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Happy Birthday to Me.

 異世界転生なんてこんなものか。それが最初の感想だった。がっかりだった。救いなんて、そうそう転がっているはずがなかった。

 生活する環境の変化は、異世界転生みたいなものだ。少なくとも僕はそう思う。引っ越しや転校こそ無かったけれど、進級や進学で、世界は簡単に崩壊した。魔法が使える世界に転移できるならともかく、学校で得られるのは難しい漢字の知識と、使い道のない計算の公式くらいのものだ。知らないことを知るのは楽しいし、できることが増えて大人に追いつく感じがするのも嫌いでは無かったけれど、デメリットも大概だった。君こそが勇者!みたいなテンションで繰り出される過剰で華美な期待の言葉はいちいち重たい。クラスの役員だとか未来を担う若者だとか、どうせ期待ハズレなら切り捨てるくせに、言うことだけは立派すぎて吐きそうになる。お願いだから自分の未練を子どもに被せないで欲しい。ニヤニヤしながらネチネチ絡んでくる先生は毒沼スライムよりも鬱陶しかったし、理解できないことを言いながらどこまでも追いかけてくるクラスメイトは実物の魔物より遥かに厄介だった。力づくで駆逐してしまえば問題が解決する分、異世界の方が楽…なんてことは、転生前から考えていたことだ。カバンを背負って笑いながら、今日はどうやって生き延びようか考える朝。戦争を知らない子どもの考えだとか言われるのが面倒で黙っていたけど、いっそ命がけの方が分かりやすいと本気で思っていたし、それは今でも変わらない。

「ま、現実よりマシだね」
 飛来する緑色のつぶてを避けながら僕は歩を進める。ソフトボール大の少し硬い芽キャベツだ。弾幕だったらヤバイけど、この程度なら休み時間のドッジボールと大差無いし、なんなら殺意も悪意も無邪気な小学生の方が勝っている。日本の男子ナメんな。僕は芽キャベツを発射してくる植物系魔物に迫っていく。ブロッコリー程度の高さの太い茎の先に、不釣り合いな大きさのキャベツ。どう見てもキャベツ。鉈のような片手ナイフをアンダースロー気味に振れば、それで収穫、いや討伐完了だ。

「はい、これ今日の納品分。キャベツ2玉」
 ギルドのカウンターに討伐したてのキャベツを乗せる。2匹倒せば報酬で1日暮らせる。町の外で毎日何匹かは湧くから夜明け前に出かけて、サクッと狩って、あとは1日悠々自適だ。
「ヴィルカプトだろ!ちゃんと言え!ちゃんと!」
「はいはい、キャベツキャベツ」
「ッてめぇ!だいたいなぁ!ハントは原則ツーマンセル以上で単独狩りは禁止だって何度言や分かるんだ!」
「死んだら自己責任ってだけでしょ?知ってるよ」
「分かってねぇだろ!死なねぇように用心しろって言ってんだ!」
「いつも言ってるじゃん。大丈夫だよ。いつ死んでも悔いとか無いし」
「そういうことじゃねぇぇぇぇ!!」
「胸ぐらつかまないでよ」
 胸ぐらをつかまれる大きな気配を察して、僕はするりと間合いを抜ける。カウンターに乗っていた報酬は回収済み。あとはいつも通りに宿屋で引きこもるだけだ。
「おい待て!絶対ゆるさないからな!明日こそは…」
 僕はギルドの人波に紛れる寸前、振り返る。
「僕はさ、もう十分生きたよ。頑張って生きたよ。スキがキライに変わるまで、その程度には一生懸命やったんだよ。だからもう良いんだよ」
 それだけを、よく通ると褒められていた声で言う。笑顔もサービスだ。これでだいたいの人間は諦めてくれる。大人なんて、他人なんて、怖くて面倒で、もう付き合いきれない。じゃあね、と今度は聞こえないように呟いた。

「あー…メンヘラキャベツじゃん。でっか」
 翌朝、暗がりから出てきたのは、現実世界でもたまに出会った成長し過ぎた巨大化キャベツ。略して巨ベツ…というのは僕が呼んでいただけで、母はもっぱらメンヘラキャベツなんて呼んでいたっけ。ズドン。ボウリング玉を思わせる重々しい着弾音。それが次から次へと飛んでくる。うーん、これは奥の手を使わなきゃな場面か。と、遠くから咆哮が聞こえてくる。
「ぉぉぉおおおおお、らァッ!」
 プロレスラーみたいなドロップキックがキャベツに当たるも、弾きとばされて、僕のとなりに落ちて来る。見なくても声で分かる。アイツだ。
「グランヴィルカプトじゃねぇか!」
「だからなに?」
「お前が死んだら後味悪いだろ!」
「え、気持ちわる…」
「ひどいだろ!?顔見知りが死んだら嫌だろ!」
「名前も知らないし。気にしなきゃいいのに」
「俺は教えたぞ!ガレオだ!」
「へー」
「興味無さそうな声出すな!あとお前のも教えろ!」
「なんで」
「連携取るのに必要だろ!」
 チラッと横を見る。あ、本気の顔だ。めんどくさいなぁ。でも、悪くない。たまにはだけど。
「…ハル」
「なんだって!?」
「ハル!また最初から始めるって意味の言葉だ!」
「良い名前じゃねぇか!!行くぞ、ハル!」
 僕らは駆け出す。僕もちょっとだけ、大きな声を出すことにした。

~FIN~

Happy Birthday to Me.(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
原案:鈴真
コアフレーズ提供:花梛
『スキがキライに変わるまで』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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