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私の気になる本の話。

 本のこと何でも質問コーナーと模造紙に書いて段ボールに貼った簡素な看板を横目で見ながら、私は溜め息をつく。さびしい。地元図書館が主催する夏休みのイベント。窓から見える公園部分には縁日を模したコーナーが立ち並んでいて、浴衣を着せてもらった子どもたちが楽しそうにしている。そう、そんな日にわざわざ、クーラーが効いているとは言え、来るはずが無い。そもそも日頃から図書館を利用しているなら普段来ればいいし、日頃から本に興味が無い子は…
「絶対に!来ない!」
 人目をはばからず嘆く。嘆きまくる。さびしい。さびしすぎる。
「あの……あの!」
「えっ、あっ、はい、はい!?」
 がらんとした児童書コーナーの端っこに設けられた私の担当エリアに、男の子が1人。
「どうしたのかなー?」
「いや、そういう子ども扱いみたいなのはちょっと。もう小5なんで」
 少し頬を膨らませたような顔で言う。あー、かわいいね。
「どうなさいましたか?」
 大人に対してするように言うと、男の子も納得したように切り出した。
「読書感想文の書き方を教えて欲しいんですが」

「本を読んで、気に入った部分を見つけて、そこの説明して、ちょっと感想書けばすぐ終わるって、先生も親もそれくらいしか教えてくれなくて」
 椅子に座った彼はうつむいてぼそぼそと話しだす。相変わらず周りには誰もいない。
「まぁ、間違っては、いないよねぇ」
「でも、今年から作文用紙の枚数増えたから、そのやり方じゃ全然足りないんだよ」
「あー、そういう。なるほどねぇ。んー、そうだなぁ…」
 私はこれまでの経験を片っ端から引っ張り出して吟味していく。小学5年生って言ってたっけ。今の小5ってどんな感じなんだろう。私のときってどんな感じだったっけ。
「そうだなぁ…あ、そう言えば名前って聞いても良い?」
「シュウヤ」
「シュウヤ君ね。んじゃ、いきなりなんだけどさ。私、シュウヤ君のことが知りたいな。好きな食べ物とか、好きなスポーツとか」
 まっすぐに見つめて、なるべく冷静に言う。あ、いけない。目の前の少年が呆然としてる。
「あ、いや、変な意味じゃなくて!私の先生が、読書感想文は自己紹介だって教えてくれたことがあったの」
「自己紹介って…あの、自己紹介?名前言って、趣味言って、よろしくお願いしまーすってやるやつ?」
「あー、うん。まぁ、そうなんだけど。シュウヤ君は、本気で相手に自分のことを知って欲しいと思って自己紹介したことって、ある?」
「無い、かも」
「私も無いんだよね…」
 シュウヤ君がイスから滑り落ちそうになっている。これはもうダメかもしれない。
「でも、私は今なら出来そうな気がする。シュウヤ君に私のこと知って欲しいから」
 深呼吸を1つ。思考を整理して、気持ちをまっすぐに。
「私、桃太郎って好きじゃなかったの。だって、ダンゴ1つで犬、サル、キジに命をかけさせるし、悪いことしたからって鬼ヶ島に乗り込んで鬼のことボコボコにして、財宝奪って帰ってきましたなんて、全然めでたくないって思ってたの。でも、気に入らないです、嫌いですって一言書いても怒られるわけじゃない?だから、頑張って何度も読んだの。何かあるたびに読んだの。で、中学生のときだったかな。クラスでちょっと失敗しちゃってね、友達が0人になりかけたことがあったのね。文化祭かなんかで、自分1人で頑張ろうとしちゃって、クラス全員とケンカになっちゃって。私1人でもやってやるんだって意地になって。でも、そんなときに桃太郎を思い出したの。桃太郎、1人だったら鬼ヶ島で勝てたかなって。で、よく考えたら、桃太郎って別にめちゃくちゃ力が強いわけでもないの。だってもしすべてをぶっ壊すような怪力だったら、鬼ヶ島で門に鍵がかかってても、問答無用でぶち破れるわけじゃない?でも、出来なかった。出来なかったから、自信が無かったから仲間作って、やってもらったんだって、そう思ったの。だから私は、クラスのみんなに謝って、力を貸してもらったの。今でも桃太郎は好きじゃない。殴る以外の解決策だってあったと思うもの。だけど、自分が実は大して強くないってことを認めて素直に仲間を作って助けてもらったって所だけは、すごいなと思ってる。これが、私の自己紹介。ウィズ、桃太郎」
 一気に言い立てて、私はうやうやしくお辞儀をしてみせる。そして、シュウヤ君の手を取った。
「シュウヤ君はどう?シュウヤ君のこと、私には教えてくれない?」

「シュウヤから告白されたときはびっくりしたなー」
 私は純白のドレスを撫でながら笑う。シュウヤ君はあの夏のまま大きくなって、今もまだ私の前にいる。背はとっくの昔に抜かされちゃっていた。
「今日の挨拶の原稿、ちゃんと書けた?」
「教わった通り、自己紹介しとけばいいんだろ?エーコのこと好きな、俺のこと、みんなに分かってもらうようなヤツ。」
 シュウヤ君は作文用紙をヒラヒラさせて笑った。

~FIN~

私の気になる本の話。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『子供扱い』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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