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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第7話「ダシの秘密」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングル(LINEマンガで30話ほど無料!)へ向かった…


■ あらすじ

 ある晩、大原社主が海原雄山を食事に招くところから話は始まる。場所は料亭「花やま」、今回の話は殆どこの料亭内だけで話が完結するミニマルストーリーだ。招いた口実は、前回海原雄山が東西新聞社に大原社主を訪ねていったときに社主が不在であったことのお詫びということで、本題は、山岡と雄山の関係を修復してもらえないか、そして「究極のメニュー」づくりに協力をしてもらえないかということであった。雄山は即座に「士郎に『究極のメニュー』作りなどという大仕事が出来るわけがない。」と切って捨てる。
 場面は変わって谷村部長、富井副部長、山岡、栗田の文化部社員一行が乗るタクシーの車内。ここでも雄山の話をしている。谷村部長はさすがに博識で、雄山が美味を追求する余り「美食倶楽部」を立ち上げたこと、「美食倶楽部」が、政財界のトップを会員として、雄山の育てた一流の料理人が腕をふるい、カネに糸目をつけずに作ったあらゆる料理が供されるということを他の3人に語って聞かせる。ちなみに大原社主も会員である、この日までは…
 タクシーの着いた先は、果たして「花やま」であり、谷村部長は「大原さん別室でほかのお客さんと会っておられる。来られるまでに我々も勝手にやらせてもらおう。」と部屋へ通させる。で、実際に勝手にやるのだが、栗田は席があと2人分用意されていることに気付く。「大原社主の他にどなたかいらっしゃるんですか?」と谷村部長に尋ねるが、谷村部長はちょっと気まずそうにお茶を濁して、山岡に酌などしてやるのだった。
 一方、大原・雄山会談の席では料理は吸い物まで進んだようだ。遅くないか?しかし、この時間設定も、山岡と雄山の関係修復と雄山の「究極のメニュー」づくりへの協力の話がまとまれば、部屋を移動して続きは東西新聞社一行と酒席を囲むという目論見であっただろうから、こんなペースで妥当なのかもしれない。しかし吸い物をひとすすりした雄山がキレた

ムホッ というのが雄山なりの怒りボルテージがアガる音なんだろう

 すぐさま「女将を呼べッ!!」と仲居を怒鳴りつける。次に煮魚を一口、今度は卓上を薙ぎ払い皿も徳利も料理もみんなぶちまけてしまう。ブチギレ
「何だこの店は!!」雄山が吠える。そこへ料亭の女将が来るのだが、開口一番「女将!!私が誰だか知らぬはずがあるまいな!!」と一喝する。この問はデスクエスチョンだ。
_______
|   ニア・はい    |  どちらを選んでも
|    ・いいえ   |  状況は悪くなるのは明らか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
女将は正直に存じ上げていると答えるが、雄山は「知っていながらこんな料理を出されるとは、私もナメられたものだ」と怒りが更に充填されていく。

つまり今回のお題はダシ

 作り直してこいと…苛烈だ。しかも大原社主に「こんなものをうまいと思っているようでは美食倶楽部の会員の資格はありませんなあ」と嫌味までオマケする。
 文化部一行の席に場面がもどると、すでにすっかり料理は終わってしまったようだ。かなりの時間が経っている。大原社主の遅れを心配し、事情を聞こうと女将を呼ぶと、女将は狼狽しきってただごとではない様子を隠しきれない。事情を聞くと、「厳しいお客様がいらっしゃって…」その客が吸い物を二度も三度も作り直させていて、三度目にはついに板前が怒って出ていってしまった。花板は入院中でもうどうしたらいいか…と悲嘆に暮れている。その女将の様子に山岡は母親を重ね「おれの母親もこうだった。」「親父はそのおふくろの料理の一つにでも、意に沿わないものがあると放り出し、罵り何度でも気の済むまで作り直させた…」と過去の出来事を述懐し「女将、板場に案内してくれ、オレがやろう。」と手助けを申し出る。
 板場についた山岡の手並みは鮮やかだった、手早く上質なダシをとってみせる。恐らく士郎もダシの問題に気づいていたのだろう。山岡の取ったダシで作られた吸い物、煮物が雄山のもとへ運ばれ、「完璧だッ!!」とまで言わしめる。それにしても、作り直させている間ずっと大原社主は雄山にハラスメントを受けていたのだろうか、あまりにもひどい面罵を浴びているシーンがある。

東西新聞社の社主であってもこの面罵に対し「うぬ…」としか返せない、それが雄山の社会的地位

 雄山はダシの味を激賞して板場に向かい、このダシをとった板前の顔を見ようとする。しかし、果たしてそこには山岡の姿があった。士郎がダシを作ったと知るや、興は失せ、またも罵る。大原社主はちょっとやり返す。

社主のスッキリした顔

 雄山は大原社主に美食倶楽部からの除名を申し渡し、「究極のメニュー」づくりについても「味のことは何もわからんお前達が」やってみろ、後世までの笑い草になるだろうと言い残し、料亭をあとにする。何だか恥をかかされたので、やり返した感が強いけれど。
 結局、当初の目的であった雄山を山岡と和解させることと「究極のメニュー」づくりへの協力を請うことは叶わなかったが、山岡には並々ならぬ闘志が宿り、その決意表明を谷村部長と大原社主が見届け話は終わる。前回第6話では「この仕事、やってみたくなったんです…」程度のものであったモチベーションが、確固たるものに変わった、そんな話だった。

これが山岡の「究極のメニュー」づくりへの最大のモチベーションとなる

■ 山岡の味覚と料理の腕の秘密

 山岡は、料亭の板場でダシをとる際に、中学生の頃から「美食倶楽部」の板場でシゴかれた過去を文化部の面々に話した。「オレの10代は親父の美食の犠牲になったようなものだ。」と語る。しかしそれだけに腕前は確かだ。第2話でアンコウの吊るし切りをするなど、その片鱗は見せていたが、ここでようやくその謎が解けた。前回第6話、天ぷらのお題で雄山に敗れはしたけれど、これまで京極はんやフランスの三つ星シェフ、ジャック・ルピック氏を唸らせるアイデアと知識も披露している。それらは美食倶楽部での経験がなせる業だった。栗田はその鋭敏な味覚で、何かがおかしいな、そこまで美味しくないな、と感じることは出来てもその原因を探り当てたり改善する方法を提案できるわけではない。この時点で山岡は、東西新聞社の中で最も雄山に近い位置にいる。

■ 山岡の母への想い

 山岡は今回、周章狼狽する料亭の女将に自分の母親を重ね、憐憫の情と義侠心から手助けを申し出る。山岡の中では母親は雄山の美食追求のための最大の犠牲者であり、「おふくろを殺したのはあの海原だッ!!」とまで言い放つ。

 この観念が山岡の雄山への憎悪の根源であった。この料亭に向かうタクシーの車中でも雄山のことを「美食に異常なまでにこだわり、家族を犠牲にしてかえりみなかった」としているがその家族とは、自分ではなく母親のことだった。そして山岡は雄山のもとを飛び出し、母親の姓を名乗ることになるのだが、その際に雄山作の絵画や陶器を残らず破り捨て、ぶちこわしている。エキセントリックなところはDNAのなせる業なのか、それとも雄山の背中を見て育つとそうなるのか… そして雄山はいまだにそのことを根に持っていて、山岡を決して許すことはない。当たり前だな…。

■ 復讐としての「究極のメニュー」づくりへのモチベーション

 山岡の「究極のメニュー」づくりへのモチベーションが固まった。それは、母親を酷い目に遭わせた(殺したとまで思っている)雄山をひれ伏させてやるというもの。つまりは復讐と、それによって偉大な父親を明確に超えるため。会社として掲げる「究極のメニュー」づくりの事業理念からまったく外れているが、それでも山岡は初めて「これがしたい」「やってやる」と会社のメンバーに宣言する。

■ 縮まる文化部メンバーとの距離

 こんな話を出来るほどに、谷村部長をはじめとした文化部メンバーとは心の距離が縮まった回でもある。谷村部長は山岡が雄山の息子であることをあらかじめ知っており、社主が食道楽であることも知っていたから、もしかしたら何かの役に立つかも知れないと思って、ありえないほどグータラな山岡を置いておいたのだろうか。いや、ありえない失態を何度もする富井副部長を何度も庇うなど後々の話を見るに、単に谷村部長の器が大きいだけかもしれない。そんな谷村部長だから、山岡の決意表明を黙して見守ったのではないかと思う。

■ 先附は美味しかったのかな?

 雄山が吸い物(椀物)と煮物でブチギレたということは、懐石料理のメニューの順番的には先附や向附はお気に召したようだ。まあダシの話だし、先附がダシを使わない、ダシの粗が目立たないものであればまあいいかという感じかもしれない。

■ 今さら読む『美味しんぼ』

 海原雄山と山岡士郎、親子の再度の決別。山岡の暗い情熱。また次の話も、こんな感じで感想を載せていきます。それらをまとめたマガジンをつくっています。『美味しんぼ』はいいぞ、初期は。

 



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