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ふくはうち、おにはそと。

「今さらだけど、節分ってさぁ。なんで豆投げるんだっけ。」
 僕らは並んで豆を炒っている。ざらざらと音を立てながら鉄鍋で豆を炒る。熱すぎると豆が割れてしまうから、ほどほどの熱さで。大きな木べらで気長にざらざらし続ける。
「邪魔なもの、邪悪なものの目を射抜いて追い払う。略して豆を炒る、となったって聞いたことがあるけど。」
 相棒がさらりと怖いことを言う。自分の両目に矢が突き立っている状態を想像する。怖くて痛くてたまらなくなっていると、パンッと背中側で破裂音。
「ひっ」
 僕はビクッとして目をギュッとつぶってしまう。乾燥が足りてなかったんだねー、と後ろの子が笑う声が聞こえる。
「ほら、手を止めたら焦げるよ。焦げたら怒られるよ。」
 相棒の冷静な声。作業場に響くざらざらという音。ざらざら、ざらり。ざらざら、ざらり。僕はちょっと落ち着いて、また手を動かし始める。
「でも、だって、目だよ!?砂が入っただけでも痛いのに!!」
 僕は畑作業のときのことを思い出しながら訴える。春、固くなった土を耕すと乾いた土が風に舞って僕を襲ってくるのだ。アレは痛い。逃げたくなる。
「多分、フラッシュグレネードみたいな感じだと思うよ。豆にこめられた神様の力が光として溢れ出して、眩しくて鬼の目がつぶれる。その隙に制圧されちゃう的な。」
 相棒はいたって冷静。洋画とFPSとアニメが好きだからなのか、いちいちたとえが的確だ。戦場で傭兵が手榴弾のように豆を投げ合う映像が僕の中で再生される。豆が弾けて、爆音と閃光を辺りに撒き散らす。
「ん…あれ、え!この豆投げると光るの!?」
 僕はわくわくしてしまう。痛いのは嫌だけど、このざらざら転がされてる豆がめっちゃ光るのは、ちょっと見てみたい。
「たとえ話だよ。昔むかしに、そういうことがあったのかもしれないねっていう話だよ。」
「そっかぁ。でも、豆って、よく考えたら怖くもなんともないよね。」
「大豆の花言葉は、必ず来る幸せ、あと可能性は無限大。」
「なにそれ…。無駄に強そう…。」
 ざら、ざら、ざらり。僕らは炒り終わった豆の粗熱を取るため、ざぁっとザルに広げると、また次の豆を鍋に入れて炒り始める。

「っていうか、僕ら鬼なのに、なんで福豆作ってるんだっけ。自分で自分を撃ち抜く弾丸を作ってるってことだよね。」
「そこは大丈夫でしょ。クリスマスのサンタクロースと節分の鬼は、20世紀の終わりごろに保護者とか教師とかに業務委託されてるから。」
「なんだぁ、安心したぁ。…でもさ、そもそもなんで豆投げるんだっけ。」
 僕の問いかけに相棒は盛大なため息。やれやれといった様子で眉間にしわを作っている。なんか悪いこと言ったかな。
「ループしてないか?豆ってのは魔の目を…」
「あ、ごめん、違う違う!今度は投げるって方!福は内とか鬼は外の方!だってほら、家の中に鬼なんかいないじゃん!福だって外にいるわけないし!」
 慌ててまくしたてる僕。相棒はひとつ頷くと言葉を紡ぐ。
「鬼っていうのは悪いこと、不運の象徴。福っていうのは良いこと、幸運の象徴。…というのは建前。」
「たて…まえ?」
「鬼っていうのは、1年分のストレス、邪念、悪徳に欲望。そういう黒いものが体から出ていきますようにってことなんだよ。」
「え、じゃぁ僕たちの生まれって…」
「そ。僕らは人間に産み落とされて、捨てられた。」
「え、えーと、じゃぁ、福は?」
「そんなの…。こっくりさんと同じだよ。そこらへんに漂ってるのは福じゃなくて、低級な動物霊が関の山。そいつらがふらりと入ってきて、この豆に乗り移るんだってさ。人間たちはその豆を歳の数だけ食べるんだよ。幸せが欲しい、幸せが欲しいって思いながらさ。」
 ざらり、ざらり。豆が鍋肌を撫でる音が妙に大きく聞こえる。頭の中を豆が転がっているみたいに、耳の奥からもざらついた音が聞こえる。魂が散歩に出かけたまま帰ってこないみたいにぼうっとする。ざらざらという音が遠ざかっていく。

 パンッ!

 豆が弾ける音がして、魂が散歩から帰ってくる。
「…なーんて話を、この前ネットで読んだんだ。どう?怖かった?」
 相棒が薄く笑いながら、こっちを見ている。
「ちょ…えー、もう、信じちゃったじゃないかー!なんだ、作り話か、良かったぁ…。焦ったぁ…。もう…。」
「ほら、今日中に節分用の福豆終わらせようって言ったろ。手動かして。僕らの福豆、評判良いらしいよ。案外、僕らは鬼じゃなくて福の神なのかもね。」
「もう引っかからないぞー!」
「売れてるのは本当だよ。山猫さんが言ってたからね。」
「なら…、頑張ろうかな。」

 ざら、ざら、ざーっ。
「終わったー!」
「お疲れさま。」
「もう鍋と豆はしばらく見たくな」
「さ、次はひなあられ用の砂糖衣がけ福豆作りだよ。」
「えぇぇ…。ま、また冗談だよね…?」
「何の話?ほら、豆取りに行くよ。」
 僕らの仕事は終わらない。僕らだって生きているから。

~FIN~

ふくはうち、おにはそと。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『魂が散歩にでかけたまま』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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