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その悪夢、いただきます。



腰の辺りにざらついた、『ぞわぞわ』としか言い表せない感覚が広がる。脳まで突き上げてくる快感や、背筋が凍り付いて動けなくなる恐怖とは違う妙な感覚。脱力感と痺れがだらしなく広がっていく。四肢に力が入らなくなって、頭がぼーっとする。まるで
「魂が抜けていくようですねぇ。」
少し高めの男の声がする。
「綺麗だよねぇ…。うっとりしちゃうだろう?うっとりするよね。」
息の荒い、上擦った男の声が続く。
「ここからが見物なんだよ、リンクスぅ。」
頭の辺りを鷲掴みにされる感触。



濡れたような音がして、気が付くと私は、椅子に座ったままでだらしなく手足を投げ出した私の後ろ姿を見下ろしていた。なんでだろう。なんで、どうしてこうなったんだっけ。

「あー、もう!何で分からないかなー!悪いのはあっち!私は悪くないんだから!そうでしょ?そうよね!?」
あの日も、私は夜遅くまで配信をしていた。ちょっとした行き違いが原因でリスナーは日に日に減るばかり。もうやだ、気持ち良くない。私は大声を上げながら壁を殴る。嫌だ嫌だいやだ。もっとワイワイしたい。もっと絡まれたい。もっとすごいねって言われたい。なんであんなことで。私は悪くない。悪くないけど、もう限界。こんなに一生懸命に頑張ってるのになんで。涙が溢れる寸前、DM通知に目が行く。「あなたの転生、お手伝いします」の文字が並んでいた。

興味本位でやりとりしてみると、活動者としての転生をサポートするということのようだった。今のアカウントでの活動を整理したり、転生直後の活動を盛り上げてくれたり、揉め事が持ち越されないようにしたり、そういうことを有料で手伝ってくれるらしい。そして私は具体的な相談を始めたのだった。

「新しいアイコンよーし、プロフよーし、歌動画よーし!」
あの日から数か月かけて水面下で準備してきたものを眺めながら、私はお別れの寂しさを紛らわしていた。今のアカウントでの最後の配信を終えたのが昨夜。リスナーは数人だったけれど、そんなことはもういい。また新しく始めればいいんだ。新アカウントの始動は明日から。1週間後の初配信はそこそこ盛り上げてもらえることになっている。楽しみで仕方が無い。

ピンポーン
家のチャイムが鳴る。どうせ宅急便だと思っていると、足音が私の部屋に近付いてくる。
「どうも、失礼しまーす。」
ノックもせずに入ってきたのは引っ越し業者みたいな作業着の小太りの男と、スーツを着た背の高いイケメン。その後ろにはお母さん。
「ちょっと何なのコイツら!お母さん!?」
「それでは始めさせていただきます。しばし、お待ちください。」
イケメンはドアを閉めると、あっという間に私を抱き締め、耳もとで何かささやく。私は私の意志を無視して、お行儀よく椅子に座る。まるで美容院に来たときのよう。小太り男は私の肩に手を置くと、2,3度さする。始まる不快感。だけど私は体を動かせないし、声を上げることもできないまま。頭をよぎったのは、ドアの隙間から見えたお母さんの顔だった。

「リンクスぅ、夢ってのはねぇ、人間が処理できない感情と記憶なんだぁ。今の時代は僕らにとっては楽園さぁ。人間は処理し切れない感情をSNSにガンガン捨ててくれるんだぁ。もう昔みたいに悪夢の匂いを辿って夜な夜な忍び込むこともない。いつでもどこでも、食べ放題さぁ。」
私は瓶に入れられて、机の上に置かれる。ガラスの向こうには、おとなしく座る私。小太りの男は私のパソコンや愛用のマイク、その他配信機材やグッズなんかを、その間延びした声とかけ離れた手際で解体して、次々に段ボール箱にしまっていく。
「バク。次はあらかじめ言ってください。私にも予定というものがありますから。」
「仕方無いじゃないかぁ。まさか転生屋の仕事が親子でカチ合うなんて、思わないだろぉ?」
作業を眺めるイケメンの苦言に、小太りが作業の手を止めずに答える。
「あの母親さぁ、娘がさ、自分はアイドルだ、絶対デビューするんだ、私には既に5000人を超えるファンがいるんだと言って聞かず、学校にも行かないし、部屋からも出てこない、どうにかして欲しい、あの子を転生させて欲しいってさぁ…。まったく、長文で畳みかけるところは、あぁ親子だなぁって思ったよぉ。」

部屋からすっかり活動者としての痕跡が消えて、私も瓶ごと段ボールにしまわれた。母親が泣いて感謝する声が聞こえる。私は叫んだ。声が届かなくても、届かないと分かっていても、私は叫び続けた。私の声は目と鼻の先にいる母親にすら、届くことは無かった。

「あの娘は?」
「憑き物が落ちたようにって言葉あるでしょぉ?母親の言うところの普通の女の子に戻るんじゃないかなぁ。まぁ、器はそのままだから、遅かれ早かれ、また同じことになるか、あるいはもっと酷いことになるんじゃないかなぁ。ふひひひひ…。僕は一刻も早く帰って、このご馳走を楽しまなきゃねぇ。」

~FIN~

その悪夢、いただきます。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『声が届かなくても』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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