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冬の夜空だけが知っている。

冬が寒くって本当に良かった。そんな歌を口ずさみながら、君が隣で寝転ぶ。白い息がふわりと浮かび上がり、広がって消えていくのを眺めて、僕はきれいだなと思う。
「え?」
「え?」
突然、君が起き上がってこっちを見てくる。
「いや、きれいだなって言ったの聞こえたから。」
どうやら、思っていたことがそのまま口から出ていたらしい。恥ずかしくて体温が上がる。
「あ、いや」
「あ!星のことか!きれいだよなー!」
そう言いながら、ふたたびごろり。化粧をバッチリキメているわけではない。むしろ冷たい風のおかげで若干赤くなっている。雪遊びに夢中になり過ぎた小学生みたいで、それがまた何とも言えず、かわいい。

幼馴染から連絡があったのは数時間前。
「ねぇねぇ!田んぼって今何も無いよね!寝転んで良い?」
相変わらず脈絡が無いというか、考えていること全部すっ飛ばしたセリフが電話から聞こえてくる。
「ねぇ、聞いてる!?ちょっと!この時期は水張ってないでしょ?ねぇってば!」
あっという間に置き去りにされる。いや、彼女の心は既に僕を引っ張って冬の田んぼに向かっているのだろう。うちの田んぼは近くに街灯が無いから、たぶん真っ暗だ。窓から外を見ると、空には凛と澄んだ光を湛える白銀の満月。あぁ、きっときれいなんだろうなぁと思う。
「…うん、大丈夫だと思うよ。迎えに行こうか?」
「いいの?やったー、ラッキー!もう来ていいよ!すぐ来ていいよ!」
僕は自分の部屋を出て1階に降りる。台所で水を入れたやかんをコンロにかけて、魔法瓶を準備。ティーパックを出して、メタルマグはどこだっけ。
「ちゃんと温かくしておいでよ。着過ぎなくらい着ておいでよ。」
「私を田舎暮らしの素人扱いするわけ!?」
「そう言って後から寒いって言うじゃん、いっつも。」
戸棚を開けてホッカイロを4つ出す。貼るタイプと貼らないタイプ2つずつ。
「おかんか!おかんなのか!」
「はいはい。風邪ひくより良いでしょ。じゃ、準備しといてね。」
通話を切って、服を着重ねるとお湯が沸いていた。一度魔法瓶に少しだけ注いで温めてから残りを注ぐ。蓋を締めたらタオルに包んで、他のものと一緒にバッグに入れる。寸前で、なんとなくスプーンが必要になりそうな気がして追加。それから、ポーションミルクもいくつか持って、僕はいそいそと玄関へ向かったのだった。

2人でごろんと寝転ぶ。澄んだ空気、遮るものも無いし、電線も無い。周りに光源も無いから、視界いっぱいに星空が広がる。
「やっぱり、星空は冬に限るよね。」
うーん、と気持ち良さそうに伸びをしながら君が言う。
「虫もいないしね。」
「いや虫て!女子か!お前は女子なのか!」
「星に集中したいときに虫飛んでくるのはキツくない?」
白い息がふわりふわりと浮かんでは消える。ずっとじゃなくていいけど、ちょっとだけ、僕ら以外の時間が止まればいいのに、なんて。寒いけど。

「ねぇ、アイス食べない?」
君が唐突に起き上がって、傍らのバッグをごそごそする。
「じゃじゃーん!」
取り出したのは白と青でデザインされたアイスのカップ。金色のフチ取りが月の光でキラキラしている。
「確かに、冬しかできないね。溶けないし。」
「でしょでしょー?…あー!スプーン無い!」
「え?」
「スプーンが!!無い!!!」
大袈裟にがっくりとうなだれる君の鼻先に、僕は冷え冷えのスプーンを触らせる。
「うぉッ、冷たッ!?」
大袈裟にのけぞる君はスプーンの存在に気が付くと目を輝かせる。
「ふっふっふ、私はまだ秘密兵器を隠している…!」
そう言いながら、バッグをがさごそ。
「じゃーん!はちみつ!かけて食べるのだ!」
親の顔よりよく見たドヤ顔だ。なるほどはちみつ。だけどこの気温だと…。
「固まってない?」
「そう、よくぞ言ってくれました!結晶化したシャリシャリはちみつをアイスにかけるのだ!」
狙ってたのか。へぇ…。感心しながら僕はスプーンをねこじゃらしのようにかざして、右往左往する君の視線で遊ぶ。

並んで座った僕らはカチカチのバニラアイスと、シャリシャリのはちみつを少しずつ口に運ぶ。舌の上で溶けて混ざり合うと、甘ったるい味と香りが広がる。
「おいしいね。」と僕。
「おいしいでしょ!」と君。
バニラアイスとはちみつと冬の夜空。この寒さじゃアイスはなかなか溶けない。食べ終わるまでどれくらいかかるんだろう。意地でも食べ切るんだろうなぁ。そう思いながら、僕はバッグの中の魔法瓶を撫でる。食べ終わったら紅茶を淹れてあげよう。それを飲んだら今夜はきっとお開き。ベッドに入って、朝を待って、また明日が始まる。
「これ食べ終わったらさー。」
スプーンをくわえたまま器用に君が言う。知ってるよ、魔法は永遠には続かない。
「そうだね、車に戻ったら温かい紅茶淹れt」
「じゃじゃじゃじゃーん!花火やろうぜ!」
「え?」
僕の時間が止まる。目の前にはファミリーパックの花火セットを持ってご満悦の君がいた。

~FIN~

冬の夜空だけが知っている。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『バニラアイスとはちみつと』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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