世界で１番の獲物を探して。

　むかしむかし、１匹のオオカミがいました。オオカミは腹ペコで、今日も獲物を品定め。夜の街で聞き耳を立てます。
「やっと出来たんだ、いやぁ、大変だったんだよ！」
　風に乗って、どこからか大きな声が届きました。オオカミはマフラーで口を隠し、帽子を被って耳を隠します。鼻を隠して耳隠さず、オオカミの一族に伝わる教訓の１つです。
「こんばんわ、いったい何が出来たのです？」
「やや、よくぞ聞いてくれました！母に巣立ちを言い渡されて、今日でちょうど３か月！コツコツ集めた藁を編み、来る日も来る日も束ねあげ、今日までトントン積み上げて、今日でちょうど３か月、やっとこ出来た、藁の家！これでやっと一人前！」
　酔いのまま、上機嫌で歌うように言う彼に、オオカミは囁きます。
「それは素敵な家ですね。その言葉が本当ならば、きっと世界で１番です。私の口にも合うでしょう。ぜひぜひお目にかかりたいものです」
　オオカミの失言にも気づかず、しかし、彼の声は曇ります。
「世界で１番は、きっと弟です。僕は重たい材料を運ぶのが嫌で逃げました。弟は僕と違って力持ち。きっと弟のが１番でしょう」
　世界で１番の肉を食べたいオオカミは、しばし思案して言いました。
「その弟さんは、今どこに？」

　３か月が経ちました。オオカミは腹ペコで、今日も獲物を品定め。夜の街で聞き耳を立てます。
「ちょっと大変だったけど、僕にかかればこんなものさ！」
　風に乗って、どこからか大きな声が届きました。３か月前の彼に少し声が似ています。オオカミは口を隠し、耳を隠し、喉飴を舐めます。声は高く娘のように、オオカミの一族に伝わる教訓の１つです。
「こんばんわ、いったい何が出来たのです？」
「おぉ、よくぞ聞いてくれました！母に巣立ちを言い渡されて、今日でちょうど６か月！じっくり選んだ木の枝を、来る日も来る日も集めに集め、今日までトントン組み上げて、今日でちょうど６か月、やっとこ出来た、木の枝の家！これでやっと一人前！」
　聞き覚えのあるリズムに乗せて、歌うように言う彼に、オオカミは囁きます。
「それは素敵な家ですね。その言葉が本当ならば、きっと世界で１番です。私のめがねにもかなうでしょう。ぜひぜひ口にしたいものです」
　オオカミの失言にも気づかず、しかし、彼の声は曇ります。
「世界で１番は、きっと弟です。僕は時間をかけるのが嫌で逃げました。弟は僕と違って辛抱強い。きっと弟のが１番でしょう」
　世界で１番の肉を食べたいオオカミは、しばし思案して言いました。
「その弟さんは、今どこに？」

　さらに３か月が経ちました。オオカミは腹ペコで、今日も獲物を品定め。夜の街で聞き耳を立てます。
「はぁ、やっと終わったよ！ちょっとは妥協すべきだったかも」
　風に乗って、どこからか大きな声が届きました。６か月前の彼と、３か月前の彼に少し声が似ています。オオカミは口を隠し、耳を隠し、喉飴を舐め、眠気を飛ばすために濃い目のコーヒーを飲みます。眠気は最大の敵、オオカミの一族に伝わる教訓の１つです。
「こんばんわ、いったい何が出来たのです？」
「やぁやぁ、よくぞ聞いてくれました！母に巣立ちを言い渡されて、今日でちょうど９か月！重たいレンガを運び込み、来る日も来る日もモルタルこねて、今日までトントン並べ上げ、今日でちょうど９か月、やっとこ出来た、レンガの家！これでやっと一人前！」
　心地良いリズムに乗せて、歌うように言う彼に、オオカミは囁きます。
「それは素敵な家ですね。その言葉が本当ならば、きっと世界で１番です。もう良いでしょう。さぁ、私にも味わわせてください」
　オオカミの失言にも気づかず、しかし、彼の声は曇ります。
「世界で１番は、きっと１番上の兄です。僕は時間をかけ過ぎてしまいました。兄は僕と違って要領が良い。きっと兄のが１番でしょう」
　世界で１番の肉を食べたいオオカミは、しばし思案して言いました。
「そのお兄さんは、今どこに？」

　オオカミは腹ペコで、今日も世界で１番の自分にふさわしい獲物を探しています。
「母に巣立ちを言い渡されて、今日でちょうど１０か月。先祖の教訓守り抜き、来る日も来る日も牙を研ぎ、今日までトントン調べ上げ、今日でちょうど１０か月、やっとこ見つけた、藁の家。これでやっと一人前。」
　耳に残るリズムに乗せて、ベロリ、ベロリと舌なめずり。肉の味を想像します。こんなことなら、最初に見つけたときに牙を立ててしまえば良かった。頭の中で声がします。
「そんなことは許されない。僕こそが世界で１番賢いオオカミ。失敗は許されないんだ。」
　オオカミはゆらりと立ち上がります。もうマフラーも帽子も、喉飴もコーヒーも、必要ありません。空腹で頭が冴えています。空腹の痛みとその代償。それを感じながら、オオカミは１歩ずつ歩みます。オオカミと３兄弟の行く末がどうなるのか。それは夜空の満月と私たちだけの秘密。

～FIN～

世界で１番の獲物を探して。（2000字）
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供：花梛
『痛みとその代償』
本文執筆：Pawn【P&Q】

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One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。