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コ・イ・シ・テ・ルのサイン

「Red nail, Red nail, delicious blood♪ Red nail, Red nail, sweet sweet blood♬ Red nail, Red nail give me give me blood♪ Red nail, Red nail…you're my slave♬」
 隣で歌を口ずさんでいるのはバイトの先輩。搬入されてきたコンテナを上機嫌でトラックから降ろしている。コンテナには車輪がついていて、それを押して倉庫に運んでいくのが次の仕事だ。倉庫までのそこそこ長い通路に車輪の音が響く。
「先輩、今日機嫌いいですね!」
 ガラゴロガラゴロ。頑張って先行する先輩に追いつく。荷物が満載のコンテナはそれなりの重量のはずなのに先輩の足取りは軽い。もう小躍りと言っても良いくらいだ。
「さっきね、良いことがあったんだー」
「え、なんですかー?良いなー!良いなー!」
「んっふふー、ひーみつー!当ててみ?当ててみ?倉庫につくまでに当てられるかなー?」
 先輩は本当に嬉しそうだ。さて、なんだろう。ミステリー研究会の血が騒ぐというものだ。
「恋愛関係?相方さんから何か連絡が?」
「付き合ってる人はいなーい」
「んじゃ、アプローチしてる人?」
「それもいなーい」
「分かった!推しのライブイベントのチケットが当たった!」
「んっんー、ちがうなー。君はそういうのが嬉しいってことかい?」
「そりゃ嬉しいですよ!」
「1人で行くの?」
 先輩が質問してくる。いつの間にか攻守交替。
「いや、えー、どうかなー?」
「友達…じゃないね。でも、恋人というわけでもない」
「こ、こいっ!いや、そんな!」
「恋人なら君は隠しておけない。そういう性格だからね」
 先輩と話していると、ついつい何でも話してしまう。いや、話させられてしまう。それでも不思議と悪い気はしなかった。先輩はいつもそうだ。本人がが自覚していない気持ちとか悩みとか、そういうものを抱えているとき、いつだってそれを整理してくれる。
「好きな人がいるね。アイドルとか、芸能人とか、そういうのじゃないやつだ。いいねぇ。良い顔してる。恋してる顔だ」
 横には先輩のニヤニヤ顔。鼻歌が聞こえてくる。なんか負けた気分。

「先輩、なんでそんなに余裕なんですか?」
「長く生きていれば、まぁ、色々と見えることもあるんだよ」
「やだー、そんなに変わらないじゃないですかー。」
「いやいや、分からないよ?かれこれ100年くらいずっと同じ見た目だし」
「なんですか、それー!」
 2人で笑いながら荷物を運ぶ。楽しいひと時。倉庫まであと少し。倉庫に着いたら、コンテナを所定の位置に置いて、空のコンテナを代わりに押して帰る。これを繰り返す。自動運転の運搬車が導入されるなんて噂もある。それが本当なら、バイト、クビになっちゃうかもしれない。それは寂しい。まだ来るな、AI。
「好きなのって、私のこと?」
「ぶっぶー!ゼミの先輩でーす!」
「そっかぁ、それは残念」
「あ、うわ!しまった!ずるい!」
 からかわれて、からかって。ずっとこうしていられたらいいのに。恋愛的な好きとは別に、この時間がなんとも言えず心地よかった。
「ほら、もう着くよ。えーと、Xの23番か。ついてないなー、奥の方か」
「やったー!延長戦!」

「ずいぶん奥まで来ちゃったね。ここなら良いかな」
「先輩?」
「あぁ、いや。ちょっと失礼」
 先輩に手を取られる。綺麗な手。いつの間に軍手を取ったんだろう。そうこうしているうちに、まるで果物の皮のようにスルスルと軍手が剥かれていく。
「小指の爪、ずいぶん赤いね。何かにぶつけた?」
 やさしい声が耳を撫でてくる。胸が高鳴る。
「分からないんです。いつの間にか赤くなってて。痛みとかは無くて」
「そうか。心配だね」
 軍手が取り去られて、手相占いするみたいに手の平が上に向けられる。その真ん中に、銀細工のナイフみたいなものが、静かに触った。痛みは無かった。触ったところから血の球がぷくーっと膨らんでいく。どんどん大きくなって、プラムくらいの大きさになったところでようやく止まった。透明感のある、ガラス細工のような赤い球。
「きれい」
 明らかに異常な事態に脳が追い付いていないのが分かる。
「だろう。恋をしている人間のじゃないと、この色は出ないんだよ」
 先輩の顔は照明のせいでよく見えない。プツン、と手の平から離れる赤い球は先輩の手に収まった。青白い肌に映える血の赤。
「恋は人を若返らせるって、聞いたことがあるかい?あれは真実なのさ。恋をしている人間の血には若さが詰まっている。だから、私たちはそれを少しだけ、分けてもらう。そういうことにしてるのさ。」
 先輩の口もとに運ばれた球は音も無く消えた。
「ごちそうさま。どうか素敵な恋を」
 見上げた先には先輩の顔。捕食者の笑いという表現からは程遠い、幸せそうな笑顔がそこにはあった。

~FIN~

コ・イ・シ・テ・ルのサイン(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『捕食者の笑い』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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