母が残してくれた最期の言葉
2023年11月18日に母が旅立ちました。
亡くなったと連絡があった前日の8時48分に(山口で1人暮らしをしている)母からメールがあり、今日からストーブをつけたよという内容とともに、「楽しみをみつけて毎日元気に過ごしているよ」という普段どおりのメールが送られてきました。
このメールが、後になって分かったのですが、母が亡くなる直前の、そして最後のメールでした。
母の友人が、家の外で倒れ、亡くなっていた母を発見してくれました。
病気一つしなかったのに、あまりにも突然で、もう2度と母と話すことができないんだと思うと寂しくてなりません。
当たり前のように一緒に過ごしてきた何気ない日々が、もう後戻りのできない幸せな日であったのだと今さらながら気づき、ああしてあげればよかったとか、あんなこと言わなければよかったとか、後悔しかありません。
母は自分自身に万一のことがあったときに備えてエンディングノートを残してくれていたのですが、自分が亡くなったときに、私が話すことになる喪主の挨拶の言葉まで、母自身が書いて残してくれていました。
それが2年前くらい。
私が「自分で書いたの?」と笑って言うと、「なおちゃんが困るといけんから、ママが亡くなったときはこれを読んでね」と言って渡してくれていました。
そのときは、まだまだ先のことだと思って笑っていたのに、こんなに早く喪主の挨拶をする日がくるなんて思ってもいませんでした。
社交的だった母の葬儀には、想像していた以上にたくさんの母の友人、近所の人、親せきの人が参列してくださいました。千葉から山口へかけつけてくれた人もいました。
葬儀に来てくれた人は皆、「〇〇だったとき、お母さんに助けられてね~」とか「体の具合が悪いとき、お母さんがいつも〇〇の病院まで車で連れていってくれたんよ」とか「入院していたとき、お母さんが毎日のようにお見舞いにきてくれて・・・」とか、ただただ明るいだけで友人が多かったわけではなくて、困っている人がいたときには、いつも声をかけたり、助けたりして、周りの人を大切にしてきていたんだと初めて知りました。
そんな母を誇りに思います。
母が亡くなった日、実家に戻ると、台所のいつも目にする場所に、母の字でこんな貼り紙がしてありました。
2023年9月6日と書いてあるので、少し前に書いていたようでした。
昨年の夏は父が亡くなり、今年の春は義父が亡くなり、そしてこのたび母が亡くなり、母が書いたこの言葉のとおり、人の人生はいつ終わりを迎えるか分からないということを実感しています。
私もこの言葉を胸に刻んで、一日一日を大切にしながら、残りの人生を生きていこうと思います。
ここまで、読んで頂いて本当にありがとうございました♡
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