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ホシヅルを目指して~Documentary of 星新一賞~

2022年9月。
ストーリーメイク部の新たな挑戦が始まった。

星新一賞への応募だ。

応募締め切りは9月30日。
規定字数は10000字以内という制限の中、応募を決めたメンバーがいる。

PATHFINDERは、作品応募に至るまでの約1か月間に及ぶ壁打ち会の様子を取材した。

<星新一賞とは?>
2013年にはじまった星新一賞は、日本経済新聞社主催の短編文学賞です。
大学院で農芸化学を学んだ理系作家・星新一にちなみ
理系的発想からうまれた作品を募集しています。

星新一公式サイトより

DAY1:作品企画の共有

参加者は、まみさん、おかまりさん、かなかなさんの3名。
まずはそれぞれ持ち寄った企画を発表する。

かなかな「タイトルだけ言ってもいいですか?タイトルだけ決まってて、中身はまだ全然決まってない(笑)。」
おかまり「すごいパターンですね!」
まみ「どうぞどうぞ!」
かなかな「『未来が見えるちくわ』。この物語を読んだ人が、ちくわを見る度に覗きたくなるっていう読後感を先に設定したんです。」
おかまり「子どもって、ちくわで味噌汁をすすったりするじゃないですか。そういう童心的なやつなのかな?」
まみ「どんな未来が見えるんだろう!」

それぞれイメージが広がり、トークが盛り上がる。
遊び心たっぷりのタイトルと読後感を先に設定するというスタイルが大いにメンバーを刺激していた。

続いて、おかまりさんから企画スライドが共有される。

<登場人物>
・主人公…23歳の大学院生。AIの育成を通じて徐々に仮想人物に恋愛感情を抱いていく。
・AI…28~30歳青年の設定。情報のインプットにより人間らしい反応を獲得していく。
・父…人工知能の研究者。主人公に会話を通じたAIの育成を依頼する。
・赤ん坊…主人公が触れ合う事で生物と人工物に対する想いの差について考える対象。

おかまり「恋愛対象の境界線を書いてみたいという欲求があって。推しのアイドルに想いを寄せていたことや、LGBTの人にキュンとした経験って、普通の恋愛と何が違うんだろうって思ったんです。AIはPCの画面上に出てくるだけなんですけど、現実でもzoomで会う機会が増えたので、現代に繋がるかなと思って設定してみました。」
企画書にはテーマ、ストーリー、登場人物、コンセプト、感情曲線などが細部に渡って書き込まれている。
作品の世界観がしっかりと設計されていた。

まみ「問いが良いですね!『恋愛対象の境界線』。これに対するおかまりさんの答えは何になるのかな?」
おかまり「HOW-TO本を読むと、恋愛感情って『生存本能と生殖本能』って書かれてるんです。この(作品の中の)恋愛は生存にも生殖にも繋がらないけど、目の前の相手を大事だと思う気持ちや、会うと元気がもらえたりする事って、たぶん正しくて。『相手がどんな形であっても恋愛だと認める』っていうのが答えになると思います。もっと言うと、『好きだと思う瞬間を切り取って恋愛だと認めてあげる』っていう結論にしたい。」

かなかな「私アレクサにもキュンとするタイプだから、共感する(笑)。言葉や文字でも好きになったりしません?平安時代なんて、文(ふみ)で恋愛してたしね。」
おかまり「近未来じゃなくて、昔にも通じるものがあった!(笑)。」
まみ「いいインプット来たね!」

最後に、まみさんが企画を発表。
まみさんはこの日までに3000字程度を書き上げていた。
まみ「前回(の応募作品)とテイストが似てるんですよね。今回も宇宙ものです。去年から一貫して、私の中に『人間とは?』という問いがあるのかなと感じてます。」

<設定>
感染症と核戦争の時代を越え、生き残った人類は月の裏側で暮らしている。

<登場人物>
・マアヤ…主人公。14~15歳の少女。月の裏側で生まれた。人類が地球に還るための教育を受けて育った。
・ディアーナ…マアヤ専属のAI。体調や心理面等すべての管理を行っている。

まみ「どこまで表現できるかわからないけど、人間は肉体を持ってこの世に生まれる前の記憶を持っているのか?という所を切り口にして書いています。私は、人間は生まれ変わっているかも知れないという思いが強くて、そっちの視点で書くかも知れない。」

かなかな「私、量子学すごく興味があって。『得を積む』って言うじゃないですか。得を積んで自分には返って来なかったとしても、生まれ変わった先の人物に良いことがあると思ってる。」
まみ「かなかなさん、冴えてる!『陰徳』っていう言葉があって、人に見えないところで積んだ徳は他の人に認知されなくても良いし、現世で回収されなくても良い。『陰徳』は地の蔵じゃなくて天の蔵に積むから、より高いレベルから生まれ変わる事ができるっていう。私もそっち派なんですよ。」
かなかな「鳥肌立ってる!」

まみ「量子DNAには過去世の記憶があって、その記憶を持って生まれ変わっているんじゃないかっていう所を、うまく表現できるかどうかわからないんですけど…挑戦してみたいなって思ってます。」

<量子とは?>
粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手です。光を粒子としてみたときの光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなどといった素粒子も量子に含まれます。
 量子の世界は、原子や分子といったナノサイズ(1メートルの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界です。

文部科学省HPより

まみ「2012年にヒッグス粒子が実験的に証明された時、それが最小の素粒子と考えられたんだけど、実験結果からもっと小さい素粒子の可能性が示されたの!ヒッグスは元々、光に質量を与えていると仮説されていたんだけど、その実験から、もっと極微の世界、質量のない世界の扉が開かれたと思ったの。宇宙空間にエネルギーだけの世界が存在するってことは、物理学の最先端でありながら目に見えない世界と表裏一体であるという。そういう魅力に取りつかれてるかな。」

哲学的であり、スピリチュアル的であり、科学的でもある物語。
様々な側面を合わせ持った作品だという事はイメージできたが、まみさんが宇宙を舞台にした作品を通して描きたい事は何かを尋ねてみた。

まみ「心理的な宇宙と物理的な宇宙って、実は同じなんだと思うんです。人間の肉体細胞の中を突き詰めていくと、絶対の真空、エネルギーの世界に到達するじゃないですか。それって宇宙空間と一緒なんです。だから、自分という存在を突き詰めた時にuniverseの宇宙と繋がるというイメージを持ってます。」

まみさんが作品のテーマとしている「人間とは何か?」の問いへの答えが垣間見えそうな回答をいただいたところで、今回の壁打ち会は終了。
それぞれ次回までの課題を設定し、解散となった。


DAY2:作品へのフィードバック会

2度目の壁打ち会当日、かなかなさんから応募辞退のメッセージが届いた。

「星新一賞は過去受賞作品を読んで心折れたので、なんか捉われずに書きたいです。皆さん応援させてもらいます!」

制限のある作品応募には、根気や集中力、ある程度の時間の制約が課せられる。
苦渋の決断だったと思うが、かなかなさんは普段通りの明るさで他の応募メンバーへ労いの言葉を寄せていた。

今回のフィードバック会までに、おかまりさんは1000字程度を書き上げてきた。
おかまり「10000字って短い!冒頭で300字くらいになってしまって。最初の設定よりもう少しフラットな物語になるかも知れないです。赤ちゃんは登場しないかも…ちょっと保留です。」
まみ「冒頭で説明が入ると文字数取られてしまうから、もう恋が始まってても良いかも。」

応募経験者であり、作家でもあるまみさんからのアドバイスを受けて、冒頭部分について少し練り直していく。
筆者からもおかまりさんに、恋が始まる瞬間のイメージがあるかどうかを尋ねてみる。

おかまり「実は瞬間的なイメージはなくて、恋をする前と後の方が強いんです。自分に照らし合わせても、恋だと自覚した後に「やっぱり好きなんだ」と思う事が多いので。」
まみ「AIの声が好きっていう描写があるけど、これって脳科学的な観点からも女性脳型は聞く能力が高くて、音に敏感だから、これがかえってウィークポイントになることもあるんだって!あと、時折伏し目がちにすると萌えるよね(笑)」
おかまり「それ良いですね!情報処理中は伏目で!」

テンポの良い会話の中から、どんどんアイディアが生まれていく。
主人公が恋をする相手がAIであるという設定であっても、「ウィークポイント」「萌える」という言葉が自然に出てくるという事からも、作品の掲げる「恋愛対象の境界線とは」という問いへの答えが見えてきそうだ。
おかまりさんの物語が少しずつ肉付けされてきた。

まみさんは今回、5000字程度まで書き進めてきた。
月の裏側に住んでいる主人公達の設定も細部まで描かれている。
まみ「主人公達はそれぞれ一人ずつのルームで管理されていて、窓の外を見ても月の裏側になるので暗闇なんです。千年の孤独の中にいるような絶望感を覚えることもある。時々自分以外の人間と交流するために、コミュニケーションルームに五感を飛ばして会いに行くという設定を入れてみました。」

日本で実際に計画が進められている「サイバネティック・アバター」と似ている事から、リアリティを持たせるため意識的に作品に取り入れたのかを尋ねてみた。

ムーンショット目標1
2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

サイバネティック・アバター生活
・2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。
・2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

内閣府HPより

まみ「それは初耳でした。ただ、6Gまでに触覚を飛ばす技術ができるという話もあるので。遠隔手術等で使われる計画みたいですね。物語の中にメディカルチェックの日が出てくるんですが、科学的なリアリティというよりも主人公の感情をどう描きたいのかという所で、今あがいてます。」

おかまり「主人公の反発心が描かれていますが、何に対して怒ってるんだろう?作中に両親は登場しないですが、主人公は会った事があるんですか?」
まみ「両親については、存在すら知らなかったという設定です。だから、両親の存在があって自分が生まれたという事実を知って、恋慕の裏返しなのか、引き離された事による怒りなのか…根底にあるものがまだ掴めていないんですよね。」

クライマックス直前の主人公の気持ちの描き方が、今回の正念場となりそうだ。実際に、主人公の想いのベースとなったものが、この作品全体に流れる「人間とは?」の問いに対する一つの答えを導き出していく事になる。

次回の壁打ち会に向けて、それぞれ目標を決める。
おかまり「私は9月14日までに3000字、18日までに5000字以上書く事を目指します。書いてからフィードバックしてほしいです!」
まみ「私は、この後のクライマックスを書き上げます!」

次回は壁打ち会の最終回となる。
ここまでのペースでは、応募締め切りまで十分な余裕があるように見えた。


DAY3:完成までのラストスパート

おかまり「最近、良いヒントがあったんです。心を動かすのって「具体」だなって、改めて思って。伝えたいことって「抽象的」で、命題なんですよね。その命題をいかに具体に落とすかが大事なんだと気づきました。」
まみ「ほんと、物語って「具体」の連続で。具体エピソードが連続して繋がった先に「テーマ」が伝わるんだよね。」
おかまり「今まで、そのテーマを文字として伝えたがる傾向があって。だから自分の作品ってふわっとしてるなって印象だったんですけど、そこだな、と思いました。」
まみ「なんか、今の作家の境地っぽかった!」

ここにきて新たな気づきを得たおかまりさんは、一から作品を見直していた。

おかまり「(執筆が)進まない理由にも思い当たりました。今までずっと書きたかったテーマをついに書いてるから、書くのが怖いのかも。憧れていたものに対して行動を起こす時のためらい、みたいな。」
まみ「今のエピソードもストーリーになりそうな気がする。書く中で生まれてくる感情は、今必要なものだったりするから。アウトプットするために、今は自分と向き合うフェーズなのかな。」

応募締め切りに間に合わせるための作品ではなく、自分の書きたいものをどう描くか。星新一賞に挑戦した事で、自分自身と向き合う新たな課題が生まれた。

まみ「私は7400字くらいまで進んだんですけど、(1万字に)間に合わなくなりそうで(笑)。そういう意味で今追い込まれてます!」

物語はクライマックスを迎え、新たな展開が起こったところで途切れていた。

まみさんの中ではラストの展開がイメージできていて、そこへ辿り着くまでに二つのテーマがDNAの二重螺旋のように盛り込まれているという。
量子生命科学を描く事を通して、「生命とは何か」という問いと、「人間として体験する事への主人公の熱望と、それを奪われた悲しみ」という感情の二重テーマを、最後は一つに帰結させるのだそうだ。

まみ「ハッピーエンドではないんですが、生まれる前の記憶に気づいたマアヤの願いを最後は叶えてあげたいんです。そこでキーになるのがディアーナです。ディアーナのアルゴリズムのベースは母性なので。」
おかまり「あらすじというか、情景を聞いただけで泣きそうになりました…!」

まみさんの作品が共有された事から、おかまりさんの中で新たな気づきが生まれていた。

おかまり「今回私達の作品にはどちらも主人公とAIの対話が出てくるんですけど、まみさんの作品では情緒でアルゴリズムを組まれたAIがキーになっていくのに対して、私の作品ではアルゴリズムを組んでいく段階のAIなので、より人間との感情の差が浮き彫りになっている。人って不条理を欲しがるんだな…と思いました。言わないけど気づいてほしいとか、好きなのに嫌いと言ったりとか。」
まみ「そこを深堀っていくと、より面白い作品になりそう!人間の中には不条理があるけど、AIに不条理はない…というところも興味深いなと思います。」
おかまり「AIとの対話を通して自分の中にある矛盾に気づくとか、だからこそ分かってくれる人との違いに気づくとか…確かに、それを書こうとしてるのかも。ちょっとクリアになりました。」

ラストへの展開について、これまでの作品では感情を決め打ちで書いていた事が多かったというおかまりさん。今回初めて、「この先を書いてみないとわからない」のだそうだ。

おかまり「登場人物に身を委ねる感覚がわかってきました。」
まみ「最後おかまりさん、(書きながら)主人公になって泣くと思うよ(笑)。」
おかまり「今日この後書けそうです!9月21日までに半分(5000字)、24日までに8割書きたい。」

締め切りまで残り12日。
ここから、おかまりさんの怒涛の追い上げが始まった。


LAST DAY:締め切り最終日

9月23日。
先に作品を完成させたのは、まみさんだった。
ストーリーメイク部の仲間から、次々と感想やお祝いの言葉が届く。
ここから、最終推敲と縦書編集等の作業を経て、9月28日に先陣を斬って応募を完了させた。

9月25日。
おかまりさんから、「今私は、文字数で7割超え、展開で6割超えたところです。」とメッセージが届いた。
「事後報告したいタイプなので、そっと見守ってください…」というおかまりさんに対し、先輩まみさんから激励の言葉が届く。
「今が一番苦しい時でもあるし、楽しい時だとも思う… 同じ書く者として、わかりみある…。必ず出すと信じてる!」

まみさんを初め、ストーリーメイク部の柱メンバー全員がおかまりさんを信じ、静かに見守っていた。


締切当日の9月30日を迎える。
おかまりさんから「出しました…!皆さま、ありがとうございました!」というメッセージが届いていた。
柱メンバー達から、労いの言葉が送られる。

今回の星新一賞への応募総数は2767作品。
10月の第一次選考、11月の第二次選考を経て、最終審査に進出した作品が12月中旬に発表される予定だ。

まみさんとおかまりさん、二人は「星新一賞」という枠組みを通して、自分自身の中にある問いや課題と向き合い、作品づくりのスタイルや「書く」ことへの在り方を見つめ続けた濃密な一か月間を過ごした。

改めて、純粋な挑戦を最後までやり切った二人に敬意を表したい。
そしてここまで読んで下さった読者の皆様に感謝を込めて、二人の挑戦の軌跡である応募作品をご紹介させていただきたい。


作品紹介


<2022年度 応募作品>

まみ作:「量子記憶」



<2021年度 応募作品>

まみ作:「ワレ」

おかまり作:「エゴ」


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