LEONE #47 〜どうかレオネとお呼びください〜 一章 第10話 3/3
クライドの話に誰よりも先に反応したのはセロンだった。
「ビル・クライド、てめえ……!」
ここまで来て、また私に侮辱を与えるつもりなのか。
セロン・レオネは怒りに震えながら、彼を振り払おうとした。しかしクライドの握力は、それを許さなかった。彼はもっと固くセロンを引き、押さえる代わりにセロンの顔に自分が取り出した紙切れを押しつけた。
セロンが鋭い声で叫んだ。
「なんだこれは!」
「俺たちの契約書だ、お嬢さん」
クライドはセロンを眺めもせず答えた。
「お嬢さんにはよく分からないことだろうが、賞金稼ぎというやからはいつも契約書にサインをしてもらわないと契約が終わってないと考える。だからお嬢さんには、ここにサインをしてもらわなければならない」
「このクソ野郎……。今、僕とふざけたいのか?」
「いやぁ」
その話の中、やっとクライドはセロンを振り向けた。そしてふたりの目が合った瞬間、怒りで体を震わせていたセロンは、一瞬呼吸を飲み込んだ。
今まで経験しなかった、冷たい殺気。
いや、経験したことはある。
“銃を持っている相手に勝手に振る舞うな”と言って自分に脅しをかけた時、ただの邪魔者、それ以上でもそれ以下でもない存在として自分を扱ったあの時の眼。
あの時と同じく、セロンは歯を食いしばって話を飲み込んだ。怒り、もしくは恐怖のせいで震える手で、クライドが差し出した紙を手にした。
彼女には選択肢がなかった。
「よし」
クライドは首を縦に振った後、カウボーイたちの方へ視線を向けた。何回か咳払いした後、彼は再び愉快な声で叫んだ。
「今見たように、このお嬢はとんでもない悪質だ。名門家のご令嬢だからって、その目線は空の上から見下ろしているし、そのくせに口癖はカウボーイなんかは相手にならないほど汚い。おい、そこのおまえ! ちゃんと聞けよ! 俺は今、この悪質なお嬢さんを護送することになるお前らのかわいそうな人生のために助言をしてあげてるのだ」
クライドに指摘されたカウボーイは、唇をひくひくさせながら自分の仲間の顔を見た。その仲間は肩をすくめながら、また別のカウボーイにどうするのかというような視線を送り、その視線を受けたカウボーイも他の同僚に視線を送った。
結局ビル・クライドが少女の悪口を長々と並べている間に、すべてのカウボーイたちはぼんやりとした顔でカルビンに顔を向けるしかなかった。
しかしカルビンは、彼らが待っている命令を下さなかった。だからといってビル・クライドのくだらない悪口に耳を傾けることもしなかった。
カルビンは、はじめからずっとセロンの顔だけを眺めていた。
「信じられるか? この娘は、爆発の中から逃げ出す時も、自分のことだけを考えていたんだ! 俺の命が危ないのはこれっぽちも構わずに……!」
(こいつ何を狙っているんだ?)
カルビンは確信した。
彼が知っているビル・クライドは、そういう男だった。
いつどんな状況からでも、安全なフルハウスより、その先のストレートフラッシュを狙う男だった。
そうでありながら、決してポーカーフェースに気づかれない、彼が知っている誰よりも危険な“ジョーカー”’だった。
おそらくビル・クライドの顔を見ただけでは、彼の考えを読み取ることはできない。しかし、今回は彼の戯れに遊ばれることになる、もう一人の人質がこの場にいた。
だからカルビンは、最初からその少女の顔だけを見つめていた。
彼女は歯を食いしばって肩を落としたまま、あの“契約書”を手にしていた。とても悲しそうな顔で、その内容を読み続けた。
そして、動きが止まった。
彼女は呆然とした表情で、ビル・クライドの顔を眺めた。
「クズ、ナマゴミ、箱入り娘、アスファルトなみのぺったんこ……」
ビル・クライドは彼女には一切顔を向けずに、彼女の悪口ばっかりしゃべりだした。彼女は契約書に再び目を向け、また最初から読み始めた。一回、二回、三回……。
(やっぱり、何かがある)
カルビンはまた銃を引こうとした。これ以上ためらう理由がなかった。何かが起こる前に、せめてビル・クライドでも処理しておくべきであった。
しかしその時、少女が怒りに満ちた、まるで悲鳴のような叫び声を上げた。
「ビイイイルクライドオオオオオオオオオ!!」
あまりにも突然の叫び声に、カルビンはピストルの手にしたまま固まってしまった。他のカウボーイたちも驚いて少女に顔を回した。
少女は真っ赤な顔でクライドをにらみながら荒い息を吐き出し、ビル・クライドはそんな彼女にゆっくり顔を回し、歯をさらけ出しながらニッコリと笑った。
「どうするつもりでしょうか? あーん? お嬢様?」
少女はもう、その場の全員に聞こえるレベルの歯ぎしりをしていた。
「こ、こ、こ、このクソムシが……!」
「うんうん。それはとてもなじみのある呼び名だね。それで? どうするつもりでしょうか、お嬢様? うん?」
「うるさい! ペンをよこせ!」
最後に少女が叫びを上げた。
クライドは素早い速度でポケットからペンを取り出して彼女に渡して、彼女は目をぎゅっと閉じてペンを動かした。
クライドは彼女の手から紙を取って、満足した表情で顔を頷いた。
「なるほど、ふむ。セイリン? お美しい名前です。お嬢様」
「セイリンではない……いあ、いい。このクソムシやろう……」
少女は頭を抱え込んだまま、その場に座り込んだ。それに比べてビル・クライドはとても意気揚々とした表情で、鼻歌まで口ずさみながら、契約書とペンを胸のポケットに入れた。
カルビンが後になって銃を向けたはその時だった。
「ビル・クライド! 今はその娘と争っている場合ではないはずだ!」
クソ、小娘のせいでタイミングを逃したな。
油断していた自分を責めながら、カルビンはクライドを照準した。
その後すべてのカウボーイたちが彼に続いてクライドの方に銃口に向けた。弾はすでに装填されていた。ただ引き金を引くだけで弾丸は飛んで行き、クライドを貫くはずだ。
そのはずだった……。
彼が少女を盾にしていなかったら。
無理やり押されたように前面に出された少女は、再び激怒した。
「この野郎、殺すぞ! この場さえ抜けだしたら、コンクリートに埋めて沈めてやるから!」
「あ、そういえば先ほどの話の結論を出さなかったな」
少女の背中から、クライドが微笑んでいた。
「今の言葉からもわかるはずだけど、確かにこの嬢ちゃんは悪質だ。途方もない悪質だな。しかし、たった一つだけ取り柄がある」
「……ほお、それは何だ、ビル・クライド?」
他のカウボーイたちがどうすることもできなくなっていたその瞬間、カルビンだけは余裕を持って笑いながら、クライドの言葉に同意した。
もちろん本当に余裕があるからではなかった。その瞬間にもカルビンは、必死で少女の向こうのクライドに照準を合わせていた。
彼は『ペイV』最高のカウボーイで『ペイV』最高の射手だった。
彼には少女の向こう、クライドだけを正確に当てる自信があった。
もう少しだけ、時間を稼げたら。
もう少しだけ、この騒ぎの中から震えを収めることができたら……!
「さあ。過程はどうであれ、このお嬢ちゃんは今こうやって2億GDを持ってきただろう?」
クライドが笑いながら言った。 カルビンも同じく笑いながら答えた。
「なるほど。せめて約束は守ることができるお嬢さんだということなのか?」
「いやぁ」
クライドは首を横に振った。
「このお嬢様の唯一の長所、それは」
できた。
カルビンは目をむいて、指先に力を入れた。
引き金を引こうとしたその瞬間。
ビル・クライドは、はしゃいだ声で、ポケットから何かを取り出して床に投げつけた。
「とんでもないレベルのお金持ちだということだ!」
そして鼓膜が千切れそうな轟音とともに、ものすごい明るさの光がみんなの目を覆った。
ビル・クライド、 ただ彼だけを除いて。
著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」
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