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列島ジオ巡礼(9)文献に記された「新宮の河川争奪」のシナリオを検討してみた。

この記事は、文献の検討の部分を無料、最後の現地写真の部分を有料とさせていただきます。

(1)京都府レッドデータブックの記載

『京都府レッドデータブック2015』に含まれる「自然環境目録」を見ていたところ、地形として「(宮津市)新宮の河川争奪」が目にとまりました。

いち行の記載、すなわち、

「河川争奪」「新宮の河川争奪」「宮津市新宮」

という記載だけですし、典拠論文などがあるのかは分かりませんが、地図や空中写真などにより、この件を検討してみることとしました。

(2)神子川と大雲川

この「物語」の、いわば主人公となるのは、京都府宮津市内にある2つの川、「神子川」(かみこがわ)と「大雲川」(おおくもがわ)です。現在は神子川より大雲川のほうが、源流から河口までの長さが長いです。

Google Mapの衛星写真による

【神子川】
京都府宮津市山中付近に発し、皆原(かいばら)を経て、同市波路町あたりで日本海に注ぎます。山中から皆原へと、谷の地形が東南東-西北西の直線状に続きます。都市圏活断層図「宮津」では皆原付近に断層の黒い実線が描かれており、残念ながら図幅の切れ目のため山中あたりでどうなのかまでは描画されておらず分かりませんが、描画されていない山中の村落あたりを含め、断層に沿った直線状の谷を神子川は流れているのだろうと推測できます。これは「都市圏活断層図」で宮津市の市街地をへだてて更に北西に記載されている須津峠の活断層や妙見山の断層とパラレルな走向を持っているように感じられます。ただし神子川は、山中の村落付近で川の向きが変わっているので、山中の村落より上流部は、南北方向の流れになっています。

【大雲川】
宮津市と舞鶴市の境界、赤岩山付近に発し、奥山(廃村)、新宮を経て脇のあたりで日本海に注ぎます。途中で板戸峠に発し狩場の村落を経由する水を合わせます。奥山から脇まで、南南西-北北東のほぼ直線状の谷の中を流れますが、新宮の少し上流部で少し、河道が屈曲しています。この「南南西-北北東のほぼ直線状の谷」についてですが、もっと大局的にみると、与謝峠から北北東に延びる谷、普甲峠から北北東に延びる谷とパラレルであるようにも思われ、五万分の一地質図「大江山」の説明書で与謝峠のラインおよび普甲峠のラインを、二つのパラレルな「地形的断層線」としてエリア区分に用いていることが想起されます。

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大雲川の流れ。宮津市新宮より上流、奥山(廃村)との間の地点。昔この流れは山中の村落がある神子川の谷のほうへと流れていたのだろうか

(3)河川争奪のシナリオの検討

上記『レッドデータブック』には、「河川争奪」としか書かれていないですが、地形から推測しますと、上記「新宮の少し上流部で少し、河道が屈曲」している付近で河川争奪があった、という趣旨の記載であると考えられます。

すなわち、「現在の大雲川の上流域は、昔は神子川の上流域であった。しかし侵食を深めてきた大雲川に争奪されたので、現在は大雲川の上流域となっている。今の神子川は、大雲川より短いが、昔の神子川は、赤岩山付近に発して山中、皆原を経て日本海に注いでいたので、大雲川よりも長い川であっただろう」。

という意味であろうと思われます。

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過去3蛇行

大雲川は、新宮より少し上流、高圧送電線がある部分で一時的に東西方向の谷の中を流れ、左岸(北側)に、約50mの高さの崖があります。その崖の上は平坦面となり、小さな孤立丘陵を伴っていて、そこから北方へ、緩やかな谷が山中の村落へと続いています。緩やかな谷には小さな池が描画されています。

名称未設定-1

地理院地図(電子国土Web)による

この孤立丘陵のある平坦面の端付近が、現在の神子川の源頭部であり、ここでは議論の便宜上、Xエリアと呼称させていただきます。(流路がスイッチした可能性を示すクロスという語感を含めつつ。)

Google Mapの衛星写真による

このXエリア「以外」での河川争奪の可能性の有無を考えてみましたが、やはり今のところ、河川争奪があったとしたら、この地点以外には考えがたいですので、以後はこのXエリアでの河川争奪のシナリオを想定して、具体的に考えていきます。

まず仮定として、上記のように「昔の神子川は、赤岩山付近に発して山中、皆原を経て日本海に注いでいた」と想定しますと、現在は源流部であるXエリアも昔は中流域に該当し、何らかの経緯で河道が東側に落ち込んで流域が変わったので、現在は源流域になった、というシナリオになります。

(4)地理院地図(傾斜量図)による検討

地理院地図(電子国土Web)では、航空レーザー測量によるDEMデータにもとづいて、傾斜量図の表示や断面図の作成が可能です。

傾斜量図を描画してみると、10m等高線の地形図から得られる地形の認識とは細部が異なっています。航空写真ベースの地形図は樹木の植生などによる地形の見分けにくさなどを伴うので、航空レーザー測量にもとづく傾斜量図のほうを重視することとします。(この記事の最後の有料部分でも言及予定ですが、Xエリア現地での地形観察から得た理解も、10m等高線よりは、傾斜量図のほうに一致します。)

傾斜量図

地理院地図(電子国土Web)による

一般的に、川の源頭部というのは峠の鞍部のような地形になっていることが多いですが、Xエリア(上の傾斜量図の中央部)は円形の広い空間であり、その北端に出口があって北へと谷が続いています。Xエリアの西側には円弧状の斜面があり、形状としては河川が蛇行するさいの攻撃斜面、もしくはそれがやや崩れた状況を思わせる形状です。その円弧に取り巻かれて小さな孤立丘陵があります。またXエリアの東面と南面は、鋭利な崖となって切れ落ちており、平坦面が急に切断されている印象を受けます。

従って、背理法というわけでもないのですが、ここが最初から神子川の源流部であったと敢えて仮定してみますと、説明しにくいことが出てくる、従って最初から神子川の源流部ではなかった可能性を検討する必要がある、ということになると思います。

■水量の少ない源流部にしては、谷幅が最初から広闊かつ平坦であり、源流部の水量で広闊・平坦な谷底が形成されたのかが分からない。
■水量の少ない源流部にしては、孤立丘陵や円弧状の斜面があり、源流部の水量で孤立丘陵や円弧状の斜面が形成されたのかが分からない。

むしろ旧・神子川中流域の平坦な氾濫原が、或る時点で争奪により、鋭利に切断されたので、平坦で幅広の谷間や、円弧上の斜面、孤立丘陵などが残存していると解したほうが自然にここの地形を解釈できそうです。(なおこれ以外に、円礫の存在の如何については最後の写真集の部分で紹介します)

次に、厳密を期するため、Xエリアの平坦面の傾斜が、今の大雲川の側に傾いていないかをチェックしておきます。

地理院地図(電子国土Web)では断面図の作成ができます。(右上の「ツール」メニュー内に「断面図」メニューがあります)

Xエリアの南北方向や東西方向など色々な断面で、断面図を作成してみますと、平坦面の南端においても東端においても、崖のエッジ部分が一番高く、山中村落の方向に向かうにつれて低くなっている様子が見てとれます(断面図自体は掲載しませんので各自お試しください)。

従ってXエリアの平坦面は、少なくとも現時点においては、今の大雲川の側に傾いておらず、今の神子川の側に傾斜していることが判読できます。

もし、Xエリアの平坦面が単に大雲川の段丘であれば、エッジの部分が一番高いということにはなりにくいのではないでしょうか。

Xエリアが神子川の側に傾斜していることは、神子川につながる河道がカットされたという観察と整合的です。

以上からも、冒頭で触れた京都府レッドデータブックにある、河川争奪の認識は支持できると思います。

(5)耕して天に至るような棚田

なお、ここでは余談になりますが、上で「空中写真」について触れましたので、この付近の空中写真を見るなかで認識した、昔の水田開発の様子について少しだけ触れておきます。

地形図では山の中に草地の記号(縦の三本線)が記されているのですが、これが遊休化した昔の田畑の跡と思われます。

棚田

地理院地図(電子国土Web)による

空中写真では標高250m近くまで棚田が判読でき、山中の村落が標高100mですので、比高150mの範囲で耕作がされていたことがうかがえます。空中写真からは、「耕して天に至る」という言葉が口をついて出るような、昔の人の労力に圧倒されるような印象を受けます。(空中写真はここでは掲示しませんが、https://mapps.gsi.go.jp/で閲覧できます。)

特徴的なのは新宮の流域、すなわち大雲川の支流の流域である谷の上流部(地形図の標高点179mの西方)にある棚田に、神子川流域である山中の側から、アプローチする農道がついているように見えることです(標高点179mの北側にある黒の実線)。

実際にどちらの村落による耕作が行われていたのかは分かりませんが、この付近すなわち山の中腹にある一連の緩斜面のエリアは、現在の神子川と大雲川の双方の流域にまたがっていながらも、アプローチとしては山中の側からのほうがアプローチしやすい地形になっていたのではないかと思います。農道は、分水界を超えるかたちで、棚田にアプローチしているわけです。

なおここで言及した、山中村落の南西、標高点179mより北側にあり水田が描画されている谷のほうがむしろ、神子川の源流なのではないかという議論もあるかもしれませんが、この記事では、地形図に池が描画されているほうの谷、すなわち、上記Xエリアを源流として位置づけたうえで、検討を進めていることをおことわりさせていただきます。

また、かなり標高の高い、谷の奥まで棚田で耕作していたことに関しては、新宮や奥山(廃村)の流域についても同様であり、そのことも航空写真から見てとれます。

(6)検討課題

さて、話を元に(河川争奪に)戻すと、『京都府レッドデータブック2015』の「自然環境目録」に記載される「新宮の河川争奪」について、その具体的内容が「大雲川による、旧・神子川上流域の争奪シナリオ」であると思われること、また地形図や傾斜量図、空中写真などの検討から、それを支持する方向の材料(地形の形状)があると思われることを議論してきました。

加えて、現在の神子川の流域の地質は花崗岩であるのに対し、現在の大雲川の流域も、ほとんどは花崗岩なのですが、現在の大雲川の源流部、つまり赤岩山からその西の鞍部にかけてだけは、超苦鉄質岩・頁岩が分布し、且つ、花崗岩との接触変成帯になっています(五万分の一地質図「大江山」)。

双方の川の流域が全く同じ地質で選ぶところがないのであれば話は別ですが、この場合は丁度、争奪された源流域のほうだけに固有の地質があると考えられます。

【河川争奪がないと仮定した場合】
大雲川の流域……大江山岩体+花崗岩
神子川の流域……花崗岩

【河川争奪があったと仮定した場合】
旧・大雲川の流域……花崗岩(争奪後は大江山岩体を含む)
旧・神子川の流域……大江山岩体+花崗岩

従って、(変成した)超苦鉄質岩・頁岩の礫(水流で円磨されたもの)が現在の神子川流域に堆積しているなら、それは争奪前の河川によって運搬されたものである可能性があることになりそうです。実際、神子川の源流域(Xエリアの付近)およびXエリアよりやや北方(下流)で、白い花崗岩とは異なる、グレーで重い円礫の存在は確認していますので、それが人為的な持ち込み物等ではなく赤岩山の山頂付近から来たものとアイデンティファイできれば、争奪説はいっそう強化できるかもしれません。

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牧歌的な宮津市山中の村落から赤岩山(写真左奥)を望む。山中は神子川の流域(写真右下が下流方向)であり、地質は花崗岩である。一方で赤岩山は大雲川の源流部にある。河川争奪前、赤岩山から発する水が大雲川でなく神子川へと流れていたとすれば、その流域に赤岩山由来の超苦鉄質岩ないし頁岩が円磨されつつ運搬されていた可能性があるのではないか。

改めて、京都府レッドデータブックの自然環境目録で「新宮の河川争奪」を記載された研究者の慧眼に感謝しますとともに、もし具体的解釈が間違っていたならひとえに当方の問題であることを申し添えます。

不明な点ないし今後の検討課題としては、まずXエリアにある小さな孤立丘陵の形成シナリオの問題があります。例えば争奪前から還流丘陵として存在していたのか、蛇行だけだったが争奪時に初めてカットされて丘陵となったのか、あるいは合流点にある尾根の末端など別のものであったのか等です。これは争奪直前の状態において神子川がこの地点をどのように流れていたのか、流路を具体的に復元していく必要があります。

また、Xエリアの真南に、大きな谷があり、今は大雲川の支流なのですが、これが元から大雲川の支流だったのか、それとも当初は神子川の一部分だったのかという論点もあります。争奪されたのだとしても、本流に先行して争奪された、本流と同時に争奪されたなど、複数のシナリオがありうると思います。これは争奪前に大雲川の流域がどのようになっていたのか(大雲川の源頭部がどこにあったのか、もしくは神子川との分水界がどのようになっていたのか)と併せて解明していく必要がありそうです。

例えばの仮説ですが、Xエリアにある小さな孤立丘陵は、争奪以前は、本流とこの「谷」との合流点に位置していて、「本流」のほうは丘陵の西側を回り込んで流れ、この「谷」の水は丘陵の東側を回り込んで流れていた、等のシナリオが考えられるとは思います。Xエリアが、入口は2つで出口は1つ、というY字型のような地形をしていることからの連想ですが、あくまでひとつのシナリオです。

今の地形から考えても、昔の川はXエリアの手前で蛇行はしていたのだろうと思います。Xエリアの南方で突き出た尾根に制約されますので直線で山中まで流下できる地形ではなさそうです。その蛇行のなかで、何らかのオーバーフローが起きて河川争奪に至ったのかもしれません。

(7)現地写真

では現地の写真をコメントつきで示していきます。以下の部分は有料とさせていただきます。

Xエリアには、源流域には似つかわしくないと思える(小さな水流では運搬できそうにないと思われる)、大きめの花崗岩の円礫もあるのですが、そうした具体例の写真を含みます。

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