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ハロー、ハワユ。

 誕生日おめでとう。そう書いて、カードをぐしゃりと握り潰す。自分で自分にメッセージカードなんて、なんて書いたらいいか分からない。
「ねぇ、まだー?」
 うさぎのぬいぐるみが背後で気だるげな声を出す。私は振り向いて、さっき握り潰したカードを投げつけた。新しいカードを出す。おめでとう、なんとなく、そう書き始めなきゃいけない。そういうものだと子どもの頃から思ってきた。そりゃそうだ。お誕生日におめでとう以外の言葉なんか言うべきじゃない。常識的に考えてそうだ。でも。
「おめでとうなんて」
「んー?なんか言った?」
 いつからだろう。誕生日を喜べなくなったのは。生まれてきて良かったと手放しに喜べなくなったのは。生きていて楽しいと、明日からもよろしくね、また1年がんばるね、そう言って笑えなくなったのは。私は頭に立ち込める分厚い雲みたいな思考を振り払うために、立ち上がってキッチンに向かう。
「あと20分しかないよー?」
 意地悪い声が部屋の中から追いかけてくる。私はキッチンに向かうと冷蔵庫の扉に手をかける。確か貰い物のビールがあったはずだ。呑んですっきりしよう。それで酔った勢いで書いてしまえば良い。一時的にでもハッピーな気分に浸って、なんかそれっぽいこと書けば良いんだ。ガコッと音をさせながら冷蔵庫が口を開ける。ガランとした冷蔵庫の中、照らし出されたのは、1輪のバラと缶ビール。なんとも画になるその景色に思わず見とれてしまう。1分ほどそうしていただろうか。我に返った私は冷蔵庫のバラと缶ビールを取り出す。缶ビールの下にはメッセージカードがあった。カシュッ、と缶ビールを開けて口をつける。レモンの香りとホップの苦味が口に広がって、もやもやが晴れていく。カードを開くと幼稚園児がクレヨンで書いたと思われる文字が並んでいる。
「おたんじょうび、おめでとう」
 1文字ずつ別な色で書かれたそれを読み上げてみる。鼻の奥がツンとして、なぜかうっすらと涙が出てきてしまった。色とりどりの文字たちの下には自分の名前が書いてあった。あのウサギめ。私はビールとバラを持ったまま部屋に戻ると机に向かった。お気に入りのガラスペンを出して、先端をインクに浸すと、思うままに走らせる

『なんだかんだやりたいって言ってても進まないとかメンタル弱すぎだから、結局のとこ1つくらい目標達成できた?とにかく生きなきゃいけない間は生きときなさいよ』

 我ながらキツイ。分かっている。もうこれは、完全な八つ当たりだ。来年の自分よ、ごめん。と心の中で手を合わせる。そして、明日の自分に向かって、無言でプレッシャーをかける。
「はい、時間切れー。回収しまーす」
 試験監督の先生のような口調でうさぎのぬいぐるみがどこからともなく、カードを回収していく。じゃ、またね。と言い残すとどこかへ消えてしまった。机の上には別なカードが転がっている。このデザインは去年の誕生日くらいに気に入っていたものだ。ビールを一口呑んで開いてみる。

『生き抜けて良かったね。新しいこと始めたし、行きたい場所に1箇所は行けたし良かったね。』

 カードの文字は滲んでいる気がした。きっと去年の私はビールでもこぼしてしまったんだろう。そう思うことにした。閉じたカードにバラを乗せて、それを見ながらビールをちびちびと呑む。誕生日を祝われて、その喧騒も終わって、静まり返った時間。
「って、そうかぁ…。来年はアレが届くのかぁ…。メンタルもつかなぁ」
 今さらながら、思い至ってげんなりする。
 
 ハローハロー。1年前の自分。今年はちょっと疲れています。そっちはどうですか。今年は何を貰いましたか。始めたことは、辛うじてだけど続いています。色々あるけど、これから頑張ってね。

 ハローハロー。1年後の自分。今年はちょっと疲れています。そっちはどうですか。今年は何を貰いましたか。やろうとしたことは、やれましたか。誰かに迷惑は…かけてるだろうなぁ。でも、お疲れさま。

 誕生日、おめでとう。バラをペン立てに挿して、私は窓の外に見えるお月様に缶ビールを掲げる。酔って少し火照った顔を、春になりきれない冬の何とも言えない風が撫でてくれる。おめでとうと言われている気もするし、早く酔いをさませと言われている気もする。また1年、生きていこう。死にたいと思うような悪いことも、死にたくないと思えるような良いことも、両方あるだろうけれど。来年もまた、しぶとく生き残って、締め切りに追われながら誕生日メッセージを書こう。そのときにはどんなカードを使っているだろう。どんな色のインクにハマっているだろう。来年こそは素直におめでとうって言えると良いな。

 ハローハロー、明日の自分。大変。あと364日しかないよ。今日もたくさん笑って、たくさん泣いて、精一杯に生きていこう。大丈夫、今日の私が一緒にいてあげるから。これまでの私がついているから。

~FIN~

ハロー、ハワユ。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『冷蔵庫のバラと缶ビール』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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