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war, war, tonight.

 私はどこにでもいる会社員。息子ちゃんと2人暮らし。趣味は特にないけれど、家族で一緒なら大概のことは幸せに感じられる。そんなどこにでもいる、ごくごく普通のシングルマザー。ただ1つだけ。私には秘密がある。

 ピコン。軽い音がしてスマートフォンがメッセージの着信を告げる。タップ、タップ、スワイプ、タップ。溜め息。時計の表示は18時ジャスト。ここから2時間…。息子ちゃんとの夕飯は20時半からの予定。間に合っちゃうなー…。頬がゆるんでしまうのが分かる。よし、ひと稼ぎしちゃおっか。私はキッチンを出て、自室に入ると椅子に座る。タップ、タップ、スワイプ、タップ。スマホを眉間にかざして準備完了。
「アクティベート」

 遠く離れたどこかの国に意識だけを転送された私は、軋む輸送車の上で空き時間を持ち寄って硬い躰を抱き締める。輸送車が止まったら立ち上がり、前線に降り立って遠くの敵に重火器をぶっ放し、いよいよとなったら鋼の拳で殴り合う。そう、これがただ1つだけの私の秘密。私はどこにでもいる傭兵。私には戦場があって、ずっと昔から仲良しこよし。趣味は戦争、好みは殲滅戦と撤退戦。追うよりも追われる方が好きで、銃撃音と衝撃があれば大概のことが幸せに感じられる。そんなどこにでもいる、ごくごく普通のシングルマザー。

 私が動かしているのは身長2ⅿ程度の人型兵器。軍用回線にアクセスできる専用スマホさえあれば、私たちは世界のどこからでも戦争に参加できる。そんな戦争に意味があるのかと言われれば、そんなことは知らない。考えたこともない。需要があるから供給がある。それで良いと思う。
「今日の相手はどんなでしょー♪」
 私は上機嫌で歌いながら、両手に持った2丁の重火器で敵側の人型兵器を撃ちまくる。今回の得物はガトリングガン。ダダダダダダ。秒間100発の衝撃が私を激しく揺さぶる。この振動がクセになる。こんなの味わったら、もう家庭用マッサージ機なんかじゃ満足できっこない。1発1発が当たってるとか当たっていないとかは気にしない。そんなの小っちゃい小っちゃい。なんせここは最前線。私が先頭、最前列。私の前には敵しかいない。流れ弾には当たるやつが悪い。それで死んだらそいつが悪い。もちろん、私が死んだら私が悪い。誰も悪くない。
「上空より敵性反応。接敵まで5秒」
 合成音声のアナウンスとほぼ同時。ガズン!音は上からした。
「あちゃー、乗られちゃったぁ?」
 私の機体は機動力を捨てて装甲と火力に全振りした超重量仕様。乗られた程度では倒れない。それにしても私の上に飛び乗ってくるなんて、また随分な曲芸。感動しちゃう。さては私のと真逆の超軽量仕様か。
「警告、装甲の隙間から刺突による攻撃を受けています」
「うっへぇ!うちの子は四十肩なのに!!」
 重火器を保持するためにロックされた肩関節は首から上に上がらないようになっていた。殴るにしても人間のように柔軟に動かす必要も無いから困ったことは無かった。しかし、これくらいの修羅場は対策済み。
「頭部自切!爆破!」
「頭部自切、保護シャッター閉鎖、爆破」
 上から破裂音。痛覚リンク機能は無いし、カメラは全身についてるから被害はゼロ。と、撃ち続けていたガトリングが弾切れ。すぐに投げ捨てる。残り時間はあと3分。左腕に内蔵されたグレネードランチャーを起動して、横薙ぎに思い切り振る。手の平から射出された爆発物が残った敵たちを掃討する。と、右腕に異常。さっきまで上に乗っていたとおぼしき機体が右腕に抱き着いている。もちから薄かったであろう装甲は吹き飛び、フレームは剥き出し。明らかにボロボロだ。こうなった場合の戦術は1つしかない。
「さては自爆狙い!させるかぁぁぁ!」
 振り解くのは諦めて、敵機体ごと右腕を持ち上げる。駆動部の悲鳴と複数の警告音。
「ロケットォォォ、パァァァァンチッ!」
「右腕部自切、射出…3、2、1、爆破」
 私の声と同時に右腕が10メートルほど弾け飛び、敵部隊を巻き込んで大爆発を起こす。
「たーまやーッ!…あーぁ、お腹空いた。ポテト食べたいな」

 こうして仕事は終了した。夕飯の準備を終えると、息子ちゃんが部屋から出てくる。なにやらご機嫌斜めなご様子。
「どうしたの?」
「あー、うーん…。さっきやってたゲームで、良い所で負けちゃったんだよね。今回は倒せると思ったのに。首が爆弾になるなんて、どんな発想だよって感じ」
「意味分かんな-い。もう、ちゃんと宿題しなさいよー?」
「分かってるってば」
 テレビのニュースがどこかで戦争が終わったことと、どこかで戦争が始まったことを告げている。流れている映像はダミーだ。あそこに人間なんかいないし、戦車だっていない。
「嘘ばっかだよね」
 息子ちゃんがぽつりと呟いた気がした。
「え?」
「なに?」
 聞き間違えだったかな。気まずい空気を笑ってごまかして、私たちはごちそうさまをした。

~FIN~

war, war, tonight.(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『ポテト食べたい』
原案:花梛
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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