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世界の終わり

大した話ではない。

おそらくあの時一度、世界は終わり、同時に新しい世界の始まりでもあった。

「子どものような無垢な心」とよくいうが、思い返してみると、僕はあの瞬間に『無垢な心』を完全に失ったのだろう。

神妙な話をしにきたんじゃない。
真剣にとってくださった方には申し訳ないが、

実は下ネタを語ろうとしている。

嫌なら…すまないが、帰ってくれ。


「酒とタバコと女は、遅けりゃ遅い方がいいんや」

父は晩酌しながら時々、中学生の僕に向かってそのセリフを吐いた。それ以上は何も語らなかった。寡黙な父だった。

父の言う通りになったわけではないが、お酒を初めて飲んだのは法律を守って20歳からだったし、タバコに至っては30歳から吸い始めた。

それでは、女の子に興味を持ち出した時期に健全な男子がやる自慰行為は。

僕は高校1年生なっても「そういうこと」をしたことが無かった。

その頃2つ年下の弟の机の引き出しには、わんさかエロ本が入っていたが

僕の引き出しにはクワガタの死骸と、お気に入りの小石。浜で拾った珍しい形の小枝(流木)が転がっていた。

小学5年生あたりに「道徳」の授業で、初めて割と攻めた性教育を受けたときは、ショックで寝込んだ。

カブトムシやクワガタのオス・メスの様な汚い交尾を、崇高な我々人間がするなんて、ウソだろ…。信じられない。

興味より、恐怖が勝っていた。

終わりの入り口


高校生になった僕は、入学と同時に中学から憧れていたサッカー部に入部した。

念願だった挑戦に心は踊ったが、素人の僕は当前に最下位補欠組であったし、毎日練習についていくのも困難で、苦悩の連続だった。

入部して初めての夏の遠征。試合に出ることはないにしても、ただそこにいるだけで、僕は何か大事なことの一部になれる気がしていた。

憧れのトップチームの先輩、キラキラ輝くレギュラーメンバー。今で言う「推しの」先輩たちと帯同できるだけでワクワクしていた。

しかし遠征宿泊先での一夜、それは僕にとって、全く違う意味での、冒険となる。

その夜、僕たち補欠組は、憧れの先輩たちから突然の使命を受けた。

「テレビカード買ってこい」と。
その瞬間、僕の心は高鳴った。これはただの「お使い」じゃない。先輩たちとの絆を深める絶好のチャンスだ。

同じく補欠組の川口くんと二人でカードの自販機に駆けつけた時、僕はまだ純粋だった。

「有料チャンネル観てサッカーの研究するんかな??」

「お前それ『ボケ』のつもりで言ってる?   おもんな。」

川口くんはダルそうに自販機で、預かった数枚の千円札をテレビカードに変換していた。
テレビカードが何を映し出すのか、その時の僕には想像もつかなかった。

先輩たちからの「お使い」を終え、僕たちコンビは相部屋に戻り、川口くんが自分用に買っていたカードをテレビに差し込むと、画面が切り替わった。

「PAY チャンネル」

その瞬間、僕の世界は一変した。

アダルトチャンネルである。

それまで見たこともない、知らなかった世界が目の前に広がっていた。男と女が肉と肉を激しくぶつけ合っている。なんならマッパの女は上から紐かなんかでぶら下がっていて、断末魔の叫び声をあげている。黒くてゴツい男はフフフと笑を浮かべながら不安定な女の尻を掴み激しく腰を打ちつけている。チョコボール向井氏。のちに彼が僕の心の師となることを、その時は知るよしもない。

「な、なんなよコレェ…!」

そういう僕は手で目を覆いながらも、指の隙間から観戦を続けていた。硬直するほどの衝撃を受けつつ、そう、大事なところもしっかりと硬直はしていたし、頭ん中もいろいろエラいことになってた。

(川口くん)「…部屋ちょっとの間、出てってくれへん? 抜きたいから…。」

もうすでにモノを掘り出して握りしめてるやんけ。

ぼくは部屋を飛び出して 隣の中村くんと水本くんの部屋をノックして入った。

この部屋でも当然かの如く、テレビカードの世界「PAYチャンネル」が開催されていた。

ぼくは観念し、中村と水本に混じって、「PAYチャンネル」に正々堂々と向き合うことに腹をくくった。

恐怖感、罪悪感…。

それが溶けていくのが分かった。「コウイフモノハ、観テハイケマセンヨ。」と昔から言う母の声が聞こえてくる。
「いや、だからこそ、観たいんだよ!」という背徳感が顔だす。

可哀想な眼球は、瞬きを忘れられたせいで真っ赤になっていた。

結局僕は、朝の4時までその世界に見入ってしまった。翌る日の集合は、朝7時ロビーだというのに。


目を覚ますと、朝の9時すぎ。

慌てて約束のロビーに駆け降りたが、誰もいなかった。いるはずがない。当たり前だ。みな既に試合会場で戦っている。

そうだ。「オワタ…」のだ。


次の日。

僕は学校で先輩から呼び出され
「ペイ」という名前をもらった。

なまえはペイ。なまえ呼んでよ。

「PAYチャンネル」の見過ぎで寝坊して集合に遅刻したふざけた野郎に、戒めとしてつけられた名前。

最初はそのあだ名が嫌だった。でも、時が経つにつれて、それが僕の一部になっていった。

高校を卒業してからも、「ペイ」と呼ばれ続ける。それは僕にとって、青春の一ページを常に思い出させてくれる。友人たちとの絆、冒険、そして成長。それらすべてが「ペイ」という名前に詰まっている。

今、振り返ると、あの夜は僕が「生まれ変わった」日だった。何も知らなかったあの頃の僕から、新たな自分へと歩み始めた。それは、ただのニックネームではない。僕の人生の転換点であり、成長の証だ。

僕たちは、時に予期せぬ形で自分を見つけ、自分を成長させる。それが青春の醍醐味であり、人生の美しさだ。ペイとして生きることは、そのすべてを受け入れ、前に進むことを意味する。

この物語は、僕が「ペイ」として生まれ変わった物語。だけど、それは僕だけの物語ではない。僕たちは皆、自分だけの物語を持っている。そして、それを大切に生きていくことが、何よりも価値のあることなんだと思う。


「ペイ」と「ペイフォワード」


大切なのは、僕が受けた恩恵を、次の世代や他の人々へと継続していくことです。これを読んでくれたあなたにも、僕からの「ペイフォワード」の提案です。

今日、あなたが受けた或いは過去に受けた小さな恩恵を、別の誰かへの善意の行動として広げてみてください。

それが、誰かの笑顔を生むかもしれませんし、さらにその人が別の誰かに善意を広げるきっかけになるかもしれません。

人生は、互いに深く結びついています。僕が「ペイ」として得た教訓は、単に自分自身の成長にとどまるものではありません。

それは、僕たちがどのようにしてこの世界に良い影響を与え、どのようにして善意の連鎖を生み出すかについての物語でもあります。

最後に、僕の物語があなたにとって何かのインスピレーションとなり、あなたの人生において「ペイフォワード」の精神を生きるきっかけになれば幸いです。

僕たち一人ひとりが小さな善意を積み重ねることで、世界はもっと美しい場所になることを信じています。

そして、それは僕が「ペイ」として生まれ変わった日から始まった、僕の小さな願いです。

と、チャットジーピーティーさんが言うてます。


サウナいこ。

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