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欧州の動きによって変化する周辺国のIT法制度設計

AIの活用検討が進む中で、データ保護法とのバランスは避けて通ることができなくなってきています。

今回はIT法学に長年携わり、現在はイスタンブールビルギ大学ロースクールの学部長も務めるLeyla先生にこれからのIT法とテクノロジーの関係、そしてIT法の制度設計の話をお伺いしていきます。

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Kohei: 今回のPrivacy TalkはトルコからLeyla先生にご参加頂いています。先生はIT法学分野でテクノロジーと人権の専門家として活動されています。Leyla先生、本日はご参加頂きありがとうございます。

このインタビューを通して先生の取り組みを読者の方に知ってもらう機会になれば嬉しいです。改めまして、本日はお時間を頂きありがとうございます。

Leyla: インタビューに招待頂きありがとうございます。インタビューの中で、色々とお話しできることを楽しみにしています.

Kohei: ありがとうございます。インタビューに入る前に先生の紹介をさせてください。

Leyla先生はトルコのイスタンブールビルギ大学ロースクールの学部長を務められています。2004年にIT法学研究センターを立ち上げ、トルコ政府のデジタル化、デジタル政府、情報社会プロジェクト関連部署と数多くの取り組みを実施してきています。

トルコ政府のデジタル化、情報社会評議会のメンバーとして、電子署名、Eメール、トルコの新商法の委任立法等のIT関連の法制度の制定を関係部署と連携して進めています。その中には、データ保護法やガイドラインも含まれます。

先生は2010年にイスタンブールビルギ大学内にIT法機関を立ち上げ、それ以外にはハーバード大学バークマンクレインセンターのアカデミックイニシアティブであるネットワークオブセンターで代表、2015年にはバークマンクレインセンターのコホートのフェローを務めています。

現在は欧州評議会のAIに関する特別委員会 (CAHAI)のトルコ代表、及びUNIDROITのデジタル資産及びプライベート法の運営委員も務めています。

改めまして、本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます。

Leyla: ご紹介ありがとうございます。

Kohei: では早速本日のアジェンダに移っていきたいと思います。先生とはソーシャルメディアを通じてお知り合いになり、サマースクールの講義に呼んでいただいたり、これまでのご活動に関しても色々とお伺いしてきました。良ければ先生が今大学でどういったことに取り組んでいるのか教えて頂くことはできませんか?

IT時代に必要な法学の研究と教育

Leyla: 勿論です、私は大学で1998年からインターネットと法律の分野で活動しています。1990年代からITと法律に関する研究をイスタンブールビルギ大学では世界に先駆けて取り組みを始めていています。

私はいくつかIT法に関する講義を大学で行っています。デジタルトランスフォーメーションやインターネット法、サイバーセキュリティ法、データ保護法等が講義に含まれていて、トップの学生は受講したいコースを選ぶことができるようにしています。

学部生も卒業生もコースを自らの選択で受講でき、学部の授業だけでなくIT法に関するマスタークラスも設けています。その中にはコンピューター法医学やサイバー犯罪に関するクラスも準備していて、講座の内容は欧州委員会が公表する新しい規制の動きに対応するようにしています。今ではオンラインでの受講にも対応していますね。

法律を学ぶ講義に加えて、学生がAIの導入に関して是非の議論を行う場も設けています。議論で実施したケースを紹介しましょう。例えば、大手テクノロジー企業からの買収(買う側)と、大手テクノロジー企業への売却(売る側)をテーマに是非を議論する機会を実施しました。これ以外にもマスタークラスを受講している学生には、様々なクラスを選択できるように準備しているところです。

図:AI企業を買収すべきかどうかの議論

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来年2022年にはトルコのコチ大学とその他のいくつかのイスタンブールに拠点を置く大学と連携してAI研究センターを開設予定で、法テクノロジーと社会をテーマにした博士クラスを開講する予定で進めています。

大学内ではイスタンブールビルギ大学の他の学部との連携も進めています。例えばエンジニアリング学部や心理学、社会学、哲学部と連携を始めています。法テクノロジーは新しい選択コースの一つで、学部生や学部卒業生が法律だけでなくエンジニアリング等も選択できる環境を整えていきたいと思っています。

春学期には学生向けに起業家コースを選択制に加えたいと思っています。このコースは大学内の別の生徒も参加できるようにしたい思い計画を進めています。私はこれからイスタンブールビルギ大学全体で、起業家教育と育成が必要になると考えています。これからの法律家はAIを始めとした新しいテクノロジーへの理解し、法制度への責任を持って関わっていくことが重要ですす。

Kohei: 面白いですね。Leyla先生はインターネット技術の進化と規制の変化を掴んで、これまで数多くの新しい取り組みを実施されてきているのですね。これまでのご活躍を拝見して、何をモチベーションとしてITと法の分野で新しい取り組みを始められているのか気になりました。

時代の変化とともにあるべき法制度の考え方

Leyla: 世界の変化とともに法律の在り方も変わっていきます。社会がデジタル化していくにつれて、規制の在り方も変わっていくのです。法に関する教育も、法体系やシステムも徐々に変わっていく必要があると思います。

社会の変化に合わせて、学生が新しい分野を学んでいくことが必要です。私は大学のコースで学ぶだけでなく、リサーチラボなどの開かれた環境を通じて学ぶことも大切だと考えています。私たちは学生に開かれた環境を準備するために法学部の中で異なる4つのラボを開設し、既にエンジニアリングのラボで導入している考え方を採用していきたいと思っています。法学の世界は閉ざされた環境なので、学生が主体となって開かれた環境を準備したいですね。

開かれた環境を作るために構想していることの一つがリーガルデザインラボの開講です。ラボの活動の中にデザインシンキングの専門家に入ってもらい、これまでの法の考え方とは異なる新しい制度を考える機会を提供します。法に関わる人は幅広く、自分と立場の異なる人たちのことを知る必要があると考えるからです。

これまでの法曹界にいる人たちから学ぶだけでなく、これまで法律に関わってこなかった人たちの視点を学ぶことがより幅広い視点を持った制度設計に繋がっていくと思います。

リーガルデザインラボでは講義や議論の場を通して、法学部の学生に自分と立場の異なる人たちを理解する機会を準備したいと思っています。法や制度設計だけでなく、社会の仕組みの設計に関わる人たちは異なる立場の人を理解し、違いが一体何かを考えることが必要です。デザインシンキングはそういった考え方を育む一つのソリューションだと考えています。

図:デザインシンキングを通じて制度設計を考える

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リーガルデザインラボでは学部で学ぶことができることとは異なるプログラムを準備しています。ラボのコースにはスタートアップから学ぶプログラムもあり、プログラムの中ではユニコーン企業の代表や投資家の方に来ていただいて学生へ話をしてもらいます。.

具体的には起業の成功と失敗の話をしていただきます。特に失敗を共有いただくのは大切ですね。プライバシーイノベーションラボではプライバシーとデータ保護関連のスタートアップに来ていただきプライバシーテクノロジーに関してお話ししてもらいます。

法曹界に求められる多様な視点

最後にデータエコノミーと新しいツールを探求するラボで予定している活動を紹介しましょう。このラボではスマートコントラクトやブロックチェーンの話しに加えて、仮想通貨やトークン、分散型金融のコースを準備しています。新しい分野のテクノロジーをラボのプログラムを通して学び、学んだことを活かして政府機関で活躍できる人たちが出てくる環境に繋げたいと思っています。

トルコの中央銀行を始め、銀行や資本市場を統括する政府の部署では新しいデジタル規制に関する議論を進めています。ブロックチェーンのような新しい技術に加えて、ビットコインやその他の仮想通貨も議論に含まれています。

ラボの講義では政策やポジションペーパーを準備し、政府の議論をサポートするような提言を行っていきたいと思っています。世界各国で新しい技術への規制に関して議論が進んでいますが規制によって制約条件を強くするだけでなく、規制と向き合い実際にプロダクトを生み出すことで新たなイノベーションに繋げていきたいと考えています。

ラボでは特に女性の活躍も支援していきたいと思っています。まずはスタートアップ教育や設立環境を整えていくことが必要だと考えているので、女性の学生起業家の支援も行っていきたいですね。

Kohei: 先進的な取り組みですね。先生のお話を聞いて、私の住んでいる国でもイノベーションに繋がるような新しい試みが学術界からどんどん出てくると良いと思いました。これまでに海外の大学の先生たちが集まる学術的な場に参加させていただいたことがありますが、大学の先生だけでなく起業家を始めとして多様な背景を持った人たちが集まっていてこれまでにない視点や気づきが生まれていたのがとても印象的でした。

新しいものを生み出していくためには、既存の考え方とは異なる手法を考え、物事に取り組んでいく必要がありますね。先生の取り組みは、既存の考え方とは異なる方法でとても参考になります。ここからは次のトピックに移りたいと思います。トルコは欧州と地理的に近いことと、歴史的にも欧州の新しい法制度の動きはトルコのIT法の考え方にも影響があるのではないかと思います。ここ10年近くの欧州の動きはトルコにどういった影響があったのでしょうか?

欧州の動きによって変化する周辺国のIT法制度設計

Leyla: 私たちは欧州が進めている方向性に近い動きで新たな制度設計を進めています。トルコ政府でデジタル分野に携わっている人たちは欧州の大学や企業、政府機関やNGOと情報交換をしながら、欧州がどういった方向に舵を切っているのか理解する機会を増やしています。

私が関わっているネットワークオブセンターの活動は、欧州の動きを共有する場だけでなく、他の国の動向も共有する機会を作るために行っています。

IT法の制度設計を進めていくために、欧州委員会の関係組織と関連性のある欧州の大学とも連携し、現地のNGOや欧州の社会活動家のグループ等との関係性作りも行っています。

図:様々なステークホルダーを巻き込んだ制度設計

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欧州の組織と連携を進めていく中で、現在のIT法の課題を私たちも徐々に理解できるようになりました。欧州域内のデータに関しては引き続き新しい規制が提案されていくと思います。欧州域内では欧州域内に適応した法律の議論が進み、トルコではトルコのIT法の議論が進んでいくことでしょう。

例えば、欧州でデータガバナンス法案が発表されました。この法案はデータを安全に取り扱うためのガバナンスをデータを取り扱う組織に求めるものです。データガバナンス法案以外には、データ法案の検討も進んでいます。データガバナンスとは一体何かを理解することはより一層重要になっていくと思いますね。

欧州ではデジタルサービス法案とデジタルマーケット法案が同時期に提案されています。こういった欧州の新しい法制度の動きに対してトルコでは30近い政府関連の組織が調査を行い、国内の法律へ取り込む動きも始まっています。

ご存知の方も多いGDPRとトルコの法律の関連性もとても重要です。私たちの国でもGDPRに関連する動向を追いながら進めています。

講義で教えるコンテンツも政府が戦略的に取り組んでいる内容に変えて実施するように変えてきています。例えば、イーガバメント戦略やデジタルトランスフォーメーション戦略、最近では情報社会戦略も取り入れています。トルコのAI戦略は欧州と米国の発表した内容に影響も受けていますから各国の動向を講義で知ることはとても大切です。

数ヶ月前に発表されたAI法案はトルコだけでなく、他の国にとっても重要なテーマだと思います。欧州委員会が公表したドラフト法案はAIを法的な枠組みでどのように解釈するべきかを示したことと、AIに関連した課題を明記した点が重要なポイントです。欧州で起きているIT法の変革は直接トルコの法制度にも影響をもたらすものだと考えています。

インタビューは後編に続きます。

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Interviewer, Translation and Edit 栗原宏平
Headline Image template author  山下夏姫

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