広告ビジネスはどのようにプライバシーを取り込んできたか
デジタル広告ビジネスは適切なプライバシー保護が求められるように変化して来ています。
今回は広告の業界団体IABやアドテクビジネスで数多くの経験を持つTimさんにこれからのデジタル広告ビジネスの未来の話を伺いました。
第一回はアドテクビジネスの変化と新しい技術の可能性を聞いていきます。
Kohei: みなさん、プライバシートークへようこそ。今回はプライバシーに関するデジタル広告と新しいテクノロジーの話をしていきます。Timさんはデジタル広告の分野に長年携わってきた専門家です。
なぜTimさんと話そうと思ったのか
Kohei: それではTimさんを紹介します。
現在は、LiveRampというソフトウェアサービス企業(SaaS)でプライバシーと顧客体験のジェネラルマネージャーを務め、特に新しい広告IDに関する取り組みを進めています。
以前は、GroupM (Bannerconnectの買収先)でデジタル戦略、新規事業開発、パートナー連携を進めていました。欧州IAB(ネット広告業界団体)でタスクフォースの立ち上げに携わり、IABオランダのボードメンバーとしても活動しています。
Timさんは、デジタルメディアやテクノロジー分野のビジネスを長く経験され、技術の実装や開発などに取り組んでいます。イノベーションや人材育成のイベントなどで、世界中で数多く登壇しています。 Timさん、今回はインタビューにお越し頂きありがとうございます。
Tim: ありがとうございます。このような場を通じて日本の方にもお届けできて光栄です。
Kohei: はい、それでは早速最初のトピックに移っていきましょう。まず、Timさんのこれまでの活動について聞かせてください。
これまで数多くのデジタル広告ビジネスに関わられてきていますね。GroupMでは広告ソリューションに関するビジネスをしていたと思うのですが、GroupMでは実際にどういった活動をしていたのでしょうか?
キャリアのスタートは、プログラマティックの先駆け
Tim: ありがとうございます。
広告ビジネスにおける私の最初のキャリアはGroupMではなく、Bannerconnectという企業が買収されてからGroupMに参加することになった経緯があります。私がBannerconnectに関わっていたときはとても小規模で、数人のスタッフしかいませんでした。
まだプログラマティックにデータを処理する状況ではなかったですし、業界の人たちも当時のデータ処理をそう呼んでいませんでした。自動取引という呼び名などがありましたが、これといった名前が決まっていない時代でした。リアルタイム処理も当時は存在しておらず、‘Rightmedia’と呼ばれる同意リンクを自分たちでプラットフォーム上に設定して処理していたのが、まさにプログラマティックの先駆けでしたね。
当時よかった点としては、比較的小規模なオランダの会社ながら、プラットフォームを通じて世界中と取引ができた点です。それもあってYahoo!やFacebookなどから枠をもらい、ディスプレイ広告などを掲載していました。
これが私のキャリアのスタートです。
枠取引とパブリッシャーの設定ですね。広告掲載を通じて適切なオーディエンスにコンテンツを見てもらい、トラフィックを生み出しながらよりよいCPM(インプレッション単価)の最適化を進めていました。
そういった時期に、SSP(サプライサイドプラットフォーム)が出てきました。SSPはパブリッシャーの枠の収益を最大化させるために新しい技術の採用を始めていました。ちょうど私もその分野に関わるようになり、SSPとの取引を増やしていくようになります。そしてSSPとは別の枠を購入するDSP(デマンドサイドプラットフォーム)も求められるようになりました。今のような仕組みは整っておらず、人が手作業で仲介処理をしていました。
(動画:What are DSPs, SSPs and Ad Exchanges?)
そうやって徐々に広がってきたのですが、少し話題を変えてみようと思います。
2009年ごろにIABの支部にコンタクトして、新しい開発を進めるためのタスクフォースを立ち上げたいと持ちかけました。他の広告企業も乗ってくると思ったのですが、自分たちのビジネスモデルが壊される懸念からか想定より評判が良くなかったですね。これが一連の話です。
Kohei: なるほど。私は日本の大手EC通販企業で働いていましたが、消費者の変化とともに業界も徐々に変化していると思います。デジタル通販への抵抗が減り、広告を見て購入する方も増えていると思います。いかに購入してくださる消費者にアクセスできるかは重要なポイントになってきていて、それを追うにしたがって、技術的にはとても複雑になってきている気がします。
顧客中心の広告ビジネスへの転換
Kohei: Timさんはその後スタートアップを創業されていますが、ブログには、GroupMを離れて新しい分野へ参入したと書いてありました。なかでも、主に3つのコンセプトを持って顧客中心の取り組みを進めていくと書かれていました。これらのアイデアはどこから生まれてきたのでしょうか?なぜ起業に至ったのかもお伺いできると嬉しいです。
Tim: Bannerconnectで働いた後に、欧州側のSSPサイドのデジタルの改善をしていました。そういった経験から、新しいイノベーションが色々と起こり始めていること、同時にデータ保護などのデータ規制も広がりつつあることを感じていました。
私の友人が会社を持っていて、その会社は現地のデータ保護監督当局から呼ばれた経験がありました。さらに、データ保護監督当局が発表したデータ保護に関するレポートで、リターゲティングに関する内容を確認したところ、自分たちの業界で当たり前のように行われているリターゲティングが問題になっていることがわかりました。
ちょうど政府はクッキーに関する法律を検討しており、GDPRが施行されることがわかっていました。そこで、広告取引とクッキーをマッチさせる仕組みにどういう問題があるのかについて研究を始めました。40このトラッカーと43と8番目の企業が掲載されていることに気づき、それぞれがバラバラのIDを活用して広告取引を行っていることが非常に非効率だと考えたのです。
図:クッキーと広告掲載のマッチングの仕組み
今では広告IDに関する話がされますが、当時はIDに関する話はあまりされておらず、これは一つの大きな機会ではないかと考えました。これまで携わってきた古いレガシービジネスを、どうにか良い形に変えていけないかと考えたのです。
2016年の終わりに、その考えが一層具体化しました。GDPRに関する資料を読み込み、どのような対策が必要になるかを考えました。当時はどのような技術的ソリューションを提供できるか考えましたね。それまでの9年間で同じ業界で働いてきた仲間に声をかけたりしました。
「こういった取り組みは可能か?」「他にも解決策はあるか?」など色々話しましたが、実際はコンセプトアイデア止まりでした。
アイデンティティとプライバシーの関係性の模索
その後、新しい会社を仲間と立ち上げることになります。名前は先に考えていたので、すぐ決まりましたね。会社を立ち上げるといくつか問題が出てきて、4番目のメンバーには「どんなソリューションが必要になるか」を理解している人に入ってもらいました。
そこで採用したソリューションが、ブロックチェーンでした。
分散型の要素を取り入れることで、ユーザーが自分の情報を持ってネットワークにアクセスできるようになります。こういったソリューションは技術インフラを考えるためには必要だと思い、ユーザーが自分の情報を管理できるインフラの技術開発に取り組むことに決めました。その中で、ブロックチェーンが候補に挙がったのです。
ブロックチェーンのインフラ開発者たちと議論しました。色々学びましたが、時間は少しかかりましたね。ただ、学ぶ時間を取ったことで十分に必要性を理解することができました。
ブロックチェーンに関しては8、9ヶ月ほど色々と悩みました。ICO(トークンでの資金調達)も検討しましたが、コンセプトはよかったものの実装が困難だと判断しました。動きがゆっくりで未成熟で、技術に関するドキュメントも少なかったのです。
そうして少しずつ、プライバシーとアイデンティティの関係性の近さがわかってきたのは、事業開発を通して見えてきた発見でしたね。ただ、アイデンティティとプライバシーの問題は分けて考える必要があり、私はプライバシー問題に取り組むことにしました。
プライバシーサービス拡大のためのパートナーシップ連携
個人が自分の情報を管理できるサービスは、ブラウザーにプラグインしてインストールする設計にしていました。しかし、ユーザーがあまりそこにインセンティブを見出さなかったためサービス拡大に悩んでいました。
そこで思いついたのは、ブラウザーにプラグインするモデルの方が自然ではないかということですね。
たしか2018年11月28日だったと思うのですが(自分の誕生日なので)、IABが透明性と同意のフレームワーク1.0を発表しており(2019年8月にフレームワーク2.0が発表される)、自分たちが考えていたモデルに近いことに気づきました。ベンダーがリストを埋めるモデルのことです。
(動画:Introducing TCF 2.0)
私たちは同意マネジメントプラットフォームを開発する方向に切り替え、ブロックチェーンでなくIABフレームワークを採用する意思決定をしました。
2019年に入るとGDPR関連の動きも出てきたので、そのタイミングでサービス提供したいと思っていました。
初期はいくつかのクライアントが利用してくれましたが、途中でペースが安定し、半年後には成長が停滞しました。クライアントのポートフォリオは増えていったのですが、技術的な難点が多かったことは課題でしたね。
そこから数ヶ月後にLiveRampからメッセージをもらい、パートナーシップ連携に関する話を進めました。
Kohei: 面白いお話ですね。私もブロックチェーン分野で3年近く活動をしていますが、消費者を保護するという視点では一つの技術的な要素な気がします。
広告ビジネスにおけるブロックチェーン技術の展望
Kohei: データプライバシーの観点からはブロックチェーンはまだまだ課題があり、特にデータ削除や修正などユーザーへの権利を考えた上で解決すべき問題があります。また、ガバナンスの作り方をパブリックかプライベートかで設計が異なることも検討が必要ですよね。将来、ブロックチェーン技術は広告業界で利用は進んでいくでしょうか?
Tim: そうですね。私たちはうまく実装できませんでしたが、まだ分野として発展途上であること、当時はICOなどの期待先行型が多かったことを踏まえると今後どうなっていくかは見ていきたいですね。経済的な利益を優先するプロジェクトも多く、技術や実装が追いつかなかった時代だったと振り返っています。
当時から一年半近く経つので技術的なアップデートは追えていませんが、コンセプトはよくても実装における個人データ削除などの課題はまだ残っていると思います。たとえばデータを分けて管理するなども検討が必要でしたね。
私たちが考えていたのは、本人確認情報を保存するのではなく、個人の活動の断片を保存するだけでも、企業は事業活動を問題なく行えるというものでした。
図:企業が個人の情報を取得する事なくサービスを提供できる仕組み
個人のプライバシーを担保するために、プライバシー技術や差分プライバシーの検討もしていました。そういった意味で、ブロックチェーンは可能性があると感じていましたが、リアルタイムのアプリケーションを前提にするには複雑すぎたというのが問題ですね。
Kohei: なるほど。私もブロックチェーンとデータに関して探求していますが、データの観点から分散型の未来は訪れる気がしています。産業によってデータを取り扱う目的は異なるので、どの領域から広がるかはポイントになりそうですね。スタートアップでそのような取り組みにチャレンジされていることに非常に感銘を受けました。
Tim: ええ。よくわかります。
インタビューは後編「デジタル広告は、ユーザーの体験改善という攻めのプライバシーへ」に続きます。
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Interviewer, Writer 栗原宏平
Editor 今村桃子
Headline Image template author 山下夏姫
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