びください〜 一章 第6話 1/4


1章:The Good, The Bad and The Ugly

第6話 カウボーイ(2億GD)の夜 パート1


「バーテンダー。バカルディをもう一杯」

バーテンダーは何も言わず、セロン・レオネが差し出した杯を受け取った。彼が黙々とグラスに酒を注ぎながら、自分のすべきことをしている間、セロンは憂鬱な顔で椅子の下に置いたカバンを見下ろした。

2億GDが入ったカバンだった。

(ふう……この義体、酔うことはできないのか。)

彼女はいたずらに金が入ってるカバンを足でちょんちょんと蹴った。

紙幤で詰まっているせいか、少しも動かなかった。セロンはそのカバンを少し見たあと、首を回してバーテンダーが差し出した杯を受け取った。

今セロン・レオネが座っている場所は、昼間に道を聞くために立ち寄ったパブだった。彼女が物理的に去勢を試した酔客はすでにどこかへ消え去った後で、パブにはバーテンダーとセロン、ふたりだけだった。

それが、セロンが敢えてこのパブを選んだ理由でもあった。

いくらセロンでも、少女の肉体で、人で混んでいるパブに、それも2億GDが入ったカバンを持って入る勇気はなかった。

幸いバーテンダーは何も言わず、黙々とセロンの注文を受けた。セロンは九杯目のバカルディを飲み込み、苦労した今日一日を振り返った。

まあ、それなりには……順調……だったけど。

なんとかあの騒ぎの中で生き残り、目的とした金も無事に受け取った。とにかく彼女は今、2億GDが入ってるカバンと、まだ10億近く残っている秘密口座のクレジットカードを手に入れたのだ。

ただ、その過程で気が滅入りそうな屈辱的な目にあったけど。

「……だから、僕が何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」

セロン・レオネは泣きそうな声と共に、カウンターの上にうつ伏せになった。

予定通りなら、今ごろカバンをビル・クライドに渡して、このクソみたいな星から離れるべき彼女だった。

ところが、保安官事務所を探すために入った有人案内所で、今日はもう他の星への旅行便がないことを知らされた。

結局、重い気持ちで町をさまよい、入ったのがこのパブだった。

真っ暗な闇に包まれたメインストリートで光が漏れている唯一のパブ。何よりも客が他にいなかった。

うまくすれば、ここで夜を過ごすこともできそうだった。

明日の朝早く警察署に寄った後、すぐにでも空港に行けば、旅行便の時間を合わせることができるはず。それで、バカルディを注文して飲み始めたが……義体であるせいなのか、酔いは全然なく、代わりに銀行で受けた屈辱的な記憶だけが次々と浮び上がった。

(考えるほど気持ち悪い。)

深くため息をついて杯をにらんだ。

あのいかれた女とクソのような支店長。自分が本来の体だったら、地面に伏せて頭も上げられなかった奴らが……。

ボスコノビッチ博士を見つかるまで、このような屈辱をどれほど受けなきゃいけないのか、見当もつかなかった。

その時、低い声がセロンの耳をかすめた。

「お嬢ちゃん」

セロンはそっと顔を上げてバーテンダーを見上げた。

ただ黙々とコップを磨いているだけ。視線もこちらを向いてなくて、口も閉じたままだだが、ここで彼女に声をかける人は彼だけだったから。

「……あんた喋れたんだ」

セロンは嫌みが込めた言葉を渡した。バーテンダーはカップをふき続けながら言った。

「銀行には無事に行けたようですね」

「おかげさまで! ひどい目には遭ったけど」

わざと愉快な口調で付け加えた後、セロンは再びバカルディを口に含んだ。珍しいことに、バーテンダーはかすかに微笑んだ。

「……さっきの彼のことを考えてみると、お嬢さんがひどい目に遭うのは想像もできないのに」

「何を、ひどい言い方だね。ご老人」

かっきりとした音とともにセロンの杯がカウンターの上に置かれた。暗い表情でメイドの服を引き、セロンはつぶやいた。

「こう見えてもか弱い十六歳のお嬢さんなんだよ。このクソみたいな体がね」

「そうか、失礼しました。確かにこの惑星は、お嬢ちゃんみたいな人に似合うところではないな」

「そう、そうだよ」

少女はそっと後ろに首を反り、パブの天井を眺めた。灯りのない古いシャンデリアが目に入った。

「『ロマンと冒険の惑星』……ここに来て見たのは、砂風とネズミ一匹も歩き回らない中心街。あるのはごろつきと娼婦だけいっぱいいる裏通りくらいだ。一体どんな自信で、冒険やらロマンやらを言うのが分からない」

「フム。それ以外にももう一つ見たものがあるはずです。『ロマンと冒険との惑星』という名はそのせいでつけられたもので」

「うん? あ、そうだな。」

セロンは鼻を鳴らして、再び体を立ち上げた。

「そう、あのふざけたカウボーイもいたね。それがここの名物なのか?」

「そう」

バーテンダーはうなずきながらセロンのグラスを持って行った。

「とてもとても伝統のある名物です。この町とカウボーイは切っても切れない関係だから」

「西部劇の専門撮影地でもあるのか? バカルディもう一杯」

「いや、そんなのじゃない。“本当のカウボーイ”です」

グラスにバカルディが注がれた。彼を見つめながら少女は聞いた。

「“本当のカウボーイ”?」

「……見ての通り、この惑星は人が住めるくらいの大気環境はあるけど、その代わり惑星全体がほとんど赤い砂漠です。都市と言えるところはここだけ。その他には開拓村や浮浪者の隠れ家が惑星全体に散らばっているだけです。だから昔から犯罪者が忍び込むには都合がよかった」

「……」

やがて零れそうな杯が再びセロンに渡された。セロンはすぐにそれを受け取った。ただし、今回はすぐに飲まなかった。

「それで?」

「……犯罪者たちがやってくるから、その犯罪者たちの後をついてまわる者たちもこの惑星に来ることになった。昔は私もその中のひとりだったし。そして彼らを狙った商人たちもやってきて、その結果この都市ができたのです。だから結局、この都市は彼らのための都市です」

「……ご老人。彼らというのは、ひょっとして……」

「“カウボーイ”」

バーテンダーは無感覚な声で話しながら振り返った。

「知らなかった? この町で、それは“賞金稼ぎ”を指し示す俗語です」

バーテンダーは再びカップをふき始めた。

セロン・レオネはバカルディが入ってる杯を見下ろした。酒に映っている綺麗な少女の顔を眺めながら、彼女は必死で考え込んでいた。

衰退した観光地、せいぜい単なるスラム程度だと思った。歓楽街、静かな通り、どこか変な保安官たち、裏通りの騒ぎ。

なのに、バウンティーハンターの町だと…。

セロンは静かに下唇をかんだ。

落ち着かなきゃ。

一人はぐれた『アニキラシオン』のボスは、確かに賞金稼ぎにとっては好ましい餌のはずだ。しかし今の自分は、ただの哀れな少女に過ぎない。多少目立つ格好をしていて、多少目立つ容貌を持っていて、多少目立つカバンを……。

クソッ。

セロン・レオネは手を伸ばしてグラスを握った。口元に持っていき、あっという間に一杯をきれいに平らげた。

「……金はここに置いとく。ごちそうさま」

バーテンダーは背を向けたまま、軽く手を上げてあいさつをした。しかしセロンに彼に気を使う余裕はなかった。ぱたぱたとカバンを手にし、コートをしっかりと開けて街に飛び出した。

いくら賞金稼ぎの都市だと言っても、彼らは自分を『アニキラシオン』のセロン・レオネだということには気づかないだろう。

しかし、だからといって油断はできない。元来賞金稼ぎという人種は、通りのごろつきとあまり違わない荒っぽい奴らなのだ。

あからさまに犯罪を犯すことはないと思うが、それでも分からない。

ひとりの少女が銀行に押し入り、2億GDを引き出していったという噂でも聞いたら、不純な心の持ち主がひとりくらい現れても不思議なことではない。

「クソぉ……」

セロン・レオネは固い表情で暗闇の町を見回した。依然として静かで、いまだにひとりの人影もいないメインストリート。使い道が分からない、画面が消えた巨大な電光板。

もちろん、遠く離れた裏道では、騒々しい騒音と、空にまで漏れてるネオンサインの光が輝いていた。しかしそれは、彼女が裏道に入らない限り、大きな問題ではない。

(落ち着こう。)

セロンは辛うじて胸を落ち着かせた。

(そう、なるべく早くどこかのホテルに入ろう。)

よく考えたら、むやみやたらに街を歩き回らなければ、関わりも生まないはずだ。いくらなんでもまさか、ホテルの部屋を一つひとつ調べながら、餌を探そうとする賞金稼ぎはいないだろう。

(そうだ。そもそも今の自分に懸賞金がかかっているわけでもないではないか。)

セロンは深呼吸をした。

ゆっくり息を吸って、吐いて、カバンを持っている手に力を入れた。

そして。

「ウイいいいいいいいいいいん―」

どつぜん、サイレンの音が響いた。

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著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」

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