事故の日-1
2017年の12月某日、とても寒い日だった。
彼はその日、会社の忘年会に行ったのだ。
同じ部署で働く、年下の男の子だった。
飲酒をしたら運転ができないから彼は同僚の男の子の家に泊まる予定だった。
23時前、彼から電話があった。
同僚はどうしたのか聞くと、今は一人で歩いているとのこと。
私たちは数日前から些細なことで喧嘩をしていて、私は彼に少し厳しいことを言った。それで前日も彼はお風呂で泣いていた。
泣かすつもりじゃなかったのに年下の男の子はこうも弱いものかと反省して慌ててなだめたけれど、これから夫婦としてやっていくのにあまりに弱すぎるのも困ったと思ったのだ。それで、口では仲直りと言ったがベタベタと甘えたりはしなかった。年上だから気恥ずかしくて上手くできないのもあった。
一晩明けて、気持ちは落ち着いていた。昨晩抱きついて甘えなかったのを一日中後悔していた。本当は早く抱きしめてあげたくて、忘年会なんかに行ってほしくなかった。付き合いだからしょうがないし、「忘年会行かないで」なんて、若い女の子みたいなことは言えなかった。
そんなことも知らずに彼はまだ引きずっていて、電話の向こうでまた泣いていた。
1時間近く電話をして、最後には穏やかなムードになったと思う。電話の向こうではたまに車が通る音がしていて、彼にどこを歩いているか聞いた訳ではなかったけれどなんとなく、職場付近の幹線道路沿いを歩いていると思った。
「明日は一緒に帰ろうね」
彼は最後にそう言った。
明日彼は早出出勤だったから、早くアパートに帰って、早く寝てと伝えて電話を切った。
LINEなどの連絡はこまめなほうだったのに、その後連絡がなかった。なんだか胸騒ぎがした。日付けが変わる前にLINEをしたが既読にならなかった。
0時半、1時とLINE電話をかけたが繋がらない。胸騒ぎは収まらなかった。職場のほうまで車で15分程度だ。車で行ってみようかと思ったけれど、明日も仕事、私は妊娠中だ。つわりで体調が悪いし、こんなに寒い日に外に出るなんて、彼はきっと咎めるだろう。
既読にならないのも電話に出ないのも、男の子だから友達の前では恥ずかしいんだ。きっと今友達の家でお風呂に入っているんだ。お酒を飲んでいたから眠くてもう寝てしまったのかも。大丈夫、なんでもない。私も寝よう、明日仕事に行ったらきっと彼は早出で仕事をしている。明日職場で何事もなかったみたいにおはようって言うんだ。
そう言い聞かせて布団に入った。
1時半ごろに職場の先輩からLINEが来た。
「今何してる?」
「起きてます」すぐに返した。
既読になったが次の返事がない。
なんだろうこんな夜中に…ここでハッと思い付いたことがあった。彼に、LINEばかりで電話をかけていて直接電話をかけていなかった。電話番号から電話をかけてみる。コールもされず、音声が流れる。「おかけになった電話は現在電源が入っていないか電波の届かないところに…」
電話がかからない。
何度もコールしてみた。
何度しても同じだった。
先輩から返事がなかったが、立て続けにメッセージを送った。
「彼と連絡がつかないんです。LINEも既読にならないし、電話も繋がらなくて」
しばらくすると先輩から電話があった。
先輩の話はこうだった。
夜勤の交替時間頃に当直の上司から部署に電話があったこと。
彼が心肺停止で搬送されたこと。
明日の早出勤務者がいないからそのつもりで動くようにとの事務的な連絡で、搬送先も詳しいことも何も分からないこと。
息が詰まった。
先輩は、とにかく迎えに行くから家で待っててと言った。
電話を切って、半狂乱で母に電話をした。繋がらない。実家の固定電話にかけてみた。父が出てくれた。父は私の様子に慌てたようですぐに母に替わった。
泣かすほど仲違いしたのだ。私のせいで、死んでしまったのだ。そう思った。母にそう言った。母は、落ち着きなさい、自分で死んだりするような子じゃないでしょう、喧嘩してたのかもしれないけど今は言わなくていい事だよ、要らないこと言うんじゃないよ。まだ分からないんでしょう、暖かくして行きなさい、詳しく分かったら連絡して、と言った。
そうしているうちに先輩から連絡がきた。近くのコンビニまで走って行った。外は寒いというより冷たい、氷のような空気だった。
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